第72話 デファイアント山脈を越えてその1
「しばらくの間よろしくお願いします」
関所で協力してもらった借りを返すため、松田はアランの隊商に護衛として協力することとなった。
このところ山賊の動きが活発化しており、護衛戦力の向上は急務であったのだという。
いろいろと秘密の多い松田たちではあるが、山越えの経験はないし知識もない。アランに同行させてもらうのもメリットがないわけではなかった。
「しっかしこんなこまい嬢ちゃんがなあ…………」
「ステラはこまくないのです! わふ」
鼻息も荒く堂々と胸を張るステラだが、やはり外見はどう見ても子供である。
「娘より小さな子にそう言われてもなあ……」
苦笑して頭を掻く男の名をパリス・ファルデインという。
赤毛の短髪で額に大きな傷がある。性格は陽性で無残な傷を気にさせない人好きのする雰囲気を持っていた。
探索者あがりの護衛隊長で、アランに専属で雇われてからもう十年ほどになるという。
ちなみに探索者を止めた理由は娘ができたからで、ということは娘の年齢は十歳なはずなのだが、あえて突っ込むべきではないだろう。
そろそろ四十路に足を突っ込む年齢だが、隆々とした体格と実戦慣れした鋭い眼光はさすがは元銀級探索者というところであった。
もし探索者を続けていれば、とうの昔に金級に昇格していたに違いない。
パリスが漂わせる隙のない強者の雰囲気を感じ取った松田は、笑顔ではあるが警戒の度合いをあげた。
これほどの手練れを護衛として雇っているのに、松田を雇わなくてはならない理由がわからなかったからだ。
アラン商隊の護衛部隊はパリスを筆頭に八名。
みな探索者あがりの精鋭である。迷宮ではなかなか少ない弓士アーチャーがいるのは護衛が野外戦闘をメインとするからだろう。
全員男所帯なところは、やはり対人戦闘を仕事とするのは女性にはきついからだろうか?
そう考えると、松田も人のことはいえないのだが、気の良いように見えてもパリスたちもまた大量殺戮者なのだ。
十年となれば殺した山賊の数も三桁にのるのは確実である。
「これでも少ないほうなんだぜ? アラン様ぐらいの商隊なら普通は二十から三十人近い護衛がつく」
「そんなに山賊の規模は大きいのですか?」
「東で内乱があったせいか、兵隊くずれが入りこんでる。それに元からデファイアント山脈は一種の治外法権というか、特殊な山人が跋扈する土地でもあるからな」
多い時には稀にではあるが、百を超える山人の襲撃がある。大抵の場合は十や二十の山賊がメインであるようだ。
そんななかを金目ものを大量に輸送する商隊が狙われぬはずがない。
なるほどアランの護衛部隊は少数精鋭というわけだ。
「それにしてもあの会頭が見込んだんだから、よほど強いんだろうなあんた」
「会頭というのはアランのことか?」
「気安く話してはくれるが、やり手の商人で一目置かれている人だよ。それに人を見る目と金の匂いには定評がある」
それはどちらかというと金の匂いのほうではないかな、と松田は思う。
アランの反応を思い出すと、ステラがあそこまで強いことを最初から知っていたとは思えないのである。
というか二人の戦闘力を察していたら、出会ったときに奴隷と勘違いはしなかっただろう。
「それでご主人様はどれほどの腕なんだい?」
からむように上から見下ろしてきたのは護衛隊の剣士でナルガクである。
二メートル近い長身で、横幅も広いその体は軽く百キロは超えているに違いない。
護衛隊でも最重量の巨躯の彼は、常に最前線を務めるいわば特攻隊長のような存在だった。
勇気に不足のない彼は、小さなステラに戦わせて自分は戦わなかった松田の態度が気に入らないのである。
ナルカグの背後にいる残りの護衛隊からも鋭い視線が飛んでいた。
アランといっしょにステラの戦いを目撃させてしまったのは失敗だったけな、と松田は頭を掻いて苦笑した。
「私はあまり戦いには向いていなくてねえ」
「だから嬢ちゃんたちを戦わせてるのか? とんだ主人もあったもんだな!」
自分たちのためとはいえ松田を罵倒していることに、ステラとディアナは目の色をかえて色めき立った。
それを軽く肩を叩いて落ち着かせると、松田は徐に呟いた。
「――――召喚サモンゴーレム」
光の粒子が瞬時にナルガクを挟み込むようにして巨大なゴーレムを形成する。
巨人の部類に入るであろうナルガクを優に上回る二メートル半の身長で、全身をドルロイ譲りの魔法銀ミスリルが覆っていた。
両手には禍々しい魔力が付与された戦斧が握られている。
ナルガクの持つ大盾でも防ぎきることは難しそうである。まともに食らえば身体が半分に千切れる程度ではすむまい。
「――――二体同時召喚だとっ?」
護衛隊の魔法士――ゼノンは驚愕に目を見開いた。
ゴーレムを維持する魔力消費量が半端ではないことを彼は知っている。
ほとんどの土魔法士はゴーレムを一体操ることすら難しいということも。
人並み外れた魔力量と操作力は、さすがはエルフというべきか。
自らの腕には絶対の自信があるナルガクも、ゴーレムの威容にはこめかみから冷たい汗が流れるのを抑えることができなかった。
彼とて決して自殺志願者ではない。勝てない相手に喧嘩を売る愚か者ではないのだ。
彼我の力関係を見極められない人間は、護衛隊として長生きはできない。
「…………こいつは驚いた。疑って悪かったよ」
悪びれずに頭を下げるナルガクに、松田も笑ってゴーレムを送還した。
「及ばずながらお力になります」
デファイアント山脈は三千メートル級の山々の連なる神々の嶺である。
最高峰はフェーリー山の約四千六百メートルであるが、当然なかには二千メートルを下回る山もないわけではない。
リュッツォー王国からスキャパフロー王国へのルートは、そんな比較的標高の小さい山、ハルナ山を越えるものである。
それでも標高は千九百メートル近く、急斜面やすれ違いのできない細い道が続く。
一歩間違えれば死を免れない断崖絶壁がいたるところにあり、高所恐怖症だったらアウトだったと思う松田であった。
ぼんやりと木立を眺めながら、ぽつりと松田は呟いた。
「――――襲ってきませんね」
「ほう、気づいていたか」
「まあ、それなりに」
実のところはディアナが探知魔法を使っていただけなのだが、ステラも鋭い嗅覚で山賊の接近を感知していた。
二人の視線を追っていれば、どの程度の敵が接近しているのかは想像がつく。
先ほどから複数の気配が何度も商隊に接近しては離れていった。
「どうやらみなさんはよほど恐れられているようですね」
「はっはっはっ! よくわかってるじゃないか!」
パリスは肩を揺らして豪快に笑った。
先ほどから山賊が接近しては離れていくのは、相手がアランの商隊であることに気づいたからである。
アランの商隊では赤い血の色の羊の旗が荷馬車のひとつひとつに掲げられていた。
松田は知らぬことだが、その旗は山賊たちの間で皆殺しの赤羊と忌み嫌われているものであった。
こと対人戦に限る限り、パリスたちの戦闘力は恐ろしく強い。
並みの山賊では何十人いても相手にもならないどころか、ただの獲物でしかないのである。
「さあ、首狩り競争といくか!」
「二十年もののナジェーナを一本でどうだ?」
「俺はとっておきのワインを賭けるぜ!」
「とりあえず斬首だあ!」
「「「「ひゃっはああああああ!」」」」
そんな調子で首おいてけされた山賊の数はここ十年で千人はくだらないと噂されていた。
山賊の間では尾ひれがついて三千とも四千とも言われている。
羊の旗を見た彼らが慌てて逃げ去るのは当然の防衛行動といえよう。
これは案外楽をできるかもしれない、と松田はほっと胸を撫でおろした。
(…………これ、俺たちいらんよな)
パリスたちが見かけ以上に腕が立つのは、こうして眺めているだけでも明らかだ。
にぎやかに軽口を叩いてはいるが、弓士の視線は的確に敵の気配を捉えており、魔法士は油断なくいつでも防御結界を発動できるように身構えている。
迷宮で魔物を相手にする探索者にはない、どこか生々しい迫力に松田はどこか居心地の悪さを覚えていた。
「…………お父様」
「ご主人様、今度は逃げないのです。わふ」
いつの間にかステラとディアナが松田の袖口を引いて見つめている。今度の山賊は逃げないってまさか戦うつもりか?
「ああ、やっぱりか。ちょいと騒がしくなるぜ?」
ディアナとステラの反応にパリスは、やれやれと重い腰をあげて左手で尻についた埃を払った。
そしてぐるりと首を回すと仲間たちに向かって右手を振り上げて怒鳴る。
「おい、てめーら! 出番だぞ!」
「ようやくかよ。待ちくたびれたぜ」
「油断しないでください。連中割と本気ですよ?」
探査魔法を使った魔法士が多少の緊張を滲ませた声で言う。
あれほど余裕を持っていたパリスたちが、にわかに警戒の度合いをあげたことに松田は戸惑うようにして聞いた。
「やばい相手なんですか?」
「このあたりの縄張りはもう山賊のもんじゃなくてな。できれば見逃してくれんかと思っていたが……」
運が悪かった。
今年は冷え込みが早くて奴らの冬ごもりも早まったということなのだろう。
「――奴らは山人だ。言葉も通じない異種族みたいなもんさ。甘くみると火傷するぜ?」
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