第45話 ディアナ生成
松田の向かったハーレプストの別宅では、ハーレプストが今や遅しと仁王立ちで待ち構えていた。
鼻息も荒く目が充血していて少し怖い。
「こんなんなりましたが」
松田は恐縮して宝石化していたシトリの身体を解放した。
ペラリと薄っぺらく延びた一枚の皮のように成り果てたシトリを見たハーレプストは、文字通り踊りあがって狂喜した。
「素晴らしい! マツダ君よくぞ持ち帰ってきてくれた! あの欲張りなギルドが大人しく素材をみんな引き渡してくれるとは!」
「まあ、討伐が交換条件でしたからちょうど良かったですけどね」
シトリという緊急災害が取り除かれたギルド長ホルストナウマンは、気前よく約束を守ってくれた。
性質の悪いギルドであれば、こっそりと中抜きをするのは日常茶飯事であり、特にシトリのような高額の商品ともなると、良心的であったギルドが手のひらを返すことも珍しくないことをハーレプストは知っていた。
実は打診していた金級探索者からお祈りの返事をもらっていたので、松田が倒してくれていなかったら、かなり危険な状況に陥っていたのは内緒である。
――それにそんな裏事情などハーレプストにとっては何の価値もないことだ。
「ここまで鮮度の高いシトリの素材を扱うのは僕にとっても初めてのことだよ。ふふふふふ……腕が鳴るねえ」
明らかに焦点の合っていない危ない目でハウレプストは笑った。
「それでよろしかったのでしょうか? かなり原型を留めていないのですが」
生死がかかった状況だったので、ついオーバーキルしてしまった。
正直サイクロプスゴーレムのメイスで連打しなくとも、十分シトリは殺せたはずだと今にして思うのだが、あの場で手加減するのは不可能だった。
まさにただの肉塊と化したシトリの哀れな末路であったのだが、ハーレプストはご機嫌なままに首を振る。
「シトリの素材はこのまま使うわけじゃないよ。まさか皮膚をはぎ取って貼り付けるとでも思ってた?」
すいません、思ってましたとは言えない。
松田は日本人らしく曖昧に笑ってスルーすることに決めた。
「いやあ、このくらい稀少な素材だと王都の大きなオークションに回るのがほとんどだから、劣化してしまっているんだ。やっぱり素材は鮮度が命だよねえ……」
「いや、そんな食材みたいなこと言われても……」
ビールと食材は鮮度が命! だったか? 実際は鮮度だけじゃなく熟成も重要なんだが……熟成、するのか? シトリが?
ちょっと自分でも危ないことを考えている気がして松田はブルブルと頭を振った。
「こうしちゃおれない! さっそくだが錬金を始めよう」
正直シトリとの激戦で風呂の一つも入りたかった松田であったが、突っ走り始めた競走馬状態の人間を止めることができないこともわかっていた。
深い諦念とともに、すでに目を擦り始めていたステラに松田は言った。
「――――先に休んでいなさい」
ハーレプストの工房は、やはり倉庫の地下に隠されていた。
基本的には倉庫なのだが、今回のように緊急の錬金が入る場合に備え、小型ではあるが工房と火釜を用意しているらしい。
同じような別宅が、このマクンバ以外にも四つあるというから思ったよりハーレプストは大人物なのかもしれなかった。
松田に付き合おうとするステラを休ませて、(ものの二分で寝てしまったが)二人は地下へと続く階段を降りて行った。
「……ここに僕以外の人間が入るのは初めてだな」
永遠に憑りつかれたハーレプストは、もうこの先自分を理解してくれる人間はいないと思っていた。
厳密には松田の理想はハーレプストの思い描く永遠とは違うものだが、結果的に非常に近いものを目指してもいる。
シトリの素材も貴重ではある。が、それ以上に松田と未知の領域に近づけるのがひどくうれしくてならなかった。
「――――さて」
数百の薬品と見たこともない工具が並べられた工房に入ると、ハーレプストは松田に向き直ると愉快そうに笑みを浮かべた。
「ようこそ我が秘密基地へ」
「今回マツダ君が目指してもらうのはこのタイプだ」
そう言ってハーレプストは、紅いドレスで飾り立てられた貴婦人のような人形を指さした。
倉庫で出迎えてくれた磁器の人形とは明らかに異なる、人間と見まがうような精巧な人形であった。
『主様! 主様! 私ああいうタイプが似合うと思います!』
(上品すぎる。ディアナのイメージじゃない)
『そんなっ! こんなに高貴な空気を醸し出しているのに!』
高貴な女性はすぐに敵は殲滅! とか口に出したりしないのだよ明智君ディアナ。
確かに息を呑むばかりの美しさである。
紅いドレスを引き立てる豪奢な金髪、そしてエメラルドのように深い碧眼。二十代前半を思わせる成熟したボディーラインは、豊満で官能的ですらあった。
なるほど、これはディアナが飛びつくのも頷ける。
「まるで生きているようだろう?」
「…………はい。本当に人間のように綺麗ですね」
「彼女は自動人形オートマタλ(ラムダ)P2――その試作機だよ。僕の作品のなかではもっとも人に近い造形として設計されたものだ。彼女の肌にはシトリを加工し僕が錬金したものが使用されている」
「なるほど、これが――――」
やや血の通った温かさに乏しい気はするものの、逆に不健康なまでに白い肌理の細かい肌が際立っている。
誰がどう見てもこれが人工物だとは考えないだろう。
それでもなお、彼女が人形であることを確信してしまうのは、ハーレプストの作品であることを知っているからなのだろうか。
「これから君が目指すものは、これがおもちゃに思えるような途轍もない困難な道だよ? 覚悟しておきたまえ」
「まあ、そうじゃないかとは思いましたよ」
ハーレプストは目指すものは永遠に不滅な存在――それは必ずしも命がある必要はない。
松田が求めるのは意思を持った人形であり、そのためには不滅の存在に近い強度が必要であるというだけだ。
目指すところは近くても、求めるものは違っている。
松田が人形に対して抱いたのは、そんな違和感のようなものなのだろう。
『ほら、大は小を兼ねると言いますし?』
(今、恰好いいところなんだから空気読もうよっ!)
ディアナの視線は人形の巨大に盛り上がった胸に固定されてピクとも動こうとはしなかった。
人造皮膚の製造に必要なものはシトリの身体だけではなかった。
「竜種の牙、山の賢者の毛、ルキリウス鉱と、あとは…………本来なら第三位階以上の魔石を使うのだけれど……マツダ君、君は土属性に特化していると言ったね?」
「はあ……なんというか、それしかできないです」
「素晴らしい! 実は錬金に必要な要素のひとつは、その土属性の純度でもあるんだよ! だから今回は魔石の代わりに君の魔力を核として火釜を回そう」
魔石は言ってみれば蒸気機関に使う石炭である。その燃料の代わりを松田にしろ、ということらしい。
「……微力を尽くします」
「思ったよりすごいね。こんな魔力は初めてみたよ」
通常、人の魔力は得意不得意はあっても様々な属性で構成されているものだ。
松田のように純粋に土属性しか放出できないのは、ハーレプストの記憶にも例がない。
「…………いいね。これは傑作の予感がするよ」
火釜に魔力を供給し続ける松田をよそに、ハーレプストは素材の分解、調合、合成を手際よくこなしていく。
その表情は溌剌しとして、まるで少年のようであった。
まあ、むさいドワーフおやじの少年のような表情というのもシュールではあるが。
そんな様子を松田は抜け目なく観察していた。
何気ないように見えて、ハーレプストのやっていることは非常に高度な錬金技術であり、同じことはもしかしたらドルロイにさえできないかもしれない。
しかし松田は例外である。というより反則であった。もしハーレプストが聞いたら怒りのあまり憤死するかもしれない勢いで。
それもそのはず、シトリを倒してレベルアップした松田は――――。
松田毅 性別男 年齢十八歳 レベル4
種族 エルフ
称号 ゴーレムマスター
属性 土
スキル ゴーレムマスター表(ゴーレムを操る消費魔力が百分の一) 秘宝支配(あらゆるアーティファクトを使用可能) 並列思考レベル4(四百体のゴーレムを同時制御することができる) ゴーレムマスター裏(土魔法の習得速度三倍の代わりに土魔法以外の魔法が使用できなくなる) 錬金術レベル1(素材なしに魔力から錬金した物質を維持する消費魔力十分の一 位階中級まで)錬金術レベル2(レシピ理解、レシピさえあればなんでも再現できる。ただし性能はワンランク落ちる。位階中級まで)
錬金術レベル3(錬金再現、一度見た錬金を理解し再現することができる)←今ココ
火釜に延々と魔力を注ぎ込むこと四時間以上。
「あの、さ、さすがにもう魔力が…………」
小鹿のように足をプルプルさせ始めた松田に、ハーレプストは苦笑して言った。
「ああ、悪い。正直ここまで続けさせるつもりはなかったんだけど、いつまで保つか気になったもんだから……」
「ひどっ!」
「おかげで最高のものができそうだよ。ここまで純度の高い魔力を注いだ素材は初めてだからね」
ハーレプストは満足気に生成された魔法素体を見て力強く頷いた。
「さあ、最後の仕上げだ! ありったけの魔力とともに、君の持つイメージを注ぎ込みたまえ!」
七色の虹彩を放ついまだ形を成していない無垢な魔法生成物。
松田の魔力に馴染んだそれは、松田から与えられる器を待っていた。
(黒髪――小顔、愛らしくも凛とした雰囲気…………)
『巨乳! 主様、巨乳を忘れずに!』
(仕方ないな。とりあえずCカップで妥協してやる)
凛然としたクール系美女に巨乳は似合わない。やっぱりBカップでいいか、と思わず迷う松田である。
が――――。
「わふぅ…………ご主人様、どこですかぁ?」
眠そうな目を擦り、人狼の嗅覚が導くままに松田の姿を求めて工房へとステラが姿を現したのはそのときであった。
まさにイメージの成型が佳境に入ろうとしていたそのとき。
そこにステラへと注意が逸れ、彼女の凹凸のない幼いイメージが混入してしまったとしても誰が松田を責められようか。
「あああっ! だめだ!」
――――――バフン!
工房に眩い魔力爆発の閃光が走った。
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