第163話 邂逅嬉戯3
「セサミレイト?」
「誰が冷凍胡麻だ。イサミだ。イサミ。イサミレイド」
「ちょっと名前間違えただけで怒るなよ。イサミだな。覚えたぞ!」
俺たちはあの鬼ごっこの後湖周辺をうろついている。無論裸でだ。だがこれには理由がある。少しはしゃぎ過ぎたせいで互いの服がどこかに行ってしまったのだ。現在はそれを捜索中という形である。
「で、お前の名前は? 嘘でもいいから名前教えろ」
「なんだ。負けた分際で報酬を欲しがるのか?」
ニヤニヤしながらむかつく笑みを浮かべるあの女を殴りたい。
「その前の勝負では俺が2回勝ってるだろうが!」
「ぬ。それもそうか。――そうだな。ワタシの名前は……ネムだ」
「ネムだな。覚えやすくて助かるよ」
「逆にお前の名前は覚えにくいぞ。サラミ」
「イサミだ。サラミは好きだが名前にしようとは思わん。っていうかわざとやってないか?」
そういってにらみつけると下手くそな口笛を吹きながら向こう側の木々へネムは消えていった。まったく何をしているんだろうか俺は。久しぶりにちゃんと身体を動かせたのは良かったが遊んでいていい訳でもない。さっさと服を回収して移動するとしよう。
それにしても俺の服どこにいった? ローブは諦めてもいいんだが地球産のシャツと下着、そしてハーフパンツだけは回収したい。こっちの服と比べるとかなり着心地いいからなぁ。
「ん。そういや魔力もそこそこ回復してきたし。アレを試してもいいか」
具体的なやり方は聞いていない。だがこれもイメージの問題だろう。思い出せ棒状のクッキー生地にチョコレートがコーティングされた
「お、おお!?」
一瞬光りが集まったと思いきや俺の手にポッキーが握られている。この世界の完全なるオーバーツとも言っていい代物であり、俺のエネルギー源と言ってもいい食べ物だ。さっそく口に咥え先端からかみ砕き口の中へ入れていく。このチョコとクッキーの織り成すハーモーニーは格別といっていいだろう。これで俺はまだまだ戦えそうだ。いいものを強請れたものだ。後は服を見つけさえすればいいのだが――。
「おーい。あったか?」
後ろからネムの声が聞こえる。振り返り、こちらにないという意思表示をしようと手を挙げて固まった。
「中々見つからんな。困ったものだ」
「――おい。それはなんだ」
「ぬ? それって何のことだ」
現れたネムは見覚えのあるものを着ていた。白い半袖で全面にはチョコボールの愛くるしいマスコットキャラクターのPちゃんが大きくプリントされたシャツだ。っていうか俺の寝巻のシャツである。
「ああ。もしかしてこの上着のことか。さっき拾ったんだ。この絵みたいなのがすごいかわいくて気に入ってな。着心地もすごいいいぞ! ちょっと大きいがな」
そういってまた胸を張るネム。あの衝撃でシャツは濡れ土を被ったせいか少し汚れている。可哀そうなPちゃん。待っていてくれ。すぐに取り返して洗ってやるからな。
「それは……俺の服だ!」
「なんだ人の物を獲ろうとするのはな泥棒なんだぞ」
「逆だ! お前が俺の服を盗んでるんだろうが!」
「どこに証拠があるんだ! 言ってみろ!」
「サイズが合ってないだろうが! それはメンズ用だから女のお前には合わないだろう!?」
考えろ。どうやればPちゃんを取り返せる? 無理やり服をひん剥いてもいいんだがその場合間違いなくシャツは切れる。それだけは避けなければならない。
「よくわからん言葉を使って混乱させようとしてもそうはいかんぞ! これはワタシが拾った。だからワタシの物だ。それにお前こそワタシが着た服を欲しがるなんてやっぱり変態だな!」
(この女、めっちゃ殴りたい)
「それよりイサミ。お前何食べてるんだ?」
「……さて何だろうな」
「なあイサミ。いくら腹が減ったからって木の枝を喰うのはやめておけ。いくらお前でも身体を壊すぞ?」
「誰が枝を喰うか!? これはチョコ菓子だ!!」
こいつ苦手だ。田嶋とは違う苦手さがある。
「なに!? チョコだと? あれだろ? 高級菓子で上流階級しか食べれないとかいうあれなんだろ? いいな。いいな」
「――よし、1本やろう。だから服を返せ」
「それは嫌だ」
即答かよ。
「ならあきらめろ。いやでも残念だ。これかなり美味いんだがな」
そういってもう1本召喚し口に入れる。ポッキーを咥えながら見せびらかすように食べていると突然ネムが俯いた。なんだどうした?
「ん。やっぱりほしくなったか? ならさっさと服を脱いで……」
「んがぁあああ!」
「何ィ!?」
突然大きく口を開けたネムが襲ってきた。あまりに突然で反応が遅れる。迫りくるネムの口。こやつまさか……。
バックステップで後ろに逃げるがネムはさらに加速する。まるで首を噛みちぎらんばかりに大きく口を開けて迫ってくる。こいつ野生児か何かか?
俺の顔面に迫ってくるネムの顔。何とか首を動かし奴の攻撃を躱そうとするがこいつさっきより速いぞ。俺が口に咥えていたポッキーを半分以上奪われた。その隙に間合いを取る。ネムは咀嚼しながら視線だけ俺をずっと追っている。
「もぐもぐもぐ。う、うまーーーーい!! なんじゃこりゃ! おいもう1つ寄越せ」
「もうやらん! っていうか服返せ」
「嫌だ絶対返さない。でもさっきのをもう1本くれれば考えてもいい」
絶対嘘だ。考えてもいいとは言っているがその前に絶対返さないと言っているんだ。曖昧な表現で濁す日本の政治家みたいな事をしやがって。
「はあ……いやもういい。なんだか面倒になってきた」
すまないPちゃん。帰ったら新しいのアマズンで注文しよう。
「ぬ? どうした。もういいのか? ちょっと位なら貸してやってもいいぞ?」
「うるさい。あっちいけ。俺は残りの服を探す」
あっちの方にシャツがあったなら残りも近い場所にあるんじゃないだろうか。
「なあなあ」
「ええーい。鬱陶しいな。お前も自分の服探せって」
「いや。あれは?」
ネムが指さした方を見る。折れた木の幹に何か布のようなものが見える。近くまで移動して手に取ってみると泥だらけになっている下着とハーフパンツだった。とりあえず見つかってホッとする。とりあえずもう一度洗うか。
「なあ。なあ。見つけてやったんだ。お礼を貰ってもいいぞ?」
俺の顔を覗き込むように回り込んでくるネム。それを見て小さくため息をつきもう1本ポッキーを召喚してネムの口に押し込んだ。
「おおお! ゆっくり食べよ!!」
ポッキーを食べている内に湖で服を軽く洗い、魔法を使用する。本当は生地を傷めるから自然乾燥させたかったんだがまた同じ目にあっても面倒だ。属性転化によって強制的に濡れた服を乾かしそのまま下着とハーフパンツを履く。そしてネムの方へ視線を戻すといつのまにか服を着ていた。黒を赤を基調とした装備にネムと同じ赤いローブを着こんでいる。腹が立つのは微妙にPちゃんのイラストが見える所だろうか。
「っていうかお前その服どこで……」
「なんだ魔力繊維技術を知らんのか? 固定化された魔力を繊維に練りこむという技法でな。最終的な仕上がりの際に自身の魔力をなじませる事によって、一瞬で服を呼び出すことが出来るという優れものだぞ」
なんじゃそりゃ。そんな技術知らんぞ。いや10年経過してるんだ。そういう技術革新があったのかもしれないな。
「っていうかだったらすぐ服を着ればいいだろうに」
その話から察するに水で塗れたりしないんじゃないだろうか。なんせ魔力で編んだ服なんだろうし。
「いやせっかくだしイサミに合わせた方がいいかなと思ってな?」
「止めろ。今更いう事じゃないがむやみに肌を出すべきじゃないぞ」
「わかっとるわ! 言っておくがワタシの裸を見たのは両親以外ではお前が初めてだぞ!?」
本当かよ、この女。
「だからこそ、ワタシの肌を見たイサミを殺そうと思ったのだが、お前はワタシに2度勝っているからな。それで帳消しにしてやろう」
「わかったわかった」
「1勝2敗。今日はこの辺にしてやるが次は負けんぞ。イサミ。お前はワタシのライバルという奴だ!」
ライバルねぇ。確かに1回負けてるしそういうもんなのかな。まあ悪くないが。
「そうか。どうやらネム。お前は俺にとって2人目のライバルのようだな」
「ぬ? ちょっと待て2人目だと。1人目は誰だ?」
そういって顔を近づけてくる。近い近い。
「ここにはいない奴だ。俺はそいつに今も負け続けていてな」
「な、なんだと!? イサミお前程の力をもってしても敵わぬ奴がいるのかッ!」
「ああ。――そうだ。悔しいがな」
真剣な表情をしているネムは静かに俺に質問した。
「そやつの名を聞いてもいいだろうか」
「名前か? そうだな」
どうなんだ。名前言ってもいいのか? まあこの世界に居ないしええやろ。
「そいつの名はタジマ・アキラ。俺に初めて土を付けた男の名だ」
「ッ! タジマ……。まさかそいつが勇者なのか」
いや、どっちかっていうと魔王みたいな印象なのだがそれは秘密だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます