第19話 風見樹莉

『俺が誰も死なせない、必ずみんなで元の世界へ戻って見せる』


五十嵐勇人のその言葉を信じて、私は彼について行くことを決めた。

ううん、私だけじゃない。一緒に転移してきた生徒達の多くが彼を信じ行動を共にした。


寄る辺の無い異世界に放り出された私たちにとって。彼の力強い言葉はまばゆいばかりの道標に思えた。


そして、私達は帰還の方法を探す為に冒険者になった。本当の事を言うと、私は冒険者になんてなりたくなかったけど。


勝手な都合で私達を召還したこの国の人間は信用できない。もしかしたら、本当は帰還方法を知っていて、私達を帰さない為に秘匿しているのかもしれない。そう主張する生徒の意見を聞いて、反対する事なんてできなかった。


それでも勇人がいれは大丈夫だろう、って思った。


そうして私達は冒険者チーム『エデンズ・シーカー』を結成した


名前は必ず故郷に帰るという決意を込めたものだ。もちろんリーダーは勇人、反対する人は誰もいなかった。



 幸いにして私達の手に入れた加護は強力で、この世界の魔物も簡単に倒す事ができた。そのお陰で私達の冒険者ランクはぐんぐん上がっていった。


そして、その中で私達は多くの事件を解決し、その度に新たな仲間を得た。


不当に虐げられていた奴隷を開放し、正当な条件で雇い

幼い頃から暗殺者として育てられた少女に手を差し伸べ

国王からのスパイを暴き立て、退ける中で王制に疑問を持つ貴族と知り合い

ライバルに圧力をかけられ、困っていた商人の商品開発に協力して独占契約を結んだ


勇人の存在はこの世界で虐げられている者にとっても希望となっていった。


……まぁ、仲間になる人にやたらと女の子が多いのは少しモヤッとしたけど。


だいたい勇人は女の子に優しくしすぎ! そんな所も好きだけどさ、もう少し私にかまってくれたっていいのに……。


とにかく、元の世界に戻る為の手掛かりが何一つ見つかってなくても、全てが順調だと思えた、きっと一歩ずつ近づいているんだって、そう信じる事ができた。


あの時までは。





 それは簡単な依頼のはずだった。


その日、私達が拠点としていた街、ガムルシンに商人のラーシェスさんがやって来た。ラーシェスさんは私達の考えた道具を商品化して販売してくれている人で、普段はエデルベルトにお店を構えているんだけど、時折、私達に直接会いに来て依頼をくれる。その依頼はどれも難易度の割に報酬が良くて、私達にとって大きな収入源にもなっていた。まぁ、私達の考えた商品で大儲けしてるらしいから、持ちつ持たれつってやつだよね。


その日もそんな依頼を持ってきてくれたんだけど、少し目的が違う様だった。なんでも私達が働き過ぎだから息抜きがてらにどうか? との事

単純に休むよう言うのでなく、簡単な依頼を持ってきたのは、ラーシェスさんなりの気遣いなんだろう、と思う。


確かに最近私達は働き詰めだった。理由は当然、元の世界に帰る方法を探す為だ。


この世界に来て最初の頃、色んな場所で、色んな人に聞いたけど、大抵の人は取り合ってくれなかったし、魔術学院みたいな場所は門前払いだった。


そこで私達は冒険者ランクを上げる事にした。冒険者は基本的に特別な権力を持っている訳ではないけど、最高位のプラチナにもなれば貴族でも顔色を窺わなければならない存在になるらしいし、立ち入りが制限されている場所に入る権利ももらえる。


だから、プラチナランクになれば、今まで隠されていた情報も知る事ができると思ったから


そして、効率良くランクを上げる為に私達はダンジョンに入り浸った。ダンジョン内では魔物が無限に湧いて出る為、魔石を沢山手に入れるのに向いていた。特にガムルシンのダンジョンにいるメタルエレメントは、魔石の他にも付加価値の高い素材を落とす為、ランク上げに最適だった。


チーム内でローテーションを組んで三日おきにダンジョンへ潜る。私達はそんな生活を繰り返していた。


なぜ三日おきかと言えば、加護を使うのは凄く体力を消耗し、それが完全に回復するのに大体三日くらい休む必要があるから


でも、普通の冒険者は七日に一回くらいしか働かないとの事。私達からしてみれば働かなさすぎ、って思っちゃうけど、一瞬の油断が命取りになる冒険者にとってはそれくらいがちょうど良いらしい。


だから、ラーシェスさんはそんなハードワークな私達を心配してくれたみたい。一刻も早く元の世界に戻る為にはのんびりしている時間は無いけど、それで体を壊したり、怪我をしたりしたら元も子もない、と説得され、結局、私達は彼女の好意に甘えさせてもらうことにした。




 ラーシェスさんの依頼の内容は、ガムルシンから少し離れた森に生えているラフラの実を採取してくる事。


ラフラの実は主に染料として使われていて、上手に処理すると鮮やかな赤色が出る。けど、処理を失敗すると黒ずんだ色になってしまうから、扱いの難しい素材って言われているみたい。


ラフラの実が生っている場所まで魔物が出る事はほとんど無いという話なので、私達は半ばピクニックに向かう気分で準備をした。


かく言う私もお弁当を用意して勇人と一緒に食べる予定だった。少し失敗しちゃったけど、勇人はきっと『おいしい』って言ってくれるよね。


だた、チームメンバー全員で向かった訳じゃなかった。一部のメンバーは休養なら外出する必要は無いと言って、一緒に来なかった。椿や香純なんかも、なんでか知らないけど居残りを選んだ。


まぁ、私からしてみればライバルが減って好都合だったけど


ただ後になって思えば、私も居残りを選んでいた方が良かったのかもしれない。そうすれば、少なくともあんな思いをすることはなかったんだから。


 依頼は当たり前の様に順調に進んだ。探索中、特に魔物と遭遇することも無く、みんなで手分けしてラフラの実を集めていって、大体お昼ごろになった時に休憩に入る事にした。


私は休憩に入ってすぐに手作りのお弁当を大事に抱きしめて、勇人を誘おうと一直線に駆け寄ろうとした。


その時


視界の隅に黒いナニカが映った。



「え?」


誰かがそんな声を上げたのをきっかけに、その場にいた全員の視線がソレに集中する。


ソレが何なのかわからず、僅かな間私達は困惑していたけど、直ぐにソレの纏う異様な雰囲気に気が付くと臨戦態勢をとり、そして、一斉に加護や魔法を用いた総攻撃を仕掛けた。


私達の持つ加護は多種多様だ。光、闇、炎、氷、雷、風、様々なエネルギー攻撃を浴びせかける。エネルギー攻撃だけではない、弾丸や刃の様な質量攻撃も繰り出されている。


もちろん、攻撃だけではなく、万が一の反撃に備え、防御系の加護を持つ仲間が防壁も展開している。



「よし、これくらいで良いだろう」


その勇人の言葉で私達が攻撃を止めると、黒いナニカがいた場所には大量の土煙だけが残される。


私達はこの戦法で今までたくさんの魔物を倒してきた。だから、今回も大丈夫だと思った。


しかし


土煙が晴れた時、その場所には、黒いナニカがさっきまでと全く変わらない姿でそこにいた。


ソレはまるで、水にぬれた犬ように身震いをすると、身体の一部を伸ばし、まるで挑発するように手招きをした。


「みんな下がってろ、こいつは俺がやる」


攻撃が全く通用しない事に戦慄する私達に勇人はそう言うと、背中に背負った一本の剣を抜き放つ


それはガムルシンで出会った鍛冶師が勇人の為に作った物で、魔法すらも切り裂く名剣だ。


さらに勇人はその剣に自分の加護『光り輝く剣シャイニング・キャリバー』を纏わせる

光り輝く剣シャイニング・キャリバー』は魔物に対して特に高い威力を発揮する加護で、この二つを組み合わせた攻撃で倒せなかった敵はいない。


そして光を纏った勇人がソレに猛スピードで肉薄し、勢い良く剣を振り下ろす。


勇人ならきっと倒せる、そんな期待は



勇人の持つ、剣の刀身と共に消え失せた。


振り下ろされた剣はソレに傷一つ負わせる事無く、その刀身を消失させたてしまったのだ。


何が起きたのか、なぜそうなったのか、全くわからなかった。


でも、表情どころか顔すら存在しないソレが、私達を嘲笑ったのはということは、なぜか理解できた。


そして、唖然としている私達をしり目に、ソレは急激に体積を増やし、黒い触手の様なものをたくさん伸ばしてくる。


それが私達の命を奪うものであることも、理解できてしまった。


「う、うわぁぁぁぁぁぁ!」


今までと立場が逆転し、狩られる側になった。その現実を理解した人が一人、また一人と逃げ出していく。


それに続くように私も慌てて走り出した。


「あっ!」


しかし、手に持ったお弁当箱を包んでいたハンカチの結び目が緩み、お弁当箱が地面に落ちてしまう。


地面に飛び散ったその中身を見た瞬間、朝早起きして作った時の記憶がフラッシュバックする。


(勇人に喜んで欲しくて作ったお弁当……)


僅かに足を止めたその一瞬が命取りだった。


気づけばソレから伸びた黒い触手が片足に絡みついていた。


触手の触れた場所から動かなくなり、どんどん冷たくなっていく、そして、その感覚はじわじわと範囲を広げていった。


それは私の脳内に強烈に死を連想させた。


(いや……いや!いやっ!いやっ!!死にたくないっ!)


私は恐怖に全身を支配されながらも、辛うじて自由になる右手を伸ばし助けを求める。


「助けて!勇人!」


その声に勇人は直ぐに反応し、私の方に振り向くと


また背を向け走り出した。



私はその時の勇人の顔を、きっと一生忘れない。
















 昏い昏い闇の中に私はいた。


どうしてこうなったのだろう? なにも悪いことなんてしなかったのに


(ママ、パパ……会いたいよ……)


日本にいる両親の顔を思い浮かべると寂しさが込み上げてくる


―でも、果たして向こうはどう思っているだろうか?


私はお世辞にも『良い子』ではなかった。勉強が嫌いで赤点を取ったのも一度や二度じゃない、家の門限を破った事だって一度や二度じゃない。そして、その事で親から説教されれば憎まれ口で返した。


―きっと両親も今頃、いなくなって清々してるんじゃないか?


……そうかもしれない。


次に友人達の顔が浮かんだ

一緒にわいわい騒いで、色んな場所で色んな事をして遊んだ友達。会えなくなった今でも、楽しかった思い出ばかりが浮かんでくる。


―でも、本当にみんなは楽しんでたのかな?


……わからない

みんなでいる時は楽しそうにしてたけど、誰かがいない時、そのいない子の陰口を言うのもしょっちゅうだった。もしかしたら、今頃は私の陰口を言ってるのかもしれない。


それ以外にもたくさんの思い出が浮かんでくる。

日本に居たころのもの、この世界にきてからのもの。楽しかったこと、うれしかったこと、つらかったこと、かなしかったこと


たくさんの思い出が泡のように浮かんできては、消えていく。


私が今までいた場所は、本当に私の居場所だったのだろうか? そもそも私の居場所なんて存在するのだろうか?


(……もう、何もかもがどうでもいい)


何もかもが億劫になって考えるのをやめると、次第に自分が薄れていく


闇に溶けていくのだ、とそう感じた。


何もかもが闇に溶けて、私自身が消えてなくなる。


それでも構わないと、思った。












 しかし


ガキィィィィィィン!と、けたたましい音が鳴り響き不意に意識が浮上する。


(……うるさいな)


謎の騒音に不快な気持ちが湧き上がる。


(もう、放っておいてほしいのに……)


そんな私の気持ちとは裏腹に騒音はどんどん大きくなり


突然、胸に焼けるような痛みが走る。


(なんで、なんでよ!放っておいてって言ってるのに!)


突然の痛みにわけもわからず、無性に怒りが込みあげてくる。


しかし、騒音も痛みも激しさを増すばかりで一向に収まらない。


(……どうして……!)


そして、そんな状況で何も出来ない自分が情けなくて悲しくなってくる。


(どうして、放っておいてくれないの!)


そう思い切り叫ぼうとしても声にはならない、私には口なんてもう無いから


でも騒音が聞こえる、痛みを感じる。身体なんて、もう無いはずなのに。


―言いたい事があるなら! 自分の口で言え!


そんな、ひと際大きな声が頭の中に響いた次の瞬間、燃え盛る炎の様な熱が私の腕を掴み、無神経なまでの強引さで私を引っ張り上げる。


その熱が、騒音が、痛みが、私に私を教えてくれた気がした。






 私の覚めた時、目の前に見慣れた宿屋の天井が映る。いつも借りていたガムルシンの宿屋のベッドで寝ていたようだった


今となってはだいぶ見慣れてしまった光景に、さっきまでのことは全て夢だったんじゃないか、なんて淡い期待がふくらむ。


「目が覚めたかい?」


でも、そんな期待は私が目を覚まして、すぐにかけられた言葉で消え去った


「……咲耶先輩?」


声をかけてきたのは勇人やチームの仲間ではなく、日本にいたころたくさんお世話になった、蒼井咲耶先輩だった。友達と喧嘩した時、仲直りを手伝ってくれたり、留年しそうになった時、勉強を教えてくれたり、数え切れないほどお世話になった先輩。


でも、この世界に来てからは女子のリーダーになった玲華の命令で、咲耶先輩にかかわるのはタブーになってしまった。玲華は勇人に次ぐ強力な加護の持ち主で私達はそれに逆らえなくて、気が付いた時には、咲耶先輩は私達の前から消えていた。


私達には元の世界に帰る方法を探す、って目的があって、その為には仕方ない事だったけど、心の片隅にずっと後ろめたさがあった。もしかしたら恨まれてるかも、って思うと顔を合わせるのが怖かった。


でも、


「久しぶりだね、樹莉」


咲耶先輩は日本にいたころと同じ、優し気な笑顔で笑いかけてくれて


「ざぐや゛ぜん゛ばぁい゛ぃぃ」


安堵とか申し訳なさとか後悔とか、色々な感情がごちゃ混ぜになって、私は思わず咲耶先輩に抱き着いてしまう。


先輩はそんな私を泣き止むまで、優しく抱きしめていてくれた。


…………


……


「落ち着いたかい?」


「はい……あの、ごめんなさい」


「構わないよ、それだけ大変だったのだろう?」


優しく労わってくれる咲耶先輩の、その言葉に私は胸の中に溜めこんで来た想いを吐き出していく。


仲の良い友達が一緒に来てなくて寂しかったこと

本当は冒険者になんてなりたくなかったこと

娯楽が少なくてあまり遊ぶことができないこと

スイーツの値段が高めでたくさんは食べられないこと


そして、本当に怖かった時には誰も助けてくれなかったこと


溢れ出す感情のままに吐き出していたから、自分でも途中で何を喋っているのかわからなくなっていたけど、咲耶先輩はそんな私の話を静かに聞いていてくれた。


「あの……ごめんなさい」


冷静になったころには、空が茜色に染まっていて、あまりにも赤裸々に話してしまった事が急に恥ずかしくなって、また謝罪の言葉を口にしてしまう。


(なんか謝ってばかりだな、私)


「大丈夫だよ、後輩の相談にのるのも、先輩の役目だからね」


「咲耶先輩……」


その答えを聞くと私の心に安堵が広がる。こんなにホッとしたのはいつ以来だろうか? 思えばこの世界に来てからは初めてかもしれない


しかし、そんな久しぶりの安心感に浸ろうとしていると、あの恐ろしい記憶が顔を覗かせる。


「あの……咲耶先輩、黒い怪物って見たことありますか?」


頭の中に浮かぶのは闇を濃縮したような黒に浮かぶ一つ目の怪物


今思えばあれが本当にあった事なのか、記憶が少し曖昧だけど、触れられた部分から広がる冷たさを身体が覚えている。


「……そうだね、君にとっても無関係ではないから、少し説明しておこうか」

「え!?」


何かにすがりたい、その一心で聞いただけで、明確な答えが返ってくるとは思ってなかったけど、咲耶先輩は真剣な口調で喋りだす。


「あれはこの世界に来た時、話に出てきた邪神。その欠片だ」


「……あの話って、でたらめじゃなかったんですか?」


確かにこの世界に来た時、そんな話もあったけど、冒険者になって情報を集めてる時はそんな話を聞く事は無かったから、てっきり、私達をこき使うための方便だと思ってた。


「まぁ、この世界でも半ばおとぎ話の様なものだったから、そう思うのは無理もないね」


「……さっき欠片って言いましたよね。それってヤバくないですか!? あんなのがたくさん現れたら!」


武器も魔法も加護の力も通用しないあの怪物かたくさん現れたら……そう考えるだけで背筋にうすら寒いものが走る。


「大丈夫、とは言い切れないが、この国の国王も対策をとっている。私達は危険な場所に近づかない様にすれば生き残ることは難しくないさ」


「……信用できるんですか?」


無理やり召還された事もあって、この国の王様の印象は良くない。


「さあね。しかし邪神に関して言えば、この世界に生きる人間全ての問題だ。手を抜く道理は無いだろう」


「そうかもしれませんけど……」


「そう難しく考える必要はないよ。どんな世界でも一番大事なのは自分の身は自分で守る事だからね。私達は基本的に私達にできる事をやっていればいい」


「……でも」


いくら理屈で諭されても不安が拭い切れず、私が口ごもってしまうと


「ただいまー」


部屋の中に呑気な男性の声が部屋に響いた。


「おかえり、秀助。シオンも一緒だったのかい?」

「はい、今後の方針について伺ってまいりました」


「ちょちょちょ、ちょっと待ってください! 誰なんですか! その人!」


あまりにも自然に見知らぬ男性と会話する先輩に勢いよく尋ねてしまう。それは勇人のこともあって、男性に不信感があったということもあるけど、なにより、その男がどう見ても咲耶先輩とつり合いの取れてない、野暮ったい容姿をしていたからだ。


「そこまで警戒する事もないだろう? 彼は君の命の恩人だよ?」

「いや、別にそんな大層なもんじゃないが……」


「へ? え? 命の恩人って……」


予想外な情報に私が混乱していると


「邪神の欠片に取り込まれた君を救出したのが彼だよ」


咲耶先輩はそう言って、その男性を指し示す。


「えっ、えぇ……?」


その言葉で、私の思考は完全にフリーズしてしまった。


……



 私がフリーズから復帰したのを見計らって、改めて咲耶先輩の仲間を紹介してくれた。


まずメイド服を着た銀髪碧眼の女性がシオンさん

青い肌をして頭に角の生えている、少し変わった容姿をしている女性がエファリアさん

そして、唯一の男性が斎藤秀助……先輩。


私の恩人であるということは理解したけど女性三人に男性一人という状況に身を置いている男性ということから、どうしても、見る目が厳しくなってしまう。


「取り敢えずは斎藤……先輩、私のことを助けてくれてありがとうございました」


まずは礼儀としてお礼を言う


「えっ……と、どういたしまして?」

「でも! 咲耶先輩との仲を認めた訳じゃありませんから!」


その上でしっかりと釘を刺しておく、咲耶先輩の彼氏はもっとイケメンで優しくてお金持ちじゃないとダメなのだ。こんな野暮ったい格好をした人には任せられない。


「はぁ……?」


気の抜けた返事しか返ってこなかったが、取り敢えず言いたいことを言って、満足していると


「ジュリ・カザミ」

「はひっ!」


シオンさんに声をかけられた。この人はピシッとしてて、厳しそうな雰囲気をしているので、名前を呼ばれると、ついつい背筋が伸びてしまう。


「ユウト・イガラシは聖地ルミナに向かったそうですが、あなたはどうしますか?」


「……私は」


その時、頭によぎったのは、あの時の勇人の表情だった


私が邪神の欠片に捕まり、助けを求めた時



―これで自分は助かる、と


それを見た時、勇人の言葉が全て空虚に感じた。みんなを死なせないという言葉も、必ず帰る方法を見つけると言ったことも、私がつらい時かけてくれた優しい言葉だって、全てが上辺だけに思えた。


結局、彼は耳触りの良い言葉を並べてただけ


それが悪いことだとは思わない。事実、この世界に来た時、彼の言葉に私は救われたのだから


けど、もう一緒にいたいとは思えなかった。


だから


「……先輩達と一緒にいてもいいですか?」


気づけば、私はそう口にしていた。


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