第13話 屋敷(借家)


 当てもなく不動産屋を探しても見つかるはずはないので、通行人に尋ねようと思ったのだが、そもそも俺はこの世界の不動産事情を知らない。借家くらいはさすがにあると思うが、そういったものを専門に扱う業者、不動産屋という専門職業がはたしてこの世界にあるのか? ということで、身近にいる子どもたちに聞いてみることにした。


「家を借りようと思ってるんだが、お前たち、どこにいけば家を借りられるのか知っているか?」


 いつも調子のいい3人娘が首を傾けているところで「きっと、商業ギルドで扱っていると思います」と、イオナ。


 イオナは無口だが頭はいいようだ。



 俺たちは商業ギルドの場所を尋ねながら歩いていった。もともとこの街の中心部付近に俺たちはいたはずなので、思った通りそれほど歩くこともなく商業ギルドにたどり着いた。


 商業ギルドも立派な作りの建物で、中に入ると広めのホールになっていて、正面の受付に受付嬢が二人座っていた。その二人の他にホールにいたのはギルドの人間か客なのかわからないが数人だけだった。


 さっそく受付の女性に会釈すると「どのようなご用件でしょう」と、値踏みするような目をして片側の受付嬢が俺に聞いてきた。


「ここにくれば、借家を探せると聞いたもので」


「賃貸ですね。係の者が参りますので、5番のお部屋にお入りになってしばらくお待ちください」


 すぐに返事をした受付嬢ではない受付嬢が奥の方に駆けていった。係を呼びに行ったのだろう。電話があれば走らなくて済むのだろうがないものは仕方ない。


 玄関ホールの左右の壁にはドアが並んでいた。俺の言語能力で『5番』と聞き取った異世界語は、おそらく看板の異世界文字を『5番』と俺に見せてくれるのだろう。


 そんなことを考えながらドアの並びに歩いていったら、1番から順に番号が振ってあるようで簡単に5番の部屋が見つかった。


 中に入るとその部屋は、会議室のような造りで、真ん中に大き目のテーブルがあり、椅子が10脚ほど並んでいた。俺たちの人数に合わせて広めの部屋に通されたのだと思う。


 俺を中心に子どもたちを左右に2人ずつ、5人で片側に並んで座って係の人がやってくるのを待っていたら、5分ほどでドアが開いて、ビジネスウーマンっぽい女性が大きな台帳のようなものを持って部屋に入ってきた。当たり前だがその女性は俺たちの向かいに座った。俺たちと並んで座ったのならそれはそれでワケワカメになるからな。


「賃貸家屋をお探しとか」


「はい」


「ご希望の場所と広さなどをお聞かせください」


「ここにいる子どもたち4人と、俺の5人が住む部屋で、賄のおばちゃんを雇うか、奴隷商でそれなりの人物を買おうと思っているので、ベッドルームは6つかな。それに居間と台所と食堂。あと物置があればいい感じです」


「応接室はいかがですか?」


「客が来る当てはないから、応接室は不要です。そうそう、風呂場ってありますか?」


「ないわけではありませんが、維持費が相当かかります。また、お風呂場がある物件となりますと、いわゆる邸宅になりますので、どの物件にも応接室はついています。また賃貸料はかなりお高くなります」


「ちなみにいかほどでしょうか?」


「賃貸料は年間契約ですので、1年で金貨200枚から300枚ほどになります。それに加えて、初年度だけですが契約料として賃貸料の2割を当ギルドにお支払いいただく形になります」


 アイテムボックスの中を確認するとまだ400枚ほどの金貨がある。金貨300枚の物件だとしても金貨360枚。余裕だ。


「それなら、邸宅でお願いします」


「そ、そうですか。

 場所のご希望は?」


「錬金術師ギルドと冒険者ギルドに近い場所だとありがたいんですが」


「少々お待ちください」


 そう言って係の女性が台帳をめくり始めた。


「ありました。小さめの物件ですが場所柄から少々お高くなっています。この物件ですと、金貨250枚になります。

 間取りはベッドルームが8、応接室が2、居間、食堂、台所、風呂場、納戸3、使用人用の屋根裏部屋となります。庭に物置が1棟付いていますね」


「ちょっと広いけど、狭いよりいいのでそれでいいかな」


「それでは、これからそれほど遠くありませんので、物件にご案内します。

 馬車を回しますので表でお待ちください」


 馬車をだしてくれるのか。まさに不動産屋だな。


 玄関を出てしばらくしたら、2頭立ての箱馬車がやってきた。箱馬車の中から先ほどの係の女性が下りてきて、


「少し狭いですが、みなさんお乗りください」


 その言葉で俺が先頭になって馬車に乗り込みその後を子どもたち、最後に係の女性が馬車に乗り込んだ。子どもたち4人が俺の向かいに一列に並んで座ったものだから、係の女性は俺の隣に座ることになった。



 大通りから一つ通りを奥まった住宅街にその物件があった。


 高さ2メートルほどの塀に囲まれたその物件は、日本生まれの俺からすれば大邸宅だった。門扉は鎖と南京錠で閉まっていたので、係の女性が鍵で南京錠を外して鎖を抜き、俺も手伝って門扉を開けた。敷地に入ると玄関前まで庭になっていたが植栽は手入れされておらず、地面の芝にも雑草がかなり茂っていた。


「庭の手入れ、および屋敷内外の清掃は、成約後、ギルドで責任を持って行いますのでご安心ください」


 確かに人がいつ入居するのかわからない空き家を入居可能状態に維持できないからな。


 玄関の扉を開けるとその先は吹き抜けのホール。正面に2階への階段があった。


 1階には居間、応接室、食堂、台所、風呂などがあり、2階がベッドルームだった。屋根裏辺屋には2階からの梯子(注1)で上り下りする。一通り見終わったところで、


「どうだ、お前たち。この家は?」


 案内の係の女性のあとを半分口を開けてついて歩いていた子どもたちに尋ねてみた。


「ご主人さま、すっごいお屋敷でびっくりです」と、エヴァ。


「こんなお屋敷に住む事ができれば納得して死ねます」と、オリヴィア。


 まだ死ぬなよ。


「お姫さまになった気分。さすがご主人さま!」と、キリア。


 そして「……」と、イオナ。



 ここでいいな。


「ここで、お願いします」ギルドの人にそう言うと、


「かしこまりました。入居まで4日見てください。その間に各所の整備と掃除を終わらせ家具なども入れておきます。もちろん庭の整備も行いますのでご安心ください」


「家具も入るんですか?」


「もちろんです。ベッド、タンス、居間のテーブルにソファー、台所の食器棚、食堂のテーブルと椅子。その他です。

 ご存じでしょうが、寝具や食器、台所用品などはそちらでお揃え下さい」


「はい、もちろんです。お金は、ここで?」


「いったんギルドに戻りますのでそこでお願いします」



 馬車に乗ってギルドに戻り、お金を支払ったところで、


「5日後の朝、もう一度ギルドにおいでください。現地へお送りしてそこで鍵などをお渡しします」


 ということになった。



注1:梯子

梯子と表記しましたが、船のラッタル(簡易階段)のようなものと思ってください。

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