第165話 トラディシオン

「報告です。魔王デュマーナがフルニクに出現後、クリスユラスカ大陸へ移動。その後大虐殺を行った模様。その後は消息を絶っております」


 肩まで伸びた飴色の髪をした美女であるミティスがその場に居るもの全員へ聞こえるよう現状判明していることを報告する。ここまでの内容は帝国の各国で諜報活動をしている者たちから集まった情報を元にしている。そのため、ある程度の事情はこの場にいる全員が理解していた。



「クリスユラスカを僅か数日で滅ぼすか」



 そう呟いた近衛騎士団団長であるアベルの言葉は全員が痛感している。ここ帝国領土の大陸の次に大きな大陸と言われていた。当然国力もそれに見合った力を有している。



「クリスユラスカに関しては狙われるのも仕方ないんじゃないっすか? 奴隷大国なんて言われてたんでしょ?」

「おい、ユイト」

「ヤマトだってこの間、あそこの悪口言ってただろう? 自業自得じゃね?」

「2人とも黙ってろ」



 ヤマト・クルス、そしてユイト・ロギはリオド・オズベルの一言ですぐに口を閉じた。



「ごほん。ユイトの言葉ではありませんが、狙われた理由は間違いなくそれでしょう。あそこは魔人の奴隷を大量に保持しておりました」

「で、あろうな。してミティスよ。問題の魔王はどこへ消えたと思う?」


 皇帝の言葉にミティスは少し考えを巡らせる。想像はしていた。だが実際に誕生した魔王は間違いなく最悪ともいえる力を保有している。仮にミティスが単騎でクリスユラスカを攻める事が出来るかと考えると答えは当然否だ。ミティスは自身の力を正しく理解している。驕りも過信もなく、その上で自分より強い人間はそうそういないと考える。いかに大国であろうとミティスに勝てる個人はいないだろう。だが相手は個人ではなく国なのだ。ミティスがいくら強いといえ国を相手に戦うなど不可能だ。



「普通に考えればですが、クリスユラスカで消耗した魔力を回復していると思われます」

「それに関しては私もミティス隊長と同意見です。一度偵察に行きましたあそこに満ちていた魔力濃度は異常でした。かなり大規模な魔法をしようしたと考えます。であればそれなりに魔力を消耗したのではないかと」


 ミティスに続き、実際に現場を偵察してきたリオドの発言も合わさり信憑性は高くなった。この考察に異を唱えるものは居らず、そのため現状魔王は消耗した魔力を回復するため、拠点である魔大陸で休んでいるであろうとその場では考えられた。


「もしこちらの予想通り魔王が休息を取っているとすれば逆に攻める絶好の機会とも言えると思うが、どう思う?」

「恐らく厳しいと考えます。私が一度魔大陸へ様子を見に行ったのですが、オルデナレニアの森林を覆うように大規模な結界が張られていました。あれを破るのはかなり骨かと思われます」

「ミティスでさえその意見であればそうなのだろう。確認するが、破壊自体不可能ではないのだな?」

「はい。しかし、数百人かがりで数日。そのくらい時間が掛かると予想されます。ですがあの結界についてはユーラから報告があります」


 ミティスがそういうとユーラは一歩前に出て報告を始めた。



「あの大森林を覆う大規模結界についてですが、恐らく極点式四方結界術の一種かと思われます」

「ふむ。その根拠は?」

「私が契約している土の大精霊オプスがそう言っておりました」

「大精霊の話であれば信憑性は高いか。すまぬ。我は結界術に疎い。その極点式四方結界術の詳細を説明してくれ」

「はい。これは簡単に説明するとことによってそれ以外を極限まで強くする結界術です」

「弱点を作って強化するか。ではその弱点を攻めればよいのだな。してその弱点とは?」

「恐らくですが、あの結界の核ともいえる物を魔王直属部隊が持っているはずです。全部ではなくても2つ、あるいは3つ破壊出来れば十分結界は弱まるはずです」

「直属部隊。確かトラディシオンという名だったな」



 トラディシオンたちは現在魔大陸ではなく各地活発に活動をしている。しかし妙なのがただ人間を虐殺している訳ではなくそれぞれ活発に活動はしているがそこまで大きな被害が出ていないのだ。



「アベルよ。トラディシオンの行方は分かっておるか?」

「は。現状我らが把握しておりますトラディシオンは3名おります」



 アベルは報告にあった内容を話始めた。


 

「まず魔人キノル。マロリヤ大陸西部にある城砦都市テセゲイトにて現在オグマナ共和国軍と冒険者の連盟を相手にかの魔人は正体不明の魔物の一団を連れて交戦中。――そしてテセゲイトを含めた、救援、避難もできずにいるという事です」

 

 

 現在城砦都市テセゲイトは空中に浮いている。元々はただの城塞都市であった。しかし魔人キノルと交戦が始まってから気づけばあの土地ごと宙へ浮いている状態となっている。城塞都市へ侵入していた帝国諜報部からの連絡でもその詳細は不明であり、今もその都市に住む住人たちが逃げる事も出来ず阿鼻叫喚という状況のようだ。まず間違いなくキノルという魔人の仕業だろう。



「次に魔人ケスカ。同じくマロリヤ大陸南部にある水上都市ルクテュレアにて住民を全て支配下に置き、そこで生活をしているという事です。リオド卿の報告にもありましたケスカの使徒と思わしき者もどうようにそこで活動している様子です。既に争いも沈下しており完全に掌握されたとみて間違いないかと思います」


 

 ケスカ。以前勇者マイトが討伐し失敗した真祖の吸血鬼。恐らく単純な戦闘能力でいえばトラディシオンの中でも上位に位置するであろう怪物。強さはもちろんだが、驚異的なのはその不死性にある。また分かっているだけでもケスカの使徒は複数名いるために危険度は非常に高いだろう。



「そして最後に魔人レヌラ。こちらはリセイア大陸、アドミメール国の首都キルシウムに出現したと報告がありましたが――」

「どうした。続きを話せ」


 言葉が詰まったアベルに対し皇帝は続きを促す。


「は、はい。それが――最初の報告から既に18日経過しているのですが、

「どういう意味ですか?」

「必ず同じ時間に同じ内容の報告が来るのです。『レヌラと名乗った魔人が1人で現れた。周辺に魔物の姿はなく、単独で現れた模様である』そう一言一句同じ報告がされています。それに対しどういう意味なのかこちらからも問いかけをしましたが、どうも要領を得ない返答ばかりのため、既に敵の手中に落ちている可能性が高いと考えております」


 

 このレヌラという魔人に関しては本当に情報が何もなかった。定時連絡で来る内容はすべて同一であり、報告者に対し既にその内容は聞いたと話すと、「そんなことはない。今さっき現れたんだ」と必ず答えが返ってくる。



「妙ですね。そのほかに情報は?」

「はい。潜入させていた諜報部隊に対し何度も同じ報告を聞いたと返していますが、決まって”レヌラという魔人はさっき現れた”、”昨日そのような報告はしていない”、と正直埒が明かない状態なのです」


 アベルの報告に一同は不気味さを感じる。だが、停滞している訳にはいかない。皇帝はしばし思考を巡らせ口を開いた。



「もしこちらの予想通り魔王が休息中という事であれば、魔王を叩くために絶好の機会と言えよう。クリスユラスカ大陸の人間すべてを滅ぼす程魔力を消費したのだ。そう容易に回復はするまい。それゆえ、六柱騎士に命ずる。二人一組となり3名の魔人の元へ行き、結界の核を破壊せよ。ミティスに関しては任務完了次第すぐに帝都へ戻れ。その頃には移植準備も完了していよう。――改めて聞くが本当に良いのだな?」


 皇帝の視線を受け、ミティスは静かにうなずいた。


「はい。やはり異世界から来た3人にその重荷を渡すのをよしとは思えません。この3人は私が思う以上に強くなりましたが、それでも……」

「ミティス隊長! 前から言ってるけど俺は別にいいんだぜ?」

「こらユイト! アンタは黙ってなさい」

「いったぁ! 何すんだリコ!」

「今じゃヤマトの方が強いんだしアンタじゃ無理よ」

「ちょッ!? そんなこと言わないでくださいよリコさん!」

「うるせぇな。そんなもん気合だよ気合」



 そんな少し緊張感がないやり取りを見てミティスは少し頬を緩ませる。できれば3人には無事に元の世界へ帰ってほしいとミティスは考える。勇者という力を授かれば間違いなく魔王との一番の矢面立たねばならないだろう。そんな重責を負わせたくないのだ。



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