第23話 水晶の森の魔物

 捜索を再開した俺だが、見えない魔物の捜し方なんてわかるはずも無く、取り敢えず咲耶達に尋ねてみる事にした。


「ところで依頼の魔物はどうやって見つけるつもりなんだ?」


「それはさっきも使った樹莉の力で何とかなると思うよ」


「さっき、っていうと……魔物の接近を捉えた奴か?」


「はい! なんでも咲耶先輩が言うには私には、他の生物の電気信号を捉える力があるらしいので、それを使えば見つけられるみたいです!」


なるほど、確かに他者の電気信号をコピーするには他者の電気信号を理解できなければならない。つまりそれを応用すれば生物の場所を探知する事も出来るって事か。便利だな



 その後も何度か魔物と遭遇したが、風見はその全てを一人で危な気無く処理して見せた。


そして、しばらく森の中を歩き続けると俺達は森の中心部である水晶の湖に辿り着く。


湖の水はそれこそ水晶と見紛うほど美しく、その中央には一際大きな水晶が鎮座していて、周囲に立ち並ぶ水晶の木も相まって神秘的な雰囲気を醸し出していた。


俺は湖に近付きそっと水面を覗き込む。そこには、ただ透明な世界だけが広がっていた。


「透明なのに水底が見えない……どうなってるんだ、これ?」


「水底を浚っていただければわかると思います」


シオンの言葉に従い、湖に手を突っ込むと意外とあっさりと水底に手が届いた。そして、底にあった砂利を浚い水上に持ってくると、手のひらの上には小粒の水晶があった。


「はぁ~底まで水晶なのか……いや、石も水晶に変えてるのか?」


「はい、そう言われています」


木も石も水晶に変えてしまう水。

なんか、放っておいたらとんでもない事になりそうだけど……まぁ、無害なら良いか。


「ところで風見、依頼の魔物はどうだ?」


気を取り直して、ここに来た本来の目的に意識を向ける。


「はい……多分、近くにいると思うんですけど、なんかハッキリとしなくて……」


「恐らくは認識阻害を受けているね。隠密特化は伊達じゃないみたいだ」


「ん~、じゃあ、どうする? 追い込み猟でもするか?」


「それで良いかもしれないね」

「良いのかよ」


単なる思い付きに乗っかられても困るんだけど


「相手が隠密特化なら無理に見つけようとするより、隠れる余裕が無くなるくらい追い立てた方が効果的、とも考えられるよ」


う~ん、脳筋思考……でも、そういうの結構好き。


「じゃあ、風見。魔物のいる大体の方角を教えてくれ。追い込みをやるのは咲耶、シオン、エファリアが適任か?」

「そうだね」

「かしこまりました」

「ん……わかった」


「後は消去法になるが、風見と俺で魔物を仕留めよう」

「ハ、ハイ!」


そうして、俺達は作戦と呼ぶにはかなり力業な行動をスタートした。



 まずは咲耶、シオン、エファリアの三人が風見から聞いた情報をもとに、魔物のおおよその位置を囲う様に攻撃を仕掛け、その囲いを徐々に狭めて行く。


そこまで派手にやっても、俺にはその囲いの内側に何らかの気配を感じる事は出来なかったが、風見にとっては違ったらしい。


「――そこ!」


三人の作る囲いがある程度狭まった時、目を瞑り意識を集中させていた風見が虚空に向かって飛び蹴りを放つ!


その一撃は確かに何かに当った様な鈍い音を立てると、それと同時に虚空に身体中から水晶を生やした大きなカメレオンの様な魔物が姿を現す。が、それも僅かな間だけで魔物はまたすぐに透明になり始める。


「斎藤先輩!」


俺はその魔物が再び消える前に剣を抜き放ち、アニマを巡らせ共振させると、その胴体に向かって渾身の力で振り下ろす!


すると、それは思ったよりも若干軽い感触で魔物の身体を真っ二つにした。


その切断面からはやはり水晶が生え傷口は塞いだが、上半身と下半身がくっ付く事は無く。魔物はしばらく悶えた後に絶命した。



「これで依頼完了、で良いのかな」


「どうだろう? 可能性は低いが同種の魔物がいないとも限らない。念の為、もう少し様子見した方が良いかもね」


「あー……まぁ確かに」


特異個体の発生は稀で、同時に複数発生する事は基本的に無いが、絶対に有り得ないとも言い切れない。


依頼の内容は魔物の討伐だが、その目的は治安の回復、延いては経済の回復の為だ。魔物の個体数を確認できていない以上、本当に安全が確保されたのか確認できるまで、様子見をした方が無難だろう。


その辺りを怠って依頼の達成が取り消されたりしたら嫌だしな。



 そんな訳で俺達は一度ウィスカへと戻り、ギルドで経過報告を行い、今日の所は各自自由行動となった。


そして、一人になった俺は町の中を散策する事にした。目的は水晶の湖の水で出来ているというお菓子だ。


まぁ、名産品なので探すまでも無く見つかった。何せ町の人に聞いたら教えてくれただけで無く、取り扱っているお店まで親切丁寧に案内して貰えた。正に至れり尽くせりである。


町の人に連れて来てもらったお店では、ショーケースの中に色とりどりの水晶の様なお菓子がズラリと並べられていた。正直、見た目だけでは水晶で出来た小物と見分けが付かないくらいだった。


俺は取り敢えず手近な場所にあった物を指差して店員さんに尋ねてみた。


「これは何ですか?」

「それは当店一番人気の水晶飴でございます!」


(ふむ、なるほど)


「では、これは?」

「それは店長オススメの水晶餅です!」


(ふむ、日本にも同じ名前のお菓子があったっけ)


「じゃあ、これは何ですか?」

「それは水晶クッキーです」


(ふむふ……えっ?)


思わず自分が指差したお菓子を二度見する。

それは間違い無く、透明な水晶の様な物体でどうしても俺の頭の中ではクッキーと結び付かなかった。


「えっと、じゃあ、取り敢えずこれを一つ貰えますか?」

「はい!喜んでー!」


俺は店員さんが用意してくれたクッキーを店内の飲食スペースで一口齧る。


(……うん、クッキーだな)


それは見た目こそ水晶の様だが味、食感、香りの全てが完全にクッキーだった。


その後もショーケースの中にあるお菓子を一通り食べてみたが、似た様なのは見た目だけで味や食感、香りも全く違うものだった。

店員さんの話では水晶の湖の水は特殊で大抵の素材は混ぜても水晶の様に透明になってしまうらしい。しかも、味や食感は素材の物が強く反映されるとか。その性質のおかげで普通に作るより美味しいと言うお客さんも多いという話だ。


まぁ、俺には普通のお菓子との味の違いが良くわからなかったが、見た目も奇麗だし、日持ちもするという話なので、タニアさんへのお土産兼お詫びの品として全種詰め合わせのセットを購入する事にした。




 お土産を購入した俺は、早速それをタニアさんに届ける為にギルドへと向かった。ギルドの運送サービスを利用する為だ。


冒険者ギルドは商会を含む様々な組織と繋がりがあり、物資のやり取り等でも協力関係にある。これはそういった伝手に便乗させてもらえるサービスで、個人で頼んだりするより安全かつ確実な為、結構便利なのである。まぁ、俺は利用するのは初めてだけど。


ギルドに着くと、たまたまそこにいた風見と鉢合わせした。


「あれ? 斎藤先輩、ギルドに何か用ですか?」


「ああ、運送サービスを使おうと思ってな」


「運送サービス? 何送るんですか?」


「タニアさんへのお詫びの品」


「うっ、その節はご迷惑をおかけしてすみません……」


「風見が言うべきは謝罪じゃなくてお礼だろ。そもそも言うべき相手が違うけどな」


「……そうですね。戻ったらちゃんとお礼をしようと思います」


「それが良い」


「ところで話は変わりますけど、それの中身は何なんですか?」


「この町の名産品の詰め合わせ」


「えっ!? 今買ったんですか?」


「ん? そうだけど」


「咲耶先輩の話聞いてましたか? 依頼が終わってからなら安くなったかもしれないのに」


「あー、そんな事も言ってたっけ。でも、まぁ気にする程の事じゃないだろ」


「気にする事ですよ!お金なんてあっという間に無くなっちゃうんですからね! まめな節約が大事なんです!」


「はいはい、今度からな~」


節約が大事というのもわかるが、買ってしまったものは仕方ない。そう俺は思考を切り替えて足早にカウンターに向かい、運送の手続きを済ませた。


「俺はもう宿に戻るけど、風見はこれからどうするんだ?」


「私も今日は戻ろうと思います」


「そか」


それだけ言うと、俺達は二人で並んで宿への道を歩き出す。





「あー……そうだ、さっき調べたんですけど、今日戦ったあの魔物、多分ミィミィスキンクって奴だと思うんです」


「へぇ、そうなのか」


「そうなんです! 通常個体はちょっとした擬態ぐらいしかできないみたいなんですけど、変異個体はその擬態能力がパワーアップしてたみたいですね」


「勉強熱心なんだな」


「とーぜんです!」


「そか」


「……」


二人の間に再び沈黙が流れる


「……あの」


「ん?」


「斎藤先輩って強かったんですね」


「……そうか?」


「そうですよ、あんな大きな魔物を真っ二つにしちゃって、あれが斎藤先輩の加護なんですか?」


「あれ? ……そういや言ってなかったっけ。俺に加護は無いぞ」


「え? うそ、だって私達はみんなこの世界に来る時、加護をもらったはずじゃ……」


「あー、それな、なんでか知らんけど俺は貰えなかったんだよ」


「……怖くなかったんですか?」


「んーどうだろ? まぁ加護があったって、それがどれだけ役に立つかもわからんし、どっちにしろなるようにしかならんだろ」


「……」


「どうかしたか?」


「……いえ、それじゃ、あの変異個体を切ったのは何なんですか?」


「あれは共振といって……」


そんな話をしている内に俺達は宿に着く。そして、ロビーに入った所で話を切り上げお互いの部屋へと戻った。当然ながら部屋は別々である。




 翌日も俺達は水晶の森へと向かい魔物の捜索に精を出していたのだが、その途中で結構な数の魔物と戦う事になった。

元々この辺りの魔物はそんなに強くない為、以前は水晶の森や湖に採集に向かうついでに間引いていたみたいだが、見えない魔物が現れて以来、採集に向かう人達も減り、すっかり数が増えてしまったらしい。


しかし、見えない魔物――ミィミィスキンクの変異個体はやはりあの一匹だけだった様で、結局あれ以降遭遇する事はなかった。


 と、まぁそんな感じの調査結果をギルドに報告して今回の依頼は無事達成となった。


そして報告を終えた俺が、ギルドの外で待っているみんなの元に戻ると、なぜか咲耶だけがいなかった。


「あれ? 咲耶は?」


「咲耶先輩なら、さっき注文の品が完成したらしくて、それを受け取りに行きましたよ」


どうやら入れ違いになってしまったらしい


「悪いね。待たせてしまったかな?」


しかし、大した時間もかからず咲耶も戻って来た


「待った、だなんてそんな事ありません! あっ、それが完成したっていう注文の品ですか?」


真っ先に駆け寄った風見が咲耶の手に持った短刀を見つけて、つかさず尋ねる。


「ああ、ここの水晶を特殊な製法で鍛え上げた『碧水晶の剣』だよ」


咲耶は手に持った短刀を鞘から抜くと、その刀身を見せる。その刀身は碧がかった半透明色をしていて、武器というより美術品の様な美しさを持っていた。


「綺麗ですね……、これが咲耶先輩の新しい武器ですか?」


「いや、これは樹莉。頑張った君へのプレゼントさ」


そう言って、咲耶は碧水晶の剣を鞘に戻し、風見に差し出す。


「えっ…… 私に?」


それを受け取ると風見は少し唖然としていたが、次第に目尻に涙を浮かべて


「ありがとうございます! 一生大事にします!」


感極まった様子でそう言った。


「武器は消耗品だからね。一生大事にする必要は無いと思うけど、それが樹莉を守ってくれる事を祈っているよ」

「う〝ぅぅ……はい〝~」


「ふふふ、さぁそろそろアルテアに戻ろうか」


感動で涙を流す風見に咲耶は一つ笑みを浮かべると、そう言って手を叩く。


そうして俺達はアルテアへの帰路についた。



 アルテアに戻った俺達は帰還報告を行う為、ギルドに向かう。その間、終始風見はご機嫌だった。理由は当然、碧水晶の剣だ。


「この剣、ホント凄いですね~。岩も鉄もスパスパ斬れちゃうなんて、さすが咲耶先輩が特注してくれた剣です」


アルテアまでの道中、迷惑にならない範囲で何度か試し斬りを行っており、風見はその度にその切れ味に感動していた。


「気に入ってくれて良かったよ」


咲耶はそんな当り障りの無い事を口にしているが、風見と碧水晶の剣はどう見ても共振出来ていた。つまり、非常に相性の良い武器だ。それを咲耶が用意したというのは、とても偶然とは思えないが……。


まぁ、咲耶なりに風見を仲間と認めた証だと思っておこう。うん、そうしよう。


そんな風に納得して、俺達がギルドの扉をくぐると


「樹莉?」


突然、風見が声をかけられる。彼女はその声の主に視線を向けると


「……香純?」


そう呟いた。




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