第8話


 正直、マットという人物を舐めていた。

 知り合いの店と言っていたし、商人が泊るような宿だと思っていたので、駅前にあるビジネスホテル程度のランクを想定していた。

 いや、駅前のビジネスホテルは悪くないよ。

 それだけ気軽に使える場所だと思ってたってだけ。


「いらっしゃいませ。ブライトグリーンへ、ようこそお越しくださいました」


 周りと比べてみても明らかに高級感あふれる建物。

 その重厚感あふれるドアを開くと、清潔感溢れるロマンスグレー紳士が優し気な表情で出迎えてくれた。

 思わず互いの姿を確認した俺らの気持ちをわかって欲しい。


「失礼ですが、ご予約はされていますか?」

「はい。ピーター・クロックナイトと申します。マシュー・ハットメイカー殿からそちらに連絡が行っていると思うのですがどうでしょうか?」

「はい!ピーター様とアリス様ですね。ハットメイカー卿からお話は伺っております。お荷物はどちらにございますか?」


 ハットメイカー卿ね。


「あぁ、手持ちの分だけなんで大丈夫です」

「然様でございますか。それでは早速、お部屋にご案内いたします」


 肩凝るなぁ。

 高級感が溢れるホテルって、客として行ってもなんか疲れる。

 働いている奴らには悪いけど、俺みたいな庶民はもっと適当に出迎えて欲しい。


「こちらの部屋になります」


 紳士が部屋の鍵を開け、ドアを開いてくれる。

 俺はアリスの手を引き、部屋の中へ。


 まず広い。

 力士も難なく通れるくらい広い廊下を進むと、右手側にダブルベッドが目に入る。

 そのまま視線を奥に移すと、ベージュ色の一人掛けソファ(二人分)とそれらに挟まれた白いローテーブル。

 部屋の照明はオシャレなスタンドライトが部屋の隅に三つ、ベッドにもライトが付いている。

 テレビは流石に無いが、代わりに小型のワインセラーがある。


 日本でも中々見ないレベルの高級感ッ!

 異世界の宿屋ってこういうもん?!


「バスルームがこちらで、レストルームがこちらです。また、クロークはこちらにあります」


 紳士が部屋の中を案内してくれる。

 っつーか、風呂とトイレ別の宿屋って何!?

 クロークも何人用だよこれ。


 部屋のクオリティの高さに圧倒されていると、アリスが少し恥ずかしそうに手を挙げた。


「あの」

「はい。ご質問ですか?」

「えっと……、ベッドは一つなんですか?」


 アリスの質問に対し、紳士は申し訳なさそうに眉を伏せる。


「申し訳ありません。ベッドが二つ以上ある部屋は既に埋まっておりまして。ハットメイカー卿にお伝えした時には問題ないと仰られていたのですが……。やはり問題ありましたか?」

「いや、別に大丈夫」

「ピーターッ!?」


 驚くアリスを後ろから抱き寄せ、暴れる腕を掴む。


「とりあえず、部屋の説明はわかりました。ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとうございます」


 俺はそこでアリスから手を離してポケットから麻袋を取り出し、説明してくれた紳士に大銅貨を一枚渡す。


「ッ!?頂戴いたします」


 この世界でのチップの相場は銅貨一枚~五枚(マット談)。

 相場よりかなり多めなチップに紳士の表情に僅かに出てしまった。

 まぁ、驚くわな。


「んじゃあ、俺らは休むから」

「はい。ごゆっくりお寛ぎください」


 紳士は深々と頭を下げた後、部屋を去って行った。

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