第210話 開闢の宙4

 海中に叩きつけられた。魔力で身体強化しているからダメージはないけど、いきなりだったからどっちが海面なのか分からない。混乱する頭を出来るだけ空っぽにして周囲を見る。


 僅かに揺れる光。海面に反射する太陽光を見つけそちらに向かって浮上した。水柱を立て水飛沫を飛ばしながら空中へ上がる。そうして魔力を感じた方を見て僕は驚いた。




「ひゃははは! のこのこ戻ってきやがったなぁ! また海に落としてやるよぉ!!」



 高笑いしている魔人がいる。



 紫の髪、黒い肌、そして赤い瞳の大人の魔人の姿を見て僕は驚愕した。



「キノル……?」

「なんだ。ウチの事はもう忘れちまったのかよ」



 忘れているわけじゃない。ただ外見があまりに変わっていた。僕の知るキノルは紫の髪、褐色の肌をした子供のように小さな魔人だったはずだ。だけど目の前にいる魔人は髪の色と声しかもう面影がない。



「まさか、テセゲイトを動かしているのは君か!」

「まさかもなにも、ウチ以外だれがいるんだよ。必要だっていうから呼び寄せたってのに、まだウジ虫が湧いてるなんて信じられねぇぜ」

「だったらッ!」



 指に魔力を込める。先ほどと同じように光の軌跡を描き、刃を放った。――だがまっすぐに放たれた光刃はキノルの身体を避けるように歪んでいく。そうして躱された光刃は海面に割り、大きな水柱を作るだけにとどまった。



「……躱された?」

【違うわヤマト。どういうあの子の近くに私の光りが届いていないの。なぜか曲げられてしまったわ】



 ルクスの話を聞き、もう一度よくキノルの姿を見る。そうしてわかった。キノルの周囲に薄く何か膜のようなものが張られている。まさかあれが原因なのか? もう一度確かめてみよう。



「光槍」



 僕の右手に光の槍が握られる。それをキノルに向けて思いっきり投擲した。投げられた槍は空気の抵抗を切り裂き、衝撃波を放ちながらキノルへ迫る。



「ひゃははは。無駄なんだよぉぉお!!」



 そういうとキノルは笑いながら真正面から突進してきた。投擲された槍が近づいた瞬間、先ほどと同様にキノルの身体を避けるように槍が曲がり、キノルの後ろへ飛んでいく。

 それを見て僕は確信した。キノルは重力魔法の使い手。恐らくあの膜は高密度の重力操作によって光さえ捻じ曲げているのだと。なら光主体の攻撃とは相性が悪い。




「くッ! 流水氷結ッ!」

【あ! 浮気!!】



 それどころじゃないと叫びたい気持ちを抑え、海面の水を爆発させ、そのまま海流を操作しキノルを包み込むように水を展開。そのまま凍らせた。当然そのままでは簡単に破られる。凍らせた内部諸共すべて吹き飛ばせ!



「炎王爆散ッ!」



 一瞬で水さえも蒸発させるほどの熱量の爆撃を叩き込む。単純な重力だけじゃこれは防ぎきれないはずだ。魔力を漲らせいつでも動けるように備えながら蒸発した水蒸気が消えるのを待った。




「ひゃはッ、ひゃはははは! いてぇいてぇなぁ!」



 焙られたかのように焼けただれた皮膚、燃え尽きた頭髪、満身創痍に見えるキノルの姿だ。その痛々しい姿を見ながらなんとも言えない気持ちになる。攻撃が当たり、相手にダメージを与えられたことを喜ぶべきか。だがどうしても可哀そうだ、やってしまったという気持ちが完全に消えはしない。



「投降してください。悪いようには――」


 思わずそう言いかけて、僕は言葉を呑んだ。




「痛いなぁ。痛いなぁ。まあでも次はねぇぜ」


 

 笑っている。どうみても重傷だ。全身が火傷状態でその痛々しい姿は見るだけでも寒気がする。だというのに目の前の魔人は楽しそうに笑っている。一体どうしてなんだ。

 おかしい。以前のキノルはちょっとした怪我でも大げさに喚き、結果的にミティスさんの攻撃によって大怪我を負った瞬間すぐに逃げたはず。今の怪我だって十分重症だ。ならなぜ逃げない? なぜ笑っている? その疑問が頭の中を駆け巡っている。



「なぁ。遠慮なくウチを攻撃してるけどよぉ。こうは考えないのか? ウチが死んだらあの大陸は落ちるってよぉ」

「――ッ! それは……」



 考えなかったわけじゃない。事実最初に討伐した際に、すぐに崩落することを覚悟していた。だからミティスさんは風の大精霊を使いあの場にいた全員が落ちたとしても救助出来るように備えていた。

 でも落ちなかった。キノルが去って、数日経っても状況は変わらない。だから帝国との協議の結果ミティスさんを一度戻し、代わりに救助用の飛行船をあるだけ用意してもらったんだ。



 

 「ひゃはは。確かに一度重力をあそこまで固定させたものはそうそう落ちはしない。でもウチが死んだらどうなるだろうな? ああ言っておくがこれはウチもしらないからなぁ。案外そのまま残るかもしれないよ?」



 今のキノルの言動がどこまで信用できるか分からない。だったら殺さず生け捕りにすればいい。



「あ、そうそう。今のテセゲイトはウチが掌握してる。それ以上何かするならそうだなぁ。大陸を逆さまにしてやろうか?」

「や、やめろ!」

 

 そんな事が出来るのか分からない。でも事実あのテセゲイトは浮遊状態から現に移動し始めている。ならあの大陸ごと回転させることは出来るんじゃないか。そう思わず考えてしまう。


「ひゃはは。だったらウチの言う事をよく聞いて――」

「なんだ。取り込み中か?」




 知らない声が聞こえた。すぐに声のする方へ視線を向ける。そこには子供を抱えた銀髪の男性が空中に佇んでいた。




 

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