第21話 進む道

 私は翌日から咲耶先輩のチームの冒険者として活動させてもらえることになった。

と言っても、まだ移籍したっていう訳じゃない。正式な移籍には色々手続きが必要で、手続きの書類自体はギルドの人が用意してくれるんだけど、それが出来上がるまでは仮所属という扱いになるみたい。まぁ咲耶先輩と一緒にいられるなら何でもいいけどね。


「そう言えば先輩達って、いつもどこを狩場にしてるんですか?」


いつもより早く起きて冒険の準備をして、宿を出た私は咲耶先輩とギルドに向かいながら今更ながらそんなことを質問する。


「狩場、というのとは少し違うけど、いつもは付近の森を探索しているね」


「え? ダンジョンには行かないんですか?」


「この近くには無いからね」


それを聞いて一つ思い出した。以前、勇人達がアルテアを拠点候補から外した理由がダンジョンが付近にないから、という理由だった。


「でも、それでお金とか大丈夫なんですか?」


冒険者になって最初のころは色々なことをやったけど、探索はあまり実入りが良くない割に消耗が激しかった為、すぐにやめてしまった記憶がある。そういう事を心配して聞いてみたことだったけど


「もちろん、裕福では無いけどね。無駄遣いをしなければ不便はしない程度には稼いでいるよ」


咲耶先輩からはそんな答えが返ってきた。


どうやって利益を出すのか、どうにもイメージ出来なかったけど、咲耶先輩が言うならそういうものなんだろうと納得した。そして、そんな話をしているうちに冒険者ギルドに着いた。


 冒険者ギルドにて、探索の手続きをしていると少し遅れて斎藤先輩が到着した


「おー、俺が最後か、待たせてごめんな」

「いや、私達も来たばかりだから問題無いよ」


「え? シオンさんとエファリアさんは来ないんですか?」


「ああ、二人には別の仕事をやってもらっている。今日は樹莉の実力を見るのがメインだから、みんな一緒にいる必要は無いと思ってね」


「そうなんですか」


凄く仲の良いイメージがあったから意外だったけど、その言葉にちょっとだけ安心してしまった。正直、あの二人に対してまだ苦手意識があった。でも、これで万全の状態で戦えるので咲耶先輩にしっかりアピールしていきたい。


私は気合を入れなおして、先輩達と一緒にアルテアの森探索へと出発する。




 しかし、アルテアの森に入って早々に私は探索の厳しさを思い知って、早くもくじけそうになってしまっていた。


探索の一番難しい点、それは中々魔物と遭遇出来ないことにある。


魔物は凶暴で基本的に人を見ると襲い掛かってくるが、ダンジョンや秘境でもない限り、個体数がそんな多くない。なので、遭遇するまで地道に何時間も歩き回らなければならない。という咲耶先輩の説明を聞いてからすでに一時間、足は既に悲鳴を上げていた。


「咲耶先輩……あの、まだ歩かなきゃダメですか? そろそろ足が痛くなってきたんですけど……」


「ん? そうか、それなら、まずは回復させようか」


咲耶先輩は立ち止まり、私に足に手をかざすと優しい光が手のひらから溢れ出し、足の痛みはスゥっと消えていった。


「これでどうだい?」


「はい、痛くなくなりました」


「それなら良かった。ここから先も体の不調を感じたら遠慮なく言ってくれて構わないよ。直ぐ治療するからね」


「……はい」


なんか、足より先に心が折れそうな気がしてきた。


「心配しなくても、もうそろそろ終わるよ」


そんな私の不安を見透かしたように咲耶先輩が優しく声をかけてくれる


「私達も意味も無く歩き回っていた訳じゃないからね」


「そうなんですか?」


「もちろんだよ、私達人間はそれ自体が魔物に対する撒き餌みたいなものだからね。複数の人が永くいた場所にはそれだけで魔物が寄って来る」


雨が降ったりすると効果が無くなるけど――咲耶先輩はそう続けると、今度は私の背後を見つめ


「噂をすれば、ほら」


その視線の先を追いかけると、そこには頭がやけに大きい犬のような魔物の姿が見えた。



 ラングルトゥス、身体の三分の一ほどの大きさの頭部を持つ四足歩行の魔物で、アンバランスな外見をしているが、俊敏な動きと大きな口を活かした噛付き攻撃は中々に侮れるものじゃない。


けれど、私の加護『雷光乱舞ライトニング・フューリー』なら近付く前に消し炭にできる。


だから、私はいつものように狙いを定め、雷撃を放とうとした


その瞬間


「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


咆哮と共に叩きつけられた強烈な殺気に、頭が真っ白になる。

次に何をすれば良いのか、いつもどうやっていたのかも思い出せず。そして、呼吸の仕方すらもわからなくなり


「あっ」


気が付けば、大きな口を開いた魔物が目の前にいた。


そして、魔物はバキリッという音を立てて


攻撃を阻むように立ち塞がった、斎藤先輩の腕に噛付いていた。


その光景を認識すると、私の身体からフッと力が抜け、思わず座り込んでしまう。それと同時に、忘れていた分を取り戻すように呼吸も再開する。


「大丈夫かい? 樹莉」

「せ、せんぱいぃ、私、私……」


何かを喋ろうにも心臓はバクバクいってるし、頭の中はぐちゃぐちゃで言葉にならない。


「慌てないで良いよ。まずはゆっくりと深呼吸をしよう」


そんな先輩の言葉に従って、ゆっくりと深呼吸をすると少しだけ落ち着いてくる。でも冷静になって自分の状態を把握出来るようになると、色々な意味で泣きたくなってしまった。


「なぁ、こいつはどうする?」


そんな私の心情なんてお構いなしに、斎藤先輩の呑気な声が響く。

そちらに目を向けると、ラングルトゥスが斎藤先輩の腕に必死にかじりついている様子があった。どうやら、さっきのバキリッという音は手甲の部分が壊れただけで、本人には全くダメージがないらしい。いや、防具より硬い肉体ってなんだよ。


斎藤先輩の腕に噛付いているラングルトゥスの姿は骨のオモチャにかじりつく犬を連想させるけど、生憎と魔物には犬のような可愛さは無い、だからシュールな光景にしか見えなかった。


「樹莉は無理そうだから、君が処理してくれるかな」


「あいよ」


咲耶先輩の返事を聞いた斎藤先輩は、空いている左手でラングルトゥスの下顎の根本を掴み無理やり口を開かせ、左腕から引き剥がすとそのままつるし上げ、自由になった右手で腰のナイフを抜き放ち、心臓に突き刺す。


その一連の動作は、正に作業としか言えないほど事務的なものだった。





 帰り道、自分の情けなさに消えてしまいたい気分を抱えながら、私はトボトボと咲耶先輩の後ろについて行く


「あの……ごめんなさい」


「君が謝る様な事じゃないさ」


「……でも、私」


何も出来なかった。


その一言を口にしてしまえば、今までの自分が積み上げてきたものが全て無価値になってしまう気がして、たまらなく恐ろしかった。


「……今日、君に知って欲しかった事は五十嵐のチームと私達のチームではやり方が違うという事だ」


「やり方、ですか?」


「そう、以前のチームでは前衛後衛で分かれ、個々の長所を生かした戦術をとっていたみたいだけど、私達のチームは少人数だ。明確な役割分担を戦闘中に遵守する事は難しい。だからメンバー一人一人に臨機応変な対応力が求められる」


「対応力……」


「このチームで活動をするつもりなら、さっきの様な状況に陥る事も少なくないだろう。だから、君はまず敵に近寄られた際の戦い方から磨いていこうか」


「はい!」


今日はダメだったけど、しっかり学んで次に生かせば良い。咲耶先輩の言葉を聞いてそう思えた。




 そして、翌日から私の猛特訓が始まった。


基本の走り込みから、各種筋トレ、実戦を想定した組手など。咲耶先輩の組んだメニューに従って取り組んでいく、組手では咲耶先輩だけでなく、シオンさんも協力してくれた。


もちろん、鍛えるのは体だけじゃない。ギルドから資料を借りて魔物の特徴、生態、能力及び代表的な対処法などを学び、座禅を組んでの精神統一、更には魔術まで教えてもらえる事になった。


でも、中々成果には繋がってはくれなかった。


最初のような失態を犯すことはなくなったものの、あの時から脳裏に焼き付いた恐怖心をどうにも拭い去る事が出来ず、魔物を前にすると体が竦んでうまく動けなくなってしまう。そんな状況から抜け出せない日々に焦りばかりが募っていく。



 私の特訓にはいつもチームの中から誰か一人が監督に付いていてくれてるのだけど、その日の監督は斎藤先輩だった。


斎藤先輩が監督をしてくれるのは今日が初めてだけど、当の先輩はいつものように呑気な態度で地面にあぐらを組んで座り、頬杖を付いて、時折あくびをしていた。


「眠いんだったら部屋に帰ったらどうですか? 私は別にサボったりしませんよ」


思わず口にした言葉は、自分でもわかるくらい棘を含んだものになってしまった。


「いや、別にサボらない様を見張ってるわけじゃ……」

「じゃあ、あなたは何のためにそこにいるんですか! こんな役立たずな私を、何のために見張ってるんですか!」


それが単なる八つ当たりに過ぎないって、頭ではわかっているけど、どうしても苛立ちを抑えることができなかった。


けれど、斎藤先輩はそんな私の様子を気にすることも無く、いつもの調子で


「……別に戦う事に拘る必要は無いだろ」


そんな事を言った。


「……それじゃダメなんです」


「なんでだ?」


「だって、それは……」


答えようとして、言葉に詰まる。その答えをうまく見つけることが私には出来なかった。


「別に戦えなくたって役に立たない事はないだろ。飯を作ったり、服を作ったり、依頼を仲介したり、そんな人達がいなきゃ俺達は戦えない。だったら、そういう人達だって間接的に戦ってるとも言えるだろ?」


理屈はわかる。でも、心の奥でわだかまっている感情が納得を妨げる。


「例えば、パン屋なんてどうだ? 上手くいけば結構儲かるらしいぞ。なんでも年に一回コンテストが開かれて、それに優勝したパン屋には貴族とかからも注文がくるとか。このアルテアにも――」


斎藤先輩が続けて色々喋っているけど、頭の中がぐちゃぐちゃで入ってこない。


「でも、それじゃ……咲耶先輩になれない」


そんなぐるぐると渦巻く感情の中から、なんとか絞りだした言葉がそれだった。


「……そうか」


斎藤先輩はそれだけ言うと、さっきまでと同じ姿勢に戻って、一つ欠伸をした。


私はその言葉を一つ口にしただけで、頭の中がクリアになっていくのを感じた。答えはシンプルだったのだ。


(私は……咲耶先輩になりたい)


それを自覚した瞬間、バチリッと私の体内を電気が駆け巡った気がした。





 俺との話が終わった後から風見は、先程までとは別人の様な動きで特訓を再開し、しばらくすると突然糸が切れた様に気絶した。


その様子の一部始終を傍で見ていた俺は、意識を失った風見を担ぐと部屋へと戻る。



「ただいまー」


「おかえり、ちょうど良いタイミングで戻って来たね」


戻って来た俺達を、テーブルで向か合って話をしていた咲耶が出迎える。


「樹莉の様子は……上々、といった所かな?」


俺はその言葉に返事を返す前に意識の無い風見をベッドに寝かせた上で、改めて咲耶に向き直り


「さぁな、でもまぁ何かを掴んだっぽい感じはしたな。で、そっちの方は」


ついでに話し合いの結果を尋ねた。


「うん、こっちも大方の予想通り、シロと見て大丈夫そうだよ」


シロ、つまり無実。今回の場合の容疑者は他でもない、風見樹莉だ。


ほぼ初対面とはいえ、同郷の人間を疑うのは少し罪悪感があったが、彼女が以前所属していたチームにはグリジア教、またはその協力者の疑いのある人間が多数関与している為、俺達の立場上調べない訳にはいかなかった。もし後輩だからなんて理由で調査を拒否すれば俺達も共犯者とみなされる危険があるからだ。


(まぁ、咲耶は再会した直後から調査を始めてたらしいが……)


再会した時の状況から考えて、スパイである可能性はほぼ有り得なかったが

グリジア教の危険な思想に感化されてないか、とか

前チームへの未練から意図せず内通行為を働いてしまう可能性はあるのか、とか

個人的に要注意人物とのつながりは持ってたりしないか、とか

本人の意に反してこちらに害をなす魔術をかけられたりしていないか、とか

様々な可能性を想定して調査し、その結果を今日の話し合いで決めていたのだ。


因みにこれはあくまで俺達が下した判断に過ぎない為、もしその結果が間違っていた場合、つまり風見が何らかの利敵行為を働いた時は俺達全員の連帯責任になる。


簡単に言えば、俺達が風見の連帯保証人になった、程度の話だ。


「しかし、人を疑うなんてめんどうな事、もう二度とやりたくないな」


そう言いながら、俺は空いていた席に座る


「なるほど、残念だったね」

「……え?」


「実は五十嵐のチームから、更に何人か離脱者が出ていてね。折を見て接触し、調査をして欲しい。という依頼が来た」


「えぇ……、別に放っておいてもいいじゃん……」


「そういう訳にもいかないさ、彼等は力を示し過ぎた。例え本人にその意思が無くとも、不届き者に利用されればこの国に甚大な被害を及ぼすかもしれない。そう考えれば放置する事は難しいだろう? まぁ可能なら利用したい、というのが本音だろうけどね」


「う〝ぅー、調べるのが俺たちじゃなきゃいけない理由は……」


「信用されていないこの世界の人間よりも、私達の方が穏便に調査できるからに決まっているだろう?」

「デスヨネー」


「どうしても嫌なら拒否しても良いと言われているけど?」


「……はぁ、いいよ、やるよ、やりますよ。それで良いんだろ?」


「では、陛下にはそのようにお伝えしておきます」


「はーい……」


シオンの言葉に応じた後、俺は力無く机に突っ伏す。


邪神の欠片討伐が一段落して、ようやく平穏な日々が戻って来ると思ったのに……俺がのんびりできる日はまだ遠いらしい。





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