第224話 現状

 タクシーを降り、俺たちは事務所の前に来た。転移前は自室だったため、手元に鍵がない。というか財布や服なんかは用意してくれてたのに家の鍵がないって少し手抜きではないだろうか。


 エレベーターに乗り、事務所のあるフロアまで移動。そのままどこか懐かしい玄関のドアの前にたどり着いた。


「ここですか? 4人で暮らす事を考えると少し狭いですね」



 アーデの言葉に確かにと思ってしまう。そのうち一人暮らしはありだと思うが、流石に転移直後の3人を1人にするのは怖すぎる。


 引っ越しが必要かもしれないな。そう思いながら玄関のチャイムを鳴らした。




「――でないな」




 まだ明るい時間だ。大抵この時間なら栞がいるはず。地球と向こうの世界の時間軸を考えれば数日俺が行方不明になっている状態だったはずだ。以前も数日程度なら空けることはあったしそこまで心配はしてなかったが、こりゃ留守か? 仕方ないな。




「少し待っててくれ。外から転移で中に入る」

「あら、良いのですか?」

「しかないだろう。アーデとネムは大人しくしてろよ」

「おう。ここで待ってればいいんだろ」


 背中に張り付いていたケスカを2人に任せて俺は屋上まで移動した。そのまま少し光魔法を使い姿を隠す。そのまま屋上から飛び降り、目的の窓の前で静止した。



「ん……?」



 窓から見た光景に俺は驚いた。家具が変わっている。以前置かれていたテーブルも、俺の漫画の棚も見当たらない。一目見ただけで分かる。これは明らかに俺のいた事務所ではない。幸い電気は付いていないようだから留守なのだろう。


 階を間違えた? いや何度も窓から事務所に戻ってきたんだ。今更間違えるはずがない。くそ、これは思ったより面倒な事態になっているんじゃないのか? 電話で確認したいが手元にスマホがない。だったら――。



 あまり魔法を使うのも避けたいため俺はすぐにそのまま屋上へ戻りまた3人の元へ戻る。



「その様子だと芳しくないようですね」

「ああ。移動するぞ」



 確認しなくてはならない。ここは俺が知っている地球なのか、それともまったく別の地球なのか。



 可能性としては別の地球という事は十分考えられる。以前の地球に皆、霊が見えるだの、霊能力だのありはしなかった。ただアーデが聞き出した1年前という単語が気になる。


 まず手ごろな所か確認しようと思い近くのコンビニへ移動した。買い物をするわけじゃない目的地はATMだ。転移後に用意されていた財布に残っていたキャッシュカードを入れて残高を確認する。



「――大体4千万か」



 前の残高は覚えていない。だが転生当初は1千万の手持ちだったはずだ。あれからそれなりに稼いでいたはずだし、出費も考えればその程度はあるか? だめだな。これじゃ完全に確証は持てない。次だ。



 タクシーを乗りまた移動を開始する。コンビニで買ったコーラを飲みながらしばらくして目的の場所へたどり着いた。



「――すみません、メーターは回したままでいいんで、そのまま待っていてくれませんか?」

「え? ああ。それは大丈夫ですけど」

「申し訳ない。悪いが3人はそこで待っていてくれ」



 念のため俺はそう言ってタクシーを降りた。目の前にあるのは山城家の前だ。ここへ来ればある程度は状況が分かるはず。そう思い門の前まで移動しチャイムを鳴らそうと思って手が止まった。



 山城の表札はある。だがどういう訳か人の気配を感じない。いや、生活感がないというべきだろうか。手入れされていた庭が妙に荒れ果てている。以前はあった車もない。外出しているのかと思ったが、駐車スペースにたくさんの落ち葉が落ちている所を見ると駐車場としてあまり使われていないのがよくわかる。



「いない? どこかへ引っ越したのか?」



 少し考え、周囲に人がいない事を確認し俺は行動へ移した。姿を隠し、転移魔法で門を潜り抜け、地面から少し足を浮かせた状態で山城家へ近づく。周りを確認し窓ガラスがある場所からさらに転移し中へ入った。



「……家具はあるか。すまないな少し漁らせてもらうぞ」


 

 和人へ謝罪をしてさらに探索を続ける。何度かきたリビングは俺の記憶と同じ作りだった。テーブルには散乱している書類が多くあり、それに視線を落とす。


「これは――何かの報告書か」



 手で触れないようにゆっくりそれを読む。そこには……。




「……俺のこと?」


 


 勇実礼土に関する報告書。と書かれている。




 8月23日。突如自宅から失踪した勇実礼土氏の行方について、関係者と思わしき人物へ接触。もっとも交流のあったとされている大蓮寺京慈朗氏も勇実氏の行方については何も知らない模様。失踪から既に2か月が経過しているため、より広い範囲での捜索が必要。

 


 9月16日。北海道にある実家を訪ねてみたが、近づく事が出来なかった。何かしら霊的な空間になっているようで一流の霊能者でなければ困難な模様。ただし、外から見た様子では人の気配が感じない。



 12月2日。警察の方でも足取りが見つからないという事から、捜査継続が困難と断定。優秀な霊能者だったという事を考慮するとどこかの霊界領域に囚われている可能性も視野に入れる。




 なんだこれは――。俺が行方不明になってるのか? この書類の内容が本当であれば……いや待て、今は何月何日だ?



 失態だ。真っ先に確認すべきだったんだ。俺が転移前は確か6月頃だったはず。まさか数か月経っているのか?


 

 そう考え周囲を確認するが、日付を確認出来るものがない。一度戻って運転手に聞くべきか。そう考え戻ろうとした時に気配を感じた。



「お前は――」

『久しぶりですな。勇実殿』



 闇をかたどったような黒い人型の霊が目の前にいる。だがこの声も気配も覚えている。



「陸門道行か」

『然り。勇実殿を探して居ったのだがまさかこのような場所にいるとはな』



 顎に手を当て考える。俺を知る道行がいる。ならこれはもうほぼ確定的だ。ここは俺がいた地球で間違いない。色々考察しなければならないが、貴重な情報源が目の前にいる。これは好都合だ。



「俺を探していたと言っていたな。理由を聞いても?」

『既に儂は追われる身となった。ならば最後の約束を果たそうと思ったまでのこと』

「待て、意味がわからん。追われる身となった? どういう事だ」

『む? この変質した世界であれば儂の身は既に人に害をなす悪霊でしかあるまいて』



 そうか。霊が見えるようになったという事は、こいつの存在も見えるようになったという事か。


「そうか。寺田は?」

『儂の姿を見た瞬間、舌を噛み、喉を詰まらせそのまま死におった』



 自分を苦しめていた正体がこんな恐ろしい姿をしてたらそりゃ死にたくもなるか。


「道行。聞きたい事がある」

『何かね?』

「寺田が自殺してから俺を探していたって事でいいのか?」

『左様。もっともお主の気配がまるで感じず随分苦労したがな』

「そうか。なら俺を見つけるまでどの程度時間が掛かった?」

『いまいち質問の意図がわからぬが、おおよそ1年と言った所だ』




 ――1年。それを聞いて俺は手のひらを額に当てしまう。



 

 あの世界と地球の時間の流れを考えれば、俺があの世界に滞在していたのは数十日程度。なら地球では多くても1日程度の誤差しかないはずだ。だというのに1年だと? 何故そんなにずれている!



『勇実殿? どうなされた』



 だがこれで色々得心がいった。俺がこの世界に消えてからここでは1年経過していた。その間に何かあり、利奈と栞は父親である和人を頼り俺を捜索していた。だがどうしても見つからず、その間に何かが起きたのか? それを切っ掛けに事務所を畳んだ。実家であるここにもいないという事は余程の何かがあったという事だ。




「道行、1年前何が世界に起きた知っているか?」

『いや、ただ妙に力が溢れてきている。そして多くの人が儂の姿を目で捉えるようになった。しばらくは身を隠しお主を探しておったのだが、そこから少し妙な事になってな』

「妙な事?」

『ああ。――儂を祓おうとする人間が大勢現れた』



 運転手の話を思い出す。霊能力が芽生え、霊を祓うゴーストハンターという仕事が増えた。そして霊を倒すごとに強くなれるという。なるほど、普通に考えれば道行は悪霊にしか見えないか。


『そのまま祓われても良かったのだが、約束があったからな。適当にあしらい今の今まで逃げ続けておった。道中いた霊は暇つぶしがてらに倒して回っていたがな』



 なるほど。道理で以前あった時に比べ気配が強くなっている訳だ。



「悪いがお前を祓うのは後だ。俺たちはここ1年の記憶がない。済まないがお前の知識は俺たちに必要となる可能性がある」

『ふむ、そうか。では契約を結ぶか?』

「契約?」



 こいつの口からそんな言葉が出るとは思わなかった。



『儂を追っていた連中の中に霊を使役している者もおった。どうやら霊と契約しそういった使役をする者たちがいるようなのだ。やり方は分からぬがそれならお主の力になれやもしれぬぞ』



 またややこしい話が出てきたな。霊を使役してるだって? 霊能者ってのは霊を使役して戦ってるのか?



「お前が戦った霊能者たちの能力は分かるか? 全員霊を使役してるわけじゃないんだろう?」


 まさかスタンドみたいに操ってたりするんじゃないだろうな。



『儂が知る限り、突然武器作り出すもの。炎や風を操るもの、色々おったぞ』




 俺はまた頭を抱えた。マジで漫画の世界じゃないか。




 

 

 

 

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