第9話


「え?え?」


 アリスは何故か顔を手で隠しつつ、ベッドをチラチラと見ている。


「酒もあるんだな」

「え、えぇ!?」


 いや、そんな驚くことじゃない。


「どうする?飲むか?」


 一応、成人しているだろうし、多少は飲めるだろう。


「ピ、ピーターは飲むんですか?」

「まぁな。酒が無いと生きていけないって類の人間じゃないが、良い酒っぽいし飲んでみたい」


 ワインセラーへと近寄り、中を確認する。

 やっぱり銘柄だけじゃ、赤か白かなんてわかんねぇな。

 そもそも普段飲まないからよくわかってない。


「アリスも人間国の酒の種類まではわかんないだろ?」

「そ、そりゃあ。まぁ……」

「そもそも酒飲めるのか?」

「飲めます!」

「ワインの赤と白だとどっちが好き?」

「私は赤……。じゃなくて!」


 何をそんなに興奮しているのかわかんないけど、俺は構わず適当に一本取り出す。


「一本くらいなら手持ちで払えるだろ」


 あんまり頼りたくはないけど、アリスに渡してた金貨もまだそのままだし。

 オープナーで開け、匂いを確かめる。


「うっし。赤だ」


 グラスを下の棚から取り出し、二つのグラスに紅い液体を注ぐ。

 ソファに腰掛け、グラスに注いだワインを一口飲んだ。


「うっわ。すげぇ飲みやすい。アリス、めっちゃ美味いぞこのワイン」


 アリスを誘うと、当人はギュッと服の端を掴みつつ、重い足取りで近づいてきた。

 そして、ソファにゆっくりと腰かけ、ワインを口に含む。


「美味しいだろ?」

「はい……。美味しいです」


 と、そこでアリスが何かに気づく。

 ハッと目を見開き、グラスをやや乱暴にテーブルに置いて、俺の目を見つめてきた。

 なんでそんなに鬼気迫る感じなの?

 酒くらい楽しく飲もうよ。


「ピーターの国で、ワインを飲むってどういう意味なんですか?」

「うん?」


 ワインを飲む意味?


「いや、素直に酒が飲みたいとしか……。え、なんでそんな溜息吐くの?」


 盛大な溜息を吐いた後、アリスは安心しきった表情で再びワインを口に含む。

 そして、不満げに眉をひそめてぼやいた。


「なんていうか、文化の違いって絶対に誤解を生みますよね」

「うん?まぁ、そうだなぁ」


 適当に流そうかとも思ったけど、気になったので一応聞いてみる。


「ちなみに、アリスの国ではワインを飲むってどういう意味なの?」

「公共の場では友好の証です」

「んじゃあ、こういう風に二人っきりで飲むときは?」


 あえてストレートに尋ねると、アリスはグイっとグラスのワインを飲み干してこう答えた。


「親愛の証です。特に異性と二人っきりで飲むときは注意してくださいね」

「注意?」


 俺がアリスの言葉を繰り返すと、アリスは立ち上がって俺の膝の上に乗ってきた。

 酒で赤くなった顔、不機嫌そうな瞳が俺の目を見つめる。


「今はまだ我慢できますけど、次はありませんよ」


 幼さの残る面立ちに妖艶な笑みが浮かぶ。

 しかし、次の瞬間には大きく口を開いて、あくびを披露。


 そのまま、アリスは俺の上から退いて、幽鬼のような足取りでベッドへダイブ。


「歯ァ磨いてから寝た方が良いぞ」

「はぁ~い」


 そう返事をしたものの、アリスはそのまま夢の中へと落ちていった。

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