第15話 火山都市ジャルマダ
寒々しいサルナーンの大地を進むこと、約一ヵ月。
俺達はようやく、ようやく『火の神殿』があるシギ山のふもとへと到着していた。
シギ山は今も噴煙が吹き出す活火山であり、目的の神殿はその中心部にあるのだという。
「ここが、地下都市ジャルマダだ」
山の麓にぽっかりと穴をあける巨大な穴。
楕円に整備されたそれが、人工的なものだというのはすぐにわかったが、その中に進んだ俺達は、思わず息をのむことになった。
まるで彫刻のような街が、そこに広がっていたからである。
「シギ山は、良質な鉱石や宝石が産出する場所でもある。ジャルマダは、坑道から始まった町なんだ」
「これ、全部掘ったのかよ」
「ああ。驚くだろ? 『火の神殿』へは、この町の奥から行ける」
アシュレイの指さす先、町の最奥には巨大なレリーフが彫り込まれており、確かにその先から『竜炎の水晶』の気配がした。
「すごい。全然寒くないんだね」
「本当ね。火山だからかしら」
馬車から少し顔を出したティナとナーシャが、厚手の上着を脱ぎさって小さくため息をつく。
たしかに、外は寒冷期だというのに、ジャルマダの中はかなり暖かい。
いや、暑いと言っても差し支えないほどだ。
「谷の疲れを癒したら、『火の神殿』に向かうといい。タイミングは勇者殿に任せる」
「またそれか、アシュレイ。今度は、ついてきてもらうぞ」
「む?」
鉄仮面の黒騎士が小首をかしげる。
生憎、お前がそれやってもなんの可愛げもないんだがな。
「残しておくと、また無茶をするだろ?」
「……」
黙り込んだアシュレイが、無言になる。
どうにもこの男は、カンがいいのか予知のような能力を持っているのか、自らを危険にさらしがちだ。
それが彼の……騎士としての矜持だというのであれば邪魔するのは憚られるが、ティナの事を思えば、アシュレイに無茶をさせるわけにはいかない。
「わかった。『火の神殿』までエスコートしよう」
「やっぱり『試練』にはついてこないつもりなのか?」
「それは君と君の仲間のものだよ、勇者殿」
「俺はあなたも仲間だと思っているつもりなんだがな」
俺の言葉に、黒騎士の動きが止まった。
よく動きを観察すれば、わかる。
鉄仮面をつけていても、意外とこの男は表情豊かなのだ。
「ありがたいことだが、『試練』には同行できないんだ」
「そうなのか?」
「ああ。少し事情があってね、私は神殿内に立ち入ることはできない。これについては、ティナが説明してくれ」
ちらりと見ると、ティナが厄介ごとを落ち着けられたと苦笑しながら口を開いた。
「君も不思議に思っていただろうけど……アシュレイの体は特別製だ。彼の体は、ボクら人間よりむしろ魔法生物に近い。もちろん、魔王の影響は受けやしないけど、勇者の体に取り込まれる水晶の力は、彼にとってあまりよく作用しないんだ」
「水晶は俺が取り込むだろ?」
「取り込んだその場にいた者も、多少なりとも影響は受ける。ボクらだって、身体能力や魔力が向上しているくらいなんだから」
知らなかった。
いや、俺への影響な顕著が故に、彼女たちの変化に気付けなかったのだ。
「そういうわけだ。情けない理由をなかなか話せないでいて申し訳なかった」
「いや、いいんだ。じゃあ、その鉄仮面も?」
「似たような事情だ。私の素性は、実のところあまりいいものではない。人前に晒すことはできないよ」
鉄仮面の裏側で、黒騎士が笑った気がした。
とはいえ、アシュレイの秘密主義は今に始まったことではない。
いまだナーシャのことに関しても疑惑が残るが、これでティナの愛する男だ。
信用する努力はしてみたい。
「事情は理解した。でも、危険なことはしないでくれ」
「善処する。私とて、まだ使命があるのだからな」
そう答えるアシュレイに、ナーシャとティナが一瞬暗い顔をした気がした。
すぐに平静を装ったが、おそらく彼女らはアシュレイの秘密について何かを知り、口を噤んでいる。
聞きだしたいところだが、あの顔からしてあまりいい内容ではなさそうだ。
興味本位で首を突っ込むべきでないと、俺の勘が警鐘を鳴らしている。
それに気が付いたのか、アシュレイが俺の肩に手を置いて頷く。
「なに、いずれはすべて話す。そうだな、私が使命を終えるころには、きっと」
「信用させてもらうよ」
「ああ。さて、それでは今日の宿へ案内しよう」
複雑に入り組む細い通りを、アシュレイは器用に馬車で抜けていく。
このジャルマダもまた、訪れたことがある町なのだろう。
「さぁ、到着だ」
そう馬車を横付けしたのは、壁と融合したような特異な形をした二階建ての建物。
まるで一つの彫刻のようにすら見える。
「これはまた、すごいな」
「『火吹ガチョウ亭』だ。主人にはもう話をつけてある。私は馬車を置いてくるから、先に中へ入っていてくれ」
アシュレイの言葉に、必要な荷物を背負って馬車を降りる。
それを見計らったように、宿の従業員らしき男がこちらに歩いてきた。
その異様な姿に思わず固まる。彼は、王国ではあまり見ないリザードマンだった。
「いらっしゃい。あんたが、勇者様?」
「あ、ああ」
「オレ、ここの主人。マルマル。……お、びっくり? そうカ。王国では、我らあんまりいなからナ。大丈夫、とって食わなイ」
意外と表情豊かな宿の主人は、俺達の荷物を次々と担ぎ上げ宿に促す。
「待っていたヨ。大歓迎ダ。腹は減ってないカ? それとも、温泉に入るカ?」
「温泉があるのです!?」
「もちろんヨ。大小合わせて三つあル。町中合せれば五十はあル。いっぱい、楽しんデ!」
それを聞いた女性陣が目を輝かせる。もちろん、俺も。
サルナーンを旅している間に、俺達はすっかり温泉にはまってしまっていた。
「ささ、どうゾ! ジャルマダは勇者様方を歓迎すル!」
「お世話になります」
「お夕飯も、腕によりをかけタ。辛いのは平気? 甘いフルーツもあル。疲れを癒すなら、整体師も呼べるヨ。遠慮なく言っテ!」
今までにない友好的な歓待に驚きながらも、俺達は宿の主人マルマルのあとに続いて宿へと入った。
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