第156話 存在模倣のフルニク1

「――あ」


 目が覚めた。妙に身体が重いと思いながら起き上がる。周囲を見ると日本と違いひび割れた壁、ボロい床、歪んだ窓ガラス。そういった物を見てああ自分は本当に戻って来たのかと強く感じた。いや、だがなんだ。妙な感じがする。違和感……? いやもっと何か根本的な――。



「ッ!!」



 ! めっちゃ臭い! なんじゃこりゃ!? ここどこだ? 宿屋だよな? カビというか何か変な匂いがすごいする。立ち上がり自分の身体を見ると寝るときに着ていたシャツと半ズボンだった。俺が臭いのかと思ったがそうでもなさそうだ。っていうかこんな格好で外へ出ないといけないのか? くそ、妙に身体が重いし臭いし、半裸だしどうすりゃいいんだ。



『レイドよ。聞こえるか伝え忘れていた事がある』



 この声は爺か。



『以前お主が装備しておった服をその部屋に用意してある。それを使うと良い』



 周囲を見渡すとボロいベッドの近くにある棚に見覚えのある装備が置かれている。俺が以前使っていた奴に確かに似ているような気がする。もっとその辺で適当に買った服とローブだったはずだが。


「っていうかだ。何で俺の魔力が空なんだ?」

『む? 何を言っておる。以前お主を地球へ送った時も同じじゃったはずだぞ』


 なんだと? いや言われてみればあの時も確かに気だるさはあった気がする。ただあの時はそのまま漫画を読み漁ってたからな。まったく気づかなかったぞ。もしかしてその間に回復でもしたのか?


『レイドよ。どうしてもお主程の強大な力を転移させる場合、一度に移動をさせる事が出来ないのだ。そのため時間と共にお主の力も完全に戻るだろう』

「完全に魔力が戻るのはどのくらいだ?」

『前回と同じはずじゃ』


 前回と一緒って言われてもな。確か漫画喫茶から外に出た時には魔力は戻ってたはずだ。確か4時間以上は籠ってたんだっけ。ならまた4時間程度で力が戻ると思えばいいのか?


「ちなみにここはどこだ」

『フルニクの街じゃ。――ぬ、済まぬな、そろそろ神託が厳しくなる。後は頼むぞ』

「あ、ちょっと待て!」


 くそ、気配が完全に消えた。あの時は色々面倒なことになって考えを放棄していたが良く考えると俺はこの世界の新しい魔王がどこにいるのか知らんのだぞ。毎回魔王の誕生する場所は違うんだ。まさかそれを探すところからか?


 そう愚痴を零しなら用意された服に袖を通す。日本の服と違い随分ゴワゴワして何か着心地が悪い。しかもなんかやっぱり臭い気がする。慣れってのは怖いものだ。以前はフルニクで生活してた時期だってあったはずなのに、こんなに悪臭が気になるようになってしまった。


 宿の部屋の扉を開け廊下に出ると同時に念のため気配を少し抑える。日本にいた時同様に透明化の魔法を使ってもいいんだが、あれは姿を隠せても魔力は隠せない。日本ならともかくこっちの世界だとあんまり役に立たない魔法だ。まあ魔力探知が出来る奴相手には、という話だが。


 軋む廊下を進みながら受付の方に視線を移す。年配の男がぼうっとした様子で立っている。いや視線だけこちらを見ているようだ。


(驚いたな。面倒事を避けるため気配を殺したんだが、俺に気づいたのか)


 この街の宿は前払い制だ。どういう仕組みで俺がここへ来たことになっているか分からないが、少なくとも金をわざわざ払う必要はないはず。俺の歩きに合わせて視線だけ追ってくる店主が妙に気味が悪い。そう思いながら宿の出口へ向かって歩いていると声を掛けられた。



「あれ。お客さんみたいな人いたかな」


 なんだ。どういう意味だ。


「さあな。お前さんが覚えていないだけだろう」


 そう言葉を返しそのまま宿を出た。その時後ろからあの受付の男の声が微かに聞こえる。



「おかしいな。お客さんみたいな人にいたかな」



 

 宿を出て通りを歩く。周囲の様子を見ると随分懐かしい。いくつか見覚えのある店もまだ残っているし、まったく知らない店も出来ている。だが――。



(随分活気か消えたな)


 

 俺がいた頃は冒険者の数も多く常に街は賑やかだった。昼も夜も関係なく、騒ぐ連中も多くいて街のどこでも喧嘩している奴、飲み比べしている奴、自慢話ばかりしている奴、娼館に通う奴、そんな連中ばかりだったはずだ。だというのに通りにいる冒険者らしい連中は誰も声を出さず歩き、静かに飯を食い、酒を飲んでいる。まるで街全体が静寂で包まれているかのようだ。

 まあ10年だ。色々あったのだろう。とりあえず身分証を作る必要があるな。仕方ない久しぶりに行ってみるか。冒険者ギルドへ。


 通りを歩き周囲を観察しながら記憶を頼りに冒険者ギルドを目指す。よく見ると街の建物が壊れたような形跡が残っている。それを修理している大工やその手伝いでもしているらしい冒険者の姿がある。ただ黙々と作業をしているのが妙に薄気味悪い。

 何か事件でもあったのだろうか。魔物がせめてきたにしては怪我人がいる様子はないし、何かしらの災害でもあったか? その辺も情報収集をした方がいいな。


 フルニクの街の大通り、その中央にそびえ立つ建造物。多くの冒険者たちが日夜依頼を求め、或いは倒した魔物の素材を売りにやってくる場所。



「……なんで扉が閉まってんだ?」


 冒険者ギルドの扉は常に開いていたはずだ。理由は簡単だ。ギルドは出入りがとにかく多い。また粗暴な奴もいるため邪魔な扉を壊す奴だっている。そのため、基本扉はあけっぱなしにしている事が多いのだ。

 少し迷ったがそのままギルドの中に足を踏み入れた。中は随分薄暗い。まだ昼間だというのに窓にカーテンがしてあり部屋の中に魔灯もついていない。ギルドの中には冒険者たちがいつも談話するためのテーブルが幾つかあり、いつもならどの依頼を受けるか。新しいパーティで戦う場合の魔法名称のやり取りなど賑やかだったはず。だというのに――。


「……」


 コツ、コツと床を叩く音を立てながらギルドの中へ進んでいく。中に入る冒険者たち全員の視線を感じる。静かだ。誰も話していない。視線だけ動かし周囲を観察してみるが本当に10年前と随分雰囲気が違っている。どういう事だ。


「――いらっしゃいませ。フルニクの冒険者ギルドへようこそ」


 ギルドの受付の前まで行く。4人のギルド員が並んでおり、俺はその中で一番近い奴の前にきた。小柄な女性だ。身長が高い俺と話す場合、顔を上げて話すはずなのに顔は固定され、視線だけ俺を見ている。


「冒険者になりたくてね」

「……フルニクで見ない顔ですね。どこからいらっしゃったのですか」

「その情報は必要なのか?」

「もちろんです。なんせこの街で見ない方ですので」

「俺が昔聞いた話だと冒険者ギルドってのは相互不可侵で、あまり過去を詮索しない場所だったはずなんだが、方針転換でもしたのかい?」


 俺がそういうと受付の女は口を閉じた。何を考えているのか分からない。ただ視線だけずっと俺の顔から離れない。しばらく待つと女は手だけ動かし受付の台の上に1つのプレートと羊皮紙を置いた。


「こちらに名前を」

「ああ。わかった」


 羽ペンを握り羊皮紙にイサミと記入した。本名を書いてもいいんだが何かおかしい。


「ではこちらに血を」


 そういうと新しい羊皮紙を取り出した。先ほどの名前を書いたものとは違う。かなり質の高い紙だ。――だが。



「これは何だい?」

「ギルドに登録するための手続きです」

「おかしいな。冒険者に登録するためには必要なかったはずだが」

「新しい規則です。さあ血を」


 目の前の紙に視線を落とす。僅かだが魔力を感じる。随分細かい繊細な魔力だ。何度かこれに近いものを過去に見た事がある。


「悪いが冒険者になるのは取りやめにしよう」

「――理由をお伺いしても?」

「言う必要があるのか」


 俺はそう言うと目の前の紙を指で数回叩く。


「これは契約魔法が刻まれた紙だな。血を刻む事によって何か魔法が発動するタイプのようだ。内容までは読めないが碌なものではない。違うか?」


 そういうがやはり受付の女の表情は変わらない。


「ギルマスはいるか?」


 だんまりか。どうしたもんかと考えていると後ろから数人の男が近づいてくる。何をするのか興味があり気づかぬ振りをしていると肩を組まれ、腕を掴まれた。


「おい兄ちゃん。冒険者になりに来たんだろう。この程度も怖がってちゃだめだぜ」

「ああそうだ。ちょっと指の先を切るだけだ。痛くねぇよ。なんなら手伝ってやろう」


 そういってナイフを取り出し俺の手を切ろうと迫ってくるため、腕を掴まれた状態で肩を組んでいる男の顔を殴打した。そのまま次に腕を掴んでいる男の胸に拳を叩きこみ吹き飛ばす。


「なんだ……乱暴者が多いんだな」


 今までただ座っていた冒険者たちが立ち上がり、ギルドの入り口を塞いだのを見てそう呟いた。



 

 

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