第22話 成長

 人気の無い訓練場、目にも止まらぬ速度で駆ける二つの影が、甲高い金属音を響かせながら幾度も交差する。


そして、一際大きな金属音が鳴り響くと、訓練場の中央に鍔迫り合いをする二人の女性の姿が現れる。


咲耶と風見だ。


二人は同時に後ろに飛んで距離を取ると、まるで鏡合わせの様に全く同じ速度、動作で剣戟を繰り出して行く。その度に二人の間に剣閃が走り、鮮やかな火花を散らす。


永遠に続くと思われた二人の剣舞は、風見が糸の切れた人形の様に崩れ落ちた事により終わりを告げる。


「……凄いな。動きが完全に別人じゃないか?」


その様子をなんとなく観戦していた俺は、倒れた風見を抱きとめた咲耶から風見を受け取りつつ話しかける


「ああ、他者の生体電気信号をコピーしているからね。実際に別人の動きだよ」


「生体電気信号をコピーって、そんな事できるのか?」


「魔術で同じ事をやろうとすれば、高確率で神経が焼き切れるだろうけど、樹莉の『加護』は創造型だ。人間の電気信号と全く同一のものを創り出す事も出来る。それもほんの僅かな労力でね」


「じゃあ、この唐突に倒れるのは……」


「コピーした動きに樹莉の身体がついていけていないから、だね」


「まぁそうなるか、でも、これだと実戦だと少し不安じゃないか?」


単純な戦闘能力は申し分無いが、いつ倒れるかわからないというのは怖い


「大丈夫、その辺りも考えているさ」


「ふ~ん、まぁそれなら大丈夫か」


俺達が風見を近くの救護用ベッドに寝かせながらそんな会話をしていると、遠くからタニアさんが近付いてくるのが見えた。


「ああ、いたいた、ここにいましたかサクヤさん」


「こんにちは、タニアさん。もしかして……」


「はい、ジュリさんの移籍の件ですが書類の用意が出来ましたので、都合の良い時にいらっしゃって下さい」


「すみまさん、タニアさん。今回は色々迷惑をかけてしまって」


本来であれば、冒険者同士の交渉による移籍はあまりよろしくない。両チームの関係性や移籍する人間の立ち位置にもよるが、最悪抗争に発展することもある。

しかし、今回は風見がすでに死亡扱いになっていた事や、本人の前チームを脱退する意思が固かった事などを考慮した上で、タニアさんが色々手を回してくれたお陰で穏便に移籍させてもらう事が出来た。


まぁ、少しお小言ももらったけど、それもタニアさんの立場を考えれば仕方ない事だろう。


「ははは……気にしないで下さい。まぁ、できればこんな事はこれで最後にしてもらいたいですけど……」


タニアさんはやや疲れた様子で答える。やはり、後で何かお詫びの品でも持っていくべきなのかもしれない。




 その後、俺達は風見が目を覚ますのを待ってギルドに向かい、移籍の手続きを完了させると、その足で今度は天音の店へと向かった。


「お邪魔するよ、天音。例の物はもう届いて来ているかな?」


「お、来た来た~待ってたよ、例の物ならもう届いてるよ。今持ってくるね~」


店のカウンターで退屈そうにしていた天音は咲耶が入って来たのを確認するや否や、そう言うと店の奥に引っ込んだ。そして、戻って来た時には、手に少し大きめの包みを抱えていた。


「は~い、お待ちど~、例の物一丁~」


そんな風に差し出された包みを咲耶は風見に受け取るよう促す。


彼女が恐る恐る包みを開くとそこから出てきたのは


「魔導スーツ……?」

「そう、それも樹莉の為に用意した特注品だよ。まぁ詳しい説明をする前にまず着替えてみてくれるかな? 必要な機能が十分に働かなければ作り直して貰わなければならないからね」


「は、はい! わかりました!」


そう言って風見は店内にある試着室に入り着替えを始める。


「なぁ、こういう事なら俺は出て行った方が良いか?」


その着替えが終わるのを待っている間、俺は咲耶にそう尋ねるが


「別に気にする必要は無いと思うよ」


そんな事を言われてしまい、つい考え込んでしまう。俺が思ってるより女性はこういう事を気にしないのか? 気を使う方が返って失礼なのか……そんな事を考えている内に風見の着替えは終わってしまった。


「あのどうですか?咲耶先輩。私、魔導スーツって着るの初めてなんですけど、おかしな所はありませんか?」


「うん、問題無いよ。それより着心地はどうだろう?」


「あ、はい、動きやすくて良い感じです。……ちょっと恥ずかしいですけど」


「それくらいなら上着を着れば大丈夫だろう。それじゃあ、早速そのスーツについて説明しようか」


「はいっ!」


「通常の魔導スーツは繊維にマナを流し込む事で、筋肉と同等の役割を果たす様になっているけど、それはマナの代わりに電気を流す事でも同様の効果が得られる様になっていて、その上で蓄電性も持たせてある」


「それで私専用なんですね」


「ああ、自分の肉体を直接強化するよりも負担が少なく、それでいて同等の効果を発揮できるはずだ。試しにいつも自分の身体を強化するようにそのスーツに加護を使ってみてくれないかな?」


「はい、わかりました!」


風見は元気よく応えると、次の瞬間、彼女の身体が電気を帯び、それと同時にスーツに刻まれた緑色のラインが淡く発光する。


そして


俺の目の前に風見の拳が突き出されていた。


「凄いです! ホントに体を動かすような感覚で出来ました!」


「その様子なら問題無さそうだね」


「はい!」


嬉しそうな面持ちで応える風見に俺も声をかける


「どうでも良いけど、こういう事やるならせめて寸止めにしてくれ」


彼女の拳はしっかりと俺の顔面に直撃していた。


「えと、すみません、てへっ」


まぁ、浮かれてたみたいだし、仕方ないか。



 俺達がそんなやり取りをしていると、店の二階から誰かが降りてくる足音が聞こえた。


「天音~おやつどこ~?」


その人は俺の見知った人物だったので取り敢えず声をかける


「久しぶり、美咲」

「しゅ、秀助!?えっ?なんで?」


その人物―美咲は俺の姿を認めると、慌てて手櫛で髪型を整え、服のしわを伸ばし、俺に向き直る。


「その人、お知合いですか?」

「ひぃ」


風見が俺達にそう尋ねた事により、見知らぬ相手がいる事に気が付くと小さな悲鳴を上げ、視線を彷徨わせた


「ああ、うん、俺達と同じ三年生で……」

「何を隠そう! 今話題の天才デザイナー、フローディア先生その人なのである!」


俺の説明を遮って、天音が大仰な手振りで紹介をする。てか、今話題って事はもうスランプは抜け出したのか……。


「ええっ! あのフローディア先生も転移者だったんですか!?」


その説明に風見はガッツリと食いついてくる。どうやらそれくらい有名らしい。


「え……? まぁ、そうだけど」

「私、大ファンなんです! でも異世界でデザイナーとして成功できる人がうちの学校にいたなんて驚きました」


「あ……そう? ふへへ」


やや食い気味に詰め寄って来る風見に、美咲も若干引き気味ではあるが悪い気はしていないらしい。


しかし


「やっぱり、日本に戻った後もデザイナーを目指すんですか?」


風見が続けた言葉に美咲の顔が一瞬凍り付き、その後戸惑いに染まる


俺も咲耶から聞いていたが風見は、というより風見達は日本に帰れると考えているらしい。俺も絶対に帰れないとは思わないが

俺達は現状では基本的に帰れない、という前提で行動している。その為、彼女の期待にそぐわない事もあるかもしれない。それを何時、何処で、どの様に伝えるかというのは……


まぁ、咲耶に任せれば大丈夫だろう。


そこまで考えると、俺はそれ以上の思考を放棄して美咲と風見の間に割って入る。


「流石にそんなうまく行かないだろ、この世界と日本じゃ求められるデザインも違うだろうし」

「まぁそうだね~、この世界で成功できたのも、以前までのこの国のデザインがある程度パターン化されてから、そのパターンから外れた『異世界』のデザインが斬新に映ったってのもあるだろうし、日本に戻って同じ様な評価を得るのは難しいかもね~」


俺の意見に天音も乗っかって補足をしてくれる。その話に風見も納得してくれた様で


「そっかぁ~、やっぱ難しいんですね~」


それだけ言うと、それ以上その話を続ける事はしなかった。


「ところで樹莉、新装備の初舞台はせっかくだから『依頼』にしてみないかい?」


そして、ちょうど話題が途切れた所で咲耶がそんな事を提案した。


「え!? 良いんですか? ぜひ、やりってみたいです!」


「じゃあ、決まりだね」



 そうして、風見の新装備の初陣の為に俺達が向かったのはウィスカという町だった。依頼の内容は「水晶の森に住み着いた魔物を退治して欲しい」というもの。


ウィスカという町は別名「水晶の町」と呼ばれ、町の外れに水晶の森と呼ばれる場所があり、そこでは水晶版などにも使われる良質な水晶が取れる為、ウィスカの住人はそれを加工した工芸品を作ったりして生計を立てているらしい。


しかし、その水晶の森に住み着いた魔物のせいで材料費が高騰してしまい、値段を上げざる負えなくなり、結果として売り上げが落ちてしまい、困っている。との事


「でも、不思議だな。魔物が住み着いたくらいなら、とっくに誰かが倒してそうなのに」


「それだけ住み着いた魔物が特殊だからだよ」


「特殊? 変異個体って事か?」


「恐らく、ただ戦闘力に優れている訳じゃない。なんでも姿を消す事が出来て、強い冒険者が近付くと姿を現さないらしい」


「あー……それは面倒だな」


魔物は基本的に人を襲うが、クラルグラスの様に自分より強い相手からは逃げ出す事もある。どの様に実力を判別して、どの程度の差で逃げ出すのかは種族差、または個体差があるが、今回の魔物は多分その危機感知能力が高い事もあり、強い冒険者が行けば姿を現さず、弱い冒険者では倒せない、だから今まで依頼が残っていたという事なのだろう。


「そこで私の出番という事ですね! 任せてください!」


そう意気込む風見を伴って、俺達はウィスカの外れの森を進んでゆく。


 しばらく森の中を進んで行くと辺りの風景が一変する。周囲に透き通った水晶の様な木々が立ち並ぶ様になったのだ。


「これが水晶の森か? でも、水晶で出来た木が生えてるなんて凄いな」


「一つだけ訂正させてもらいますと、水晶で出来た木ではなく、水晶化した木でございます」


「水晶化? 普通の木が水晶になったって事?」


「はい、水晶の森の中心部には水晶の湖が存在し、その湖の水の影響を受けた木が水晶化いたします」


「なにそれ怖い」


「ご心配なさらずとも人体に害はございません」


「そーなの?」


「まぁ、その泉の水を使ったお菓子がウィスカの名物料理だからね」


「なるほど、じゃあ帰りにでも食べてみようかな」


それで美味しかったらタニアさんへのお詫びの品にするのも良いかもしれない。


「っ! 魔物が来ます!」


そんな話をしていると、突然、風見が声を上げる。


その言葉に周囲を見回すと、遠くにラングルトゥスの姿が見えた。しかし、その姿は俺達が良く知っているものとは少し違っていた。


俺達の目の前に現れたラングルトゥスの目は血走り、口からは涎を滴らせ、そして何より体の節々から水晶が生えていた


「樹莉、せっかくの機会だ、一人でやってみるかい?」

「はい!」


元気良く応えた風見は魔導スーツを起動させると、急加速をし、一息で魔物に肉薄する。そして、目の前に現れた敵に攻撃を仕掛ける魔物を、身体を捻る事で回避し、すれ違い様に顔の側面に拳打を叩きこむ。


風見の攻撃を受け吹っ飛んだ魔物だったが、痙攣しながらも生々しい音を立てると、攻撃を受け陥没した側頭部から水晶を生やし、起き上がって来る。


「樹莉、ここの魔物は再生能力が強化されている。再生できないくらいのダメージを与えなければ倒せないよ」

「はいっ!」


風見がその咲耶の言葉に大きく頷くと、魔導スーツの緑のラインが光り、その光が彼女の右足へと集中していく。


そして、襲い掛かって来る魔物にタイミングを合わせ、勢い良く回し蹴りを放つ!


その一撃を喰らった魔物はその身体を四散させ、絶命した。


「やた! やりましたよ!咲耶先輩!」


飛び散った魔物の肉片をところどころにくっ付けながら、満面の笑みで風見が咲耶に駆け寄る。


「ああ、見事だったよ、樹莉」


そんな風見を咲耶も笑顔で褒め称え、頭を撫でる。


「なぁ、この魔物ってラングルトゥスだよな?」


俺はそんな二人を後目に四散した肉片の中から魔石を拾い上げ、疑問に思った事を口に出す。


「はい、水晶の湖の影響で多少変質していますが、同一種族の魔物でございます」


淡々と話すシオンの言葉とさっきの話を照らし合わせ


「湖の水って、本当に悪影響とかないのか……?」


「魔物には少し影響があるみたいだね。まぁ、もし人間にも影響があったとしても、再生能力の強化だから悪くはないと思うよ」


「え~、でも、嫌じゃない? なんか生えてくるのって」


「……」

「……」


至極真っ当な事を言ったつもりだったのだが、咲耶もシオンも黙りこくってしまった。


「……いま、さら……?」


そして、そんなエファリアのツッコミに俺も思い出した。


(そういや、日常茶飯事だったな。なんか生えてくるの)


目が生えたり、手が生えたり、他にも色々なものが生えたりしたっけ……、そう考えると水晶が生えるくらいどうって事ない気がしてきた。少なくとも見た目は奇麗だし


そう考えると、別に大した事じゃない気がして来たので俺は魔物の捜索に戻る事にした。





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