第119話 経験値の大群

いよいよ初めての大襲撃だ。

少しはちゃんと眠れた様子の隊長さんと、最近捕虜ではなく家政婦なのではないかと私の中で話題の在庫ちゃん、だいぶ緊張しているようで張り詰めた様子のエルフちゃんと共に、非常にゆっくりと穏やかな昼食を済ませ、ハイ師匠はまだ戻っていないが、皆でのんびりと城門へと移動した。


城門前は凄かった。

完全臨戦態勢だ。

昨日まではあれほど頼りなかったエルフの一般兵達が、数々の激戦を潜り抜けてきた強者のように、キッチリと隊列を組んで整列している。

よくよく観察してみると昨日のクソゴミカスエルフも含めて隊長クラスの方々も数名、一緒になって整列している。

……まだモンスターの大群は現れていないのに……。


「なんか昨日とは全く兵士の方々の雰囲気が違うんですけど、大襲撃の時はいつもこんな感じなんですか?」


「いや……。ほら、あそこに師匠がいるだろう。たぶん事前に見回りに来た師匠が、余りにも弛みきった兵士の皆を見て、怒ってボコボコにして教育したんだろう。師匠はハイエルフになる直前までエルフの全隊を仕切る立場にいたからな……。昔から鬼で、私もずいぶん可愛がられたものだ……。」


……なるほど。

隊長さんの最後のセリフは聞かなかったことにして、指差した方を見てみると確かに私の刀を腰に差したハイ師匠さんがいて、確かに整列したまま身じろぎもしない兵士の方々の意識は、ハイ師匠の方へと向いているように感じる。

『モンスターの大襲撃と戦う前にボコボコにするのはどうなのか』と思う気持ちもあるが、昨日のまるで役に立たない兵士たちの姿を見ているので、『もっとボコボコに教育すればいいのに』という思いもある様な気がする。

どうせ一般兵士の方々が相手にするのは隊長さんやハイ師匠が漏らした雑魚程度、私が気にする必要はないのかもしれない。


隊長さんの鬼発言が聞えたようで、ゆっくりとこちらに歩いてくるハイ師匠。

私は隊長さんからひっそりと距離を取りながら、今更ながら武器の確認を始めるのだった。




さて、時間としては夕方だが、日が沈むまではまだ1~2時間はあるかという頃。

ぽつぽつとモンスターが現れるようになり、今日は機敏に働いているエルフの弓兵さん達が対処を行っていた。

今来ているのは大襲撃前に逃げていなかった情弱一般モンスターさん達の様で、死んでもその場に死体が残っている。

城門を完全に閉鎖してしまっているので、お肉の回収に行くことが出来ないと思うのだが、そもそも近接職の方々はいつどこで戦うのだろうか?

城門から降りたら、よっぽど(筋力)のステータスが高くないと、戻ることは出来ないと思うのだが……。

まさか城門か城壁が破られるまで、そこで整列して待機し続けるわけは無いよね?


「最初は弓での攻撃を行い、次は魔法での攻撃。とにかくモンスターの集団の勢いを止めたうえで、我々が城門から飛び降りる形で外に出て、モンスターの殲滅を行う流れとなる。何か他に質問はあるか?」


最初は弓と魔法の遠距離系か……。

確かにフレンドリーファイアのある現実じゃ、味方の射た矢や魔法が降り注ぐ状況でモンスターと対峙するとか流石に怖いよね。

でもやっぱり戻れない覚悟で飛び降りるのか……。

……『足首をくじきました~!』ってリアルで聞けたりするのかな?

期待しておこう。


せっかくだし隊長さん達はどのタイミングで戦闘を開始するのかも聞いておこうかな。


「私と師匠は兵士たちの動きを見てからの判断だな。流石にもう少しまともに戦えるようにならないと、今のままでは使い物にならない。本来大襲撃は災害だが、師匠がいるのならば成長するチャンスと捉えることもできる。出来ればモンスターの半数くらいは兵士たちに任せたいな。」


とのことです。

やっぱり隊長さんの師匠に対する信頼がヤバいね。

『大襲撃だろうと師匠1人いるのなら問題ない』って言えそうなくらいの信頼を感じる。

ハイエルフの方が実際に戦うところを初めて見ることになるだろうから、正直楽しみで仕方ないね。

隊長さんの大剣の前の持ち主みたいだし、私のKATANAをずっと腰にぶら下げているから、近接戦が得意だと思うんだけど、どのくらいの技量を持っているのだろうか?

ハイ師匠の実力に関しても、今回の楽しみの一つで間違いない。

……正直精霊の話を聞いていたから、ハイエルフの方って魔法特化のイメージだったんだけどなぁ~。

とりあえず、私のKATANAが折れることなく無事に戻って来るように祈っておこう。


緊張感たっぷりに整列している兵士の方々とは違い、隊長さんと同じタイミングで一斉に退職していた様な気がする協力に来てくれたらしいエルフの方々は、非常に楽観的で弛緩した雰囲気だ。

そんな雰囲気の中、1人だけ非常に緊張していて、周りのエルフさん達から温かい目で見られているエルフちゃん。

これがただ緊張しているだけなら問題ないと思うが、自分の両親が亡くなる大元の原因である大襲撃に対し、過剰に気負っていたり、思い詰めているのだとしたら、少し話をしておいた方がいい気がする。


という訳で、話だけ聞いて最終的には隊長さんに丸投げする気満々だが、エルフちゃんに声をかけてみよう。

……なんて声をかければいいかな?

……とりあえずお茶にでも誘うか。


「緊張してるみたいだね。リラックス効果があるらしいお茶があるけど飲まない?」


「い、頂きます。」


ファーストコンタクトは成功のようだ。

『ちょっとお茶しない?』は使い古された陽キャ独自のナンパ声掛け術だと思っていたのだが、ファーストコンタクトとしては非常に使いやすく、状況によっては高確率でお茶に付き合ってくれるのだろう。

昨日隊長さんと私が1杯づつしか飲んでいなくて、大量に余ったままインベントリに放り込んだお茶をカップに入れて手渡す。

私は飲まないよ?

大襲撃中のトイレ休憩とかないと思うし、お茶飲んでトイレ行きたくなったら困るもん。


「その……初めての大襲撃なので緊張しますね。ニートさんは大丈夫なんですか?」


「少しは緊張するけど、よっぽど油断した状態で神がかり的に運が悪くないと、死ぬ心配はほとんどなさそうだから、結構気楽だね。」


「……少し羨ましいです。私ももう少し強ければ、ここまで緊張することもないのでしょうか?」


「普通に緊張するんじゃない?緊張の度合いは変わるだろうけど。正直緊張感は何事にもあって当然のことだと思ってるし、『緊張しなくなる』っていうことは個人的に『無防備になる』ことだと認識しているから、命の危険がほんの少しでもあると判断すれば、むしろ緊張するべきだと思う。」


エルフちゃんがきょとんとした顔でこちらを見ている。

もしかして3行以上の長文は理解できないタイプなのだろうか?

私も元の世界では常に緊張して生きていたから、無駄に饒舌になってしまったような気はしているが……。

今振り返って考えてみると、私はなんで自室に1人でいる状況のときでも緊張感を持っていたのだろう……?

生きているだけでプレッシャーだったのかな?


昔の自分のことなど対して興味はないので考えるのを止め、とりあえず戦闘が始まる前に隊長さんから少しアドバイスを貰うように勧めておいて、その場を離れることにした。




だいたい1時間が経過した。

相変わらず少数のモンスターが移動して来ていたが、ダンジョン産の倒すと消えるタイプのモンスターも混ざり始めたようである。

武器の最終チェックを行っていると、遠くにモンスターの大群が確認されたそうなので、その場を離れて城壁の上へと移動した。

まだだいぶ遠い気がするが、確かにモンスターの大群が見える。

……地球だと地平線まで確か5キロだったかな?

モンスターの移動速度は分からないが、人間が1時間歩く速度がそのくらいだったはずなので、本格的な戦闘開始まで1時間もないのだろう。

エルフの弓兵さん達がいつでも号令1つで攻撃できるよう準備を開始したので、邪魔にならないところから高みの見物をすることにした。


……昨日よりもだいぶ弓兵の人数が多いな。

どこかから招集したのか、近接職の方も今回は弓兵として参加しているのか。

たぶん後者だな。

弓を射た後に剣に持ち替えればいいだけの話だし。


遠かったモンスターの集団が段々と近づいてきて、(そろそろ私の魔法射程に入りそうだな~)と思ったタイミングで、矢を構えるよう号令が出た。

お互い邪魔にならない様に少し間隔を開けて並んでいるエルフの弓兵さん達が、一斉に矢を引き絞り、今か今かと号令を待つ緊張感に満ちた城門・城壁の上。

そしてついに攻撃の号令が下った。

一斉に矢を放つエルフの弓兵さん達。

斜め上へと放たれた矢は、少し赤味がかってきた空に綺麗な放物線を描くように飛んでいき、見事にモンスターの大群へと降り注いだ。

ダンジョン産モンスターは死ぬと死体が消えるので、だいぶ近くにいたモンスター達が部分的に一気に消え去り、消えたモンスターがいた場所には矢だけが残された。


その光景を特等席で眺めていた私の感想としては、凄いとは思うし部分的にでも一気にモンスターが消えていく光景に爽快感を感じるけれど、大襲撃で来ているモンスターの大群に対してどこまでこれが持つのだろうか疑問だ。

ハッキリ言うと、地平線までモンスターの大行列が続いている状況なので、前の方にいるモンスターを一掃するだけじゃ物足りないかなって思った。

これをあと何度行うことが出来るのかという疑問もある。

矢の数は有限なのだ。

弓の名手なら一石二鳥ならぬ一射五殺くらいして欲しい状況である。

ついでに、撃ち漏らした小型モンスターや、矢は刺さっているが死んではいない、エルフの一般兵さん達が相手するにはちょっと強そうなモンスターが残っているので、バリスタでも城壁に設置するべきだと思う。


その後も3回ほど斉射をし、相変わらずモンスターの数は大して減っていないところで、恐らく魔法部隊のご登場だ。

……なんだか人数が少なくね?

30人くらいしかいないように見えるんだけど……。


「魔法を使えるエルフは沢山いるが、魔法だけでモンスターに対して常に有効な攻撃が出来るエルフはエリートだぞ。君も会ったことのあるズィーカなんて、『水』『風』『生命』の3種の魔法スキル使いこなす天才だが、モンスターの大群相手となると攻撃手段はあまり多くは持っていないと思う。」


いつの間にか横に並んでいた隊長さんが、完全に私の思考を読み取って少ない理由を教えてくれた。

私、人間の野営地を1回で焼き払った実績があるけど、モンスター相手にも通用するならエリートになれそうだね。

お給料はどのくらい貰えるのかしら……?

そういえば『ズィーカ』って目力さんのことだよね?

その天才さん、兵士辞めちゃってなかったっけ……?

そういえば前に『魔法特化の2番隊隊長』って言っていたような……?

……考えることを止めよう。

わ~い!魔法楽しみだな~!

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