第164話 状況

 ヴラカルド帝国は慌ただしく動いている。首都全域を守護するための防護結界を展開しており現在は一部を除き完全に国外へ出る事を禁じており、帝国民は緊張に包まれている状況だ。


 魔王の復活。


 10年ごとに必ず誕生する新しい魔王。魔王オルダートが死に、ちょうど10年が経過した。諸国は楽観視していた。既に3度魔王を討伐した経緯を考え勇者という人類の力を大きく過信している。そのため、魔王が誕生しても「ああ。もうそんな時期か」くらいにしか考えていない国さえある。

 だが、ヴラカルド帝国だけは違っていた。勇者の力に疑問を持ち、本当に今代の勇者は強いのかと考える。そのための試石金も兼ねて自国領土内にあるウサラガル大渓谷に戻ってきたケスカ討伐依頼をエマテスベル王国へ依頼した。勇者の力を間近に確認しつつ帝国の最高戦力も動員し討伐を行おうと考えたのだ。

 

 しかし、結果的に失敗した。帝国の戦力は不要と断言し勇者と一部の冒険者だけで行われたケスカ討伐任務は完全なる失敗で終わった。

 ケスカと戦う事もできず、その側近に敗れる事になり、逃げかえってきたと報告を聞いた時は皇帝も頭を抱えた。想像以上に今代の勇者は弱く、その時共に任務に同行していたランドル・ハースの話から推測するに、今代の勇者マイト・ターゼンは帝国最高戦力である三柱騎士トリアスよりも劣ると結論づけられた。


 その時点で皇帝は今代の勇者に頼っては人類は次の魔王に勝てないと確信する。いくら勇者の力が強力でもそれを扱う人物が弱ければ話にならない。そこで行き着く1つの考え。魔王はどうなのか。魔王との戦いに万が一があってはならない。そのため一部の人間を集め情報を纏めさせた。過去の魔王と勇者の戦いの歴史である。当時の記録を漁り勇者や魔王が具体的にどの程度強かったのか考察するため各国から資料を集めた。


 その結果分かった事。それは勇者と魔王の力は代を重ねるごとに強くなっているという事実。そのため常に魔王と勇者の力は拮抗しており基本相打ちが多いのが常だ。だがそこで異常が発生する。

 レイド・ゲルニカ。先代勇者であり史上最強の勇者とまで言われた男。僅か5歳で魔王を討伐し、以後も魔王を完封する形で倒しているという脅威的な力を持った勇者だ。彼は生涯にわたり3回魔王を討伐している。それは歴史的に見ても偉業ともいわれる行いであり、人類の文明が一気に進んだのも彼の活躍によるものだ。


 なぜレイド・ゲルニカがあそこまで驚異的な強さを持っていたのは不明だ。ただ義父であり、現代魔法の父ともいわれるヴェノ・ルセイアによれば勇者に選ばれる前から既に隔絶した力を持っていたと記録にされている。突然変異とも呼べるその超常的な力をもったレイドだがはっきりしている事は1つ。彼は勇者になったから最強になったのではない。勇者になる前から既に最強ともいえる強さを持っていたのだ。



 レイドの影響により、歴代最弱の魔王とまで呼ばれたヘンレヤだが、オリハルコンランクの冒険者が束になっても傷1つ付けられなかったという記録も残っている所から考えると決して弱い訳ではない。その次の魔王であるリオネも同様だ。奴は1度の魔法で都市を薙ぎ払ったことがある。明らかにヘンレヤより強力な魔王だ。だがその後15歳のレイドによって倒されている。そして先代魔王であるオルダート。奴は間違いなく過去最強の魔王と呼ばれている。奴の魔法攻撃によって山脈は吹き飛び、その余波によって誕生したのがウサラガル大渓谷なのだ。地形さえも変えてしまう威力を誇る圧倒的な攻撃力を備えた魔王の誕生に当時誰もが震えていた。だがそれでもレイドは勝利した。



 ここまでの歴史を振り返ればいかに人類の勇者が優秀か分かるだろう。だがそれは間違いなのだ。もっとも注目すべきところはそこではない。ヘンレヤ、リオネ、オルダート。代を重ねるごとに明らかに強さが増している。これは過去の歴史を見ても異常ともとれる強さだ。だからこそ、帝国は1つの結論を出した。そしてそれを秘密裏に接触した聖女へ確認し同様の結論が出ている。

 



 魔王は対する勇者の力量に合わせて強さが増している。魔王として与えられる力が代を重ね、レイドを基準に強くなっている。では勇者はどうか。レイドの強さは勇者の力に依存していない。次代の勇者が誕生した時、果たしてレイドに匹敵する強さを持っているだろうか。



 否だった。考えれば当然だ。勇者の力の引継ぎ方が明らかに違う。なぜならレイドは突然この世界から消えたのだ。死んだと公式発表されているが、だとしたら10年経過せず勇者が誕生した理由が分からない。皇帝の考えでは何らかの理由によりというものだった。



 つまりマイトが持っている勇者としての力はレイドと同等の物なのだ。そう考えた時1つの考えに行き着いた。勇者の力は移動させることが出来るのかもしれないと。だからこそ聖女との密会には次代の魔王の脅威と共に、今代の勇者では倒せないという考察、そして先ほどの勇者の力の移動について話した。

 その結果、聖女から語られた内容。それは勇者の力を持った者がその力に溺れ悪行に染まるようであれば勇者の力を剥奪し他者へ移植することが可能という事実であった。ただし、移植は一度しかできないため、基本教会での秘匿情報になっているという事。


 なぜぞの情報を話したのか質問した所、聖女からは「勇者マイトでは人間が滅ぶ可能性が高いです。ならば魔王を倒すためより強い者に勇者の力を預けるのは道理ではないでしょうか」という事だった。そこから皇帝と聖女の計画は始まった。当初は三柱騎士トリアスの1人であるミティス・ルダールへ移植する方向で考えていたが、ある日聖女が神託を授かったと話し始めた。



『異なる神の神託でしたが、異邦の地より英雄として素養のある人間を召喚する秘法を与えられました』



 皇帝は悩んだ。見ず知らずの、しかも異世界の住民を巻き込むこと。またそれらに頼ってよいのかという葛藤に苛まれる。だが少しでも魔王を討伐する可能性を高めるためにその秘法を使う事を承諾。そうして異世界、地球より3人の人間が召喚された。


 魔王誕生の5年前である。当初彼らはまだ幼い子供であった。世界情勢も知らず異世界へ拉致に近い形で召喚され、憤る者もいた。すべてを諦めた様子の者もいた。何とか我らの希望にこたえようとする者もいた。その3名を出来るだけ最高の環境に置き5年かけて鍛え上げた。



「陛下。六柱騎士サイスが集まりました」

「ああ」


 

 帝国の新たな騎士の称号。以前の三柱騎士トリアスに加え新たに3名が加えられた六柱騎士サイスと名付けた。



「我が騎士たちよ。状況の報告を」



 眼前にて立ち、随分頼もしくなった者たちを見ながら皇帝は言葉を放った。



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