第16話 懐かしのわが家(アパート)、人造ダイヤモンド


 俺のアパートのドアを開けた先は玄関というよりただの靴脱場くつぬぎばなのですごく狭い。サンダルなんかも置いたままだったはずなので、転移先はアパートの扉の前にしておいた。


『転移!』


 俺の目の前に、懐かしのわが家アパートのドアが。そこまで長く留守にしていた訳ではないが不思議と懐かしい。逆に普段どおりなので、向こうの世界での諸々もろもろが夢の世界での出来事だったような気もする。


 ポケットから取り出した鍵でドアを開けて部屋の中に入ると、むっとする臭いが立ち込めていた。そういえば生ゴミをそのままにして異世界に拉致られたんだ。流しの三角コーナーの中で生ゴミが腐っているのだろう。真面目に料理などしていないが、たまたま腐る物を三角コーナーに捨てていたらしい。


 靴を脱いだ先の台所の流しを見たら、三角コーナーの中の生ゴミは緑と白と黄色のカビに覆われて異臭を放っていた。ほとんど干からびているので少し前はもっと臭かったかもしれない。異臭騒ぎで警察にでも通報されたらえらいことになったのだろうが、そこまで事態は深刻化せずに済んだようだ。


 押し入れ付きの6畳の和室と食堂を兼ねた台所、あえてダイニングキッチンとは言うまい。そこにとってつけたようなユニットバストイレのわが家。住んでいた時、狭いと思ったことはなかったが、今はすごーく狭く感じる。


 俺は異臭を換気すべく、6畳間の薄いカーテンを開け、窓も一緒に開け放った。そのあと台所の前の小窓を開けたら風が通って一気に部屋の中の臭いが飛んでいった。


 三角コーナーに被せた生ゴミ袋の中の物体を生ゴミ袋ごと引きはがし、燃えるゴミの入ったゴミ箱に突っ込んだ。ゴミ箱にはゴミ袋を内側に入れているので、そのゴミ袋を取り出して口を結んで、とりあえずアイテムボックスに収納しておいた。


 錬金工房の素材ボックスに突っ込んでおけばなにがしかの素材としてゴミだろうと何だろうと活用されるとは思うが、そこはさすがに嫌なので燃えるごみの回収日に忘れないように出さないといけない。おそらく忘れると思うので『できれば』という但し書きがつくのは当然だ。


 ゴミを片付けた後は、三角コーナーとその周辺に塩素系の漂白剤をスプレーして、しばらくおいてからアルミ蒸着スポンジで流し全体をきれいに洗っておいた。


 そのあと、ほぼ電池切れ状態だったスマホを充電器につなげた。



 一仕事終えたところで、俺はあることに気づいてハッとしてしまった。


 こうして俺は日本に無事帰ってきたわけだが、俺のスキルが異世界限定だった場合、異世界に帰ることができなくなってたはずだ。そういう意味では子どもたちのことを考えず、軽々しく行動したことになる。


 さっき無意識にアイテムボックスを使ったが、あれだって使える保証はなかった。


 いちおう、転移も使えるか確認した方がいいだろうと思い、試しに異世界のあの屋敷の俺の部屋を思い浮かべて転移してみることにした。


『転移!』


 一瞬で目の前に映っていたものが切り替わり、俺は異世界側の俺の部屋に立っていた。少なくとも転移は使えた。これで一安心。ホッとした。


『転移!』


 もう一度、日本の俺の部屋に。




 スキルはこの日本でも間違いなく使えたわけで、使いようによっては俺は大金持ちに成れるんじゃないか?


 とはいえ、俺の現在の貯金は100万ほどのはず。あっちの世界ではそこそこの金を持っているし、これからもどんどん稼げると思うが、こっちではアルバイトも長期で無断欠勤している以上すでに解雇されているだろうし、いまさらアルバイトをする気も起きない。


 アルバイト以外で何か日銭を稼げるような仕事はないか? 転移を駆使してウー〇ーイーツの配達員にでもなれば楽に稼げそうだが、あまりに効率が悪いし、人前でやたらと転移もできないのでやはり無理だ。


 非合法なことをすればいくらでも稼げるだろうが、さすがにそれはできないし。


 何かいい儲け話はないかなー。とにかく元手が100万しかないのであまり大きなことはできない。


 俺の気力は消耗するが錬金工房の中でどんな素材でも錬成可能だ。言い方を変えれば、やる気さえあればどんなものでも作ることができる。かといってきんなど作ろうものなら、数グラムも作れば消耗してその日は何もできなくなるような気がする。


 元になる素材さえあれば、そんなに消耗しなくて済むのだが。


 あっ! そこらにある素材でできそうな高価なものがあるじゃないか。


 アレは砂糖を原料にしていると聞いたことがある。


 俺は、台所に置いてあった砂糖入れの中身をアイテムボックスに収納し、素材ボックスに移しておいた。


 これで、材料は揃った。さあやってやるぞ!


 意気込みはあったのだが、さてどうすればいいんだ? 確か砂糖を高温高圧にすれば勝手に水素やら酸素が逃げて行って炭素の塊すみになった上、炭素原子がみっちりくっついてできあがるはずなんだが。


 シリンダーのようなものを想定し、その中に砂糖を入れる。上からピストンを押し付けながら全体を加熱していくイメージだ。


 いくぞ。温度は1500度くらいだったと思う。そこまで熱しておいて徐々にピストンに力を加えていく。いちおうの目安の圧力を調べておけばよかった。いずれにせよ千気圧ということはないだろう。千気圧ならマリアナ海溝の底は千気圧だし。


 ということは1万気圧から1万気圧ずつ圧力を上げていけば生成されるはずだ。まずは1万、変化は当然ない。2万、同じく、3万、4万、5万、様子が少し変わってきたか? それじゃあ、ここからは千気圧ずつだ。5万1千、2千、3千。なんかいい塩梅じゃないか。4千、5千、6千。少しこのままにして様子を見るか。


 5分ほど経過したところで、錬金工房の中を意識すると1500度で熱せられて明るい橙色になった炭の中にところどころ透明な部分が見え始めた。


 できたんじゃないかな?


 ゆっくり圧力を下げながら温度も下げていく。


 真っ黒な炭と一緒にアイテムボックスから取り出した透明の結晶は四角錐を底面で張り合わせたような8面体で各面がやや膨らみを持っていた。


 やったぜー!


 手順が前後したが、スマホでダイヤモンドの生成圧力と温度、時間などを調べたらだいたいい線いっていた。


 次に人造ダイヤモンドの価格をスマホで調べたら、


 カットしたもので1カラット8万?


 ダイヤモンドのカットまでは俺にはできないだろう。これでは割に合わない。人造ダイヤを日本でカットして異世界で売ればそこそこ高額で売れそうだが、必要なのはこっちの円だ。これは、ボツだな。

 

 因みにスマホの中は、アルバイト先から何本も電話があったようだ。俺を解雇した旨のメールもあった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る