異世界勇者
第155話 誕生
「マイトはどこだッ!」
エマテスベル王城内に怒号が響く。誰もが忙しなく走り静寂だった王城は非常に慌ただしく動いている。頭に血管を浮かべ唾を飛ばしながら謁見の間で叫ぶエマテスベル7世を宰相は何とか宥めていた。
「落ち着いて下され陛下。今全力で街を捜索しております!」
「これが……落ち着いていられるか! もういつ魔王が誕生するのかわからんのだぞ!」
エマテスベル7世は立ち上がり手に持っている王笏を握りしめ地面を叩く。手の血の気が引くほど強く握った王笏が小刻みに震えている。それは怒りか、或いは怯えかそれは誰にも分からない。ただ1つ分かる事。魔王の襲来に対し立ち向かえるのは勇者だけだという事。
ここ数年エマテスベル王国は荒れていた。ケスカ討伐を失敗し、他国からの信用がガタ落ちしたからだ。それだけ、そうたった1回の失敗。だが国民からすれば大きな失敗だった。エマテスベルにとって勇者とは最強の存在だ。過去3回の魔王討伐に加え、数多の天災とも呼ばれる魔物の被害から国を守った人類の守護者。それこそがエマテスベル国民にとっての勇者なのだ。
だが負けた。魔王でもない存在に負けたという事実は瞬く間に広まり、今代の勇者の力に疑問に感じるようになっていった。そこで1つの噂がエマテスベル王国に流れる。それは次に魔王が誕生した際、
噂の出所は分からない。だが少しずつ噂は浸透しそれを信じる者が増えてきた。その結果、最初は商人が減った。次は冒険者が、そして平民達も少しずつ他国へ移動する者たちが増えている。それに気づいた王はすぐに国境にある関所を封鎖。軍を遠征させ民が逃げるのを防ごうとしたのだ。だがそれは悪手だった。国境に軍を展開したため隣国と緊張状態になり、さらに他国へ渡ろうとする国民たちを逃がさないようにするため、剣を抜き威圧する形で牽制した騎士たちにさらに不満がたまった。その結果、エマテスベル王国の首都フルニクは嘗てない程、荒れた。平民の暴動が起き、それに便乗するように犯罪に手を染める者も増え始めている。美しかった街並みはゴミで溢れ、優秀だった冒険者が去り、粗暴な者たちが増え始めた。
(どこで間違えた。そもそも勇者マイトがケスカを討伐出来なかったのが問題だ。そうだあれは本当の勇者ではないのだ。だから魔王ですらない魔人に簡単に敗れ去ってしまう。マイトを処刑する。偽物を殺せば本物の勇者がきっと現れるはずだ)
既に正常な判断をエマテスベル7世は出来なくなっている。
「せ、聖女は……アーデルハイト・ラクレタはどこだ! なぜこんな非常時に姿を現さない!」
「兵をラクレタ教会に向かわせましたがどこにも聖女様は居りませんでした。恐らく……」
「恐らくなんだッ!」
「はっ。恐らくですが、既に勇者マイトと共にどこか移動しているものかと」
その言葉を聞いてエマテスベル7世は1つの可能性にたどり着いた。もしや勇者と聖女は魔王を倒すため国をたったのではないかと。そんな自分に都合の良い妄想に憑りつかれる。多分そうだ。からきっとそう、いやそうに違いないとその考えに縋る。その妄想で自分を安心させつつ引き続き宰相に指示を出そうと前を見た時だ。
――闇があった。
美しい白を基調とした謁見の間に黒い穴が空いている。
「なんだ……あれは」
そう力ない言葉が零れ、それが宰相の耳に届き、王の視線を追うように宰相も後ろを振り向く。そして――驚愕した。
魔人がいた。
血のように真っ赤な赤い髪。褐色の肌、少しとがった耳。非常に整った顔立ちの中に鋭い眼光がありそれと視線が合った。随分若い魔人だ。過去何度も魔人と出会った王であったが、ここまで美しい魔人を見た事がない。一瞬その姿に呆けてしまい、次に疑問が頭を過る。なぜここに魔人がいるのかと。そんな言葉が脳内に反芻するようになってようやく意識が現実に追いついた。
「ッ!!! こ、近衛兵! 何をしている!! 侵入者だ!」
立ち上がり手に持った王笏を放す。床に落ちカランという音を立てながら転がっていく王笏の音が周囲に響く。しかしいくら叫んでも誰も謁見の間にやってこない。通常ならすぐ近くに待機している近衛兵がやってくるはずだが未だやってこない。
「おい! 何をしている! 誰かいないのか!」
「……叫んでも、喚いても誰もこない。この部屋に結界を張っている」
目の前の魔人が何を言っているのか王は理解できない。いや理解したくない。
「家畜にも劣る人間どもよ。勇者はどこだ」
「宰相! 何をしているすぐに兵を!」
すぐ近くにいた宰相へ視線を向けて王は絶句した。
そこにあったのは首のない宰相だったもの。首からまるで噴水のように血が飛び出しそのまま倒れ流れていく血が王の足を染めた。
「ひ、ひぃぃぃ!」
腰が抜け尻餅をつく。少しでも宰相の死体から離れるように4つん這いになって逃げようとしたところ、いつのまにか目の前に移動した魔人がいた。
「情けない。同族がやられたというのに逃げるばかりか。少しは立ち向かう気概を見せたらどうだ?」
「たすけて――くれ」
「なんだ? 聞こえないぞ」
王の顔に激痛は走る。左頬に激しい鈍痛が走り、視界が流れ、気が付けば謁見の間の壁際まで吹き飛んでいた。口から流れる血と自身の歯が床に落ちる様子を見て王は完全に恐怖に染まった。
「もう一度聞く。勇者はどこだ」
「し、しらない。いや知りません。本当です」
「ふむ、城にそれらしい魔力の持ち主もおらぬしここにいないのは確かか。仕方ない。外の餌はどうなったか」
そういうと魔人は王の髪を鷲掴みにし持ち上げた。必死に自分の髪を掴んでいる手をどかそうと力を込めるがまったく歯が立たない。
「ぐあああ」
「大人しくしていろ」
髪を掴んだまま床に頭を叩きつけられ額から血が流れる。そのまままた髪を引っ張った状態で歩く魔人。倒れている王の身体を引きずるように歩き始める。中腰の這いつくばるような情けない姿のまま謁見の間を出た。そして謁見の間の外の様子を見て唖然となる。
そこに魔物がいた。4つ足で人間のような顔が複数ある魔物だ。まったく見た事もない魔物。それが近衛兵たちを食っている。それを意に介さないように魔人は歩き続ける。白亜の城とまで呼ばれたエマテスベル城は既に血と臓物で汚れ辺りを魔物が闊歩する地獄に変わっている。
何度もこちらを見るあの不気味な魔物たちと視線が合いそうになると王は小便を漏らしながら床だけを必死に見ていた。城を出て、門を潜り城下町へ続く橋まで歩く。そして微かに見えるフルニクの街を見てエマテスベル王は絶望した。
空を覆う翼竜。都市の中で人を食っている見た事ない魔物たち。かろうじて何人かの冒険者や騎士たちも戦っているが完全に防戦一方だ。
「王よ。そちらは」
知らない者の声だ。そしてその声が断じて自分に向けられたものではないとエマテスベル7世は理解する。
「うむ。この国の王だ。一応捕らえたのだ。仮にも勇者なら自国の王を助けにくるんじゃないかと思ってな」
「――はあ。そうですな。きっとそうでしょう」
「おい、なんだその残念そうな者を見る目は! 使えないか? 使えないのかこの屑は!?」
焼けた街の匂い、血の匂い、死体の匂い、いくつもの悪臭が漂うこの場所でまるで場違いのように楽しそうに話す者たち。
「そもそもファマトラの軍勢が多すぎるのではないか? 正直見た目がアレだからワタシ嫌いだぞ」
「それを私に言われても困りますよ。仕方ありません、彼の趣味だと思ってあきらめて下さい。それよりこのフルニクの街の人間を完全に殺さなくていいのですか?」
「すまんな。本当はカリオン、お前の作戦通り殲滅でもよいのだ。だが勇者の故郷である国に一定数人間がいた方がこちらにやってくる可能性もあるんじゃないかと思うのだ」
「確かにその可能性もございますね。では一部の人間はその通りにしましょうか。王の次の行き先はクリスユラスカ大陸ですが場所わかります?」
赤い髪の魔人の少女と銀髪の魔人の男が楽しそうに談笑する光景があまりに場違いすぎて理解が追い付かない。だが会話の端から理解ある事実が判明している。
「馬鹿にするなよ? ちゃんとここへ来る前に覚えたわ。ちゃんとカリオンの作戦通りあそこの大陸の人間は皆殺しにしてくるさ」
「ええ。ぜひそうしてください。あそこは我らの同胞が
「ああ。では行ってくるぞ。この屑の扱いも任せる」
そういって掴んでいた髪ごと投げられ、エマテスベル7世の頭部から何かが大量に千切れる音と共に激痛が走る。
「ああああああッ!!!」
「煩い屑ですね。これがこの国の王の姿とは情けない。しかしまあ有効に使いましょう。では我らが王デュマーナ様。お気をつけて」
「はっはっは! ようやく我ら魔人が地上を取り戻せる日が来たのだ。気合を入れてくるぞ!」
のちのクリスユラスカ大陸大虐殺。魔人の王、デュマーナ。新たな魔王が世界に産声を上げた瞬間だ。
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