第145話 恋々9

 震え、怯える蓮から住所を聞き出し、場所を確認してからすぐに蓮を気絶させた。幸い周囲に監視カメラもないようだし、そのまま連れて行くとしよう。俺自身の身体と蓮の身体を魔法で覆い、その場を跳躍し移動を始めた。幸いここからそれほど離れていない場所だったため、移動自体はスムーズに行えた。目的の住所の場所を確認しつつ、少しだけ離れた場所に着地し俺の姿だけ魔法で解除して歩き出した。流石に気絶している蓮を担いだまま歩いていると何を言われるか分かったもんじゃないからな。



「ちょっと! 遥から手を放してッ!」

「何言っているんだ。さっきも話しただろ。喧嘩はだめだ仲良くしないとね。ほら隼人逃げられるなよ」

「わかってるよ」



 ん、この声は利奈か? 歩く速度を少しだけ速くし声のする方へ急ぐ。そこには利奈ともう一人学生を掴んでいる男たちがいる。利奈は何をしているのかと思う気持ちと、俺の知り合いに乱暴をしようとする連中への怒り。その気持ちに苛まれながらすぐに止めに入るため声をかけた。



「おい」



 俺の声でその場にいる全員がこちらに視線を向けた。

 


「勇実さん!」

「……お前ら人の妹分になにしてんだ」


「なんだお前。部外者はすっこんでろよ」


 俺が声をかけると一番近くにいた男が俺を睨みつけながら向かってくる。


「なんだビビってんのか? 殴られないうちにさっさと――」


 軽く頭を叩き、気絶させる。どういう因果かわからないが、俺の目的地である古着屋と、ここにいる連中はどうやら無関係でないだろう。本当ならこんな雑魚相手に手を出す事すらしないんだが、流石に気を遣うつもりもない。利奈の腕を掴んでいる男を見る。なんだ、どこかで見た事があるような気もするんだが……。いや後にしよう。懐からチョコボールを1つ取り出し指で弾く。弾速に見紛うような速度で飛来するチョコボールが男の額にあたって砕ける。脆い菓子でもあの速度で打ち込まれればそれなりに痛いだろう。


「いってぇぇ!! なんだいまの!」


 男から逃げ出した利奈がすぐにもう1人捕まっている学生の元へ走り体当たりをしている。恐らく友人なのだろう。随分逞しい行為だがもう少し状況を見るべきだ。華奢な利奈では不意を突かない限り大人の男の体勢を崩すことは難しい。



「利奈は離れてろ。その友達もすぐ助ける」

「う、うん!」


 そう利奈に話すとまた俺の前に男が歩いてきた。どうやら先ほどの男とは違い多少ではあるが戦闘訓練をしているのだろう。歩く動きで分かる程度には鍛えているという事か。

 

「あんた何もんだ? いやまてあんたどこかで……」

「ただの保護者だ。だが見た所お前ら全員仲間か?」

「ちょうどいい。。話し合いの前にその子の手を放せ」



 そういって男の頭を鷲掴みにして持ち上げる。


「は、放せッ! 頭が割れる!!」

「だったらお仲間にも言ったらどうだ。その子の手を放せと」

「わ、わかった! 森田ァ! 何してるそのガキを解放しろ!」


 森田と呼ばれた男が怯えた様子で掴んでいた女の子を解放した。それを確認して俺も掴んでいた頭を放してやる。

 

「利奈。すぐに家に帰れ。何ならタクシー捕まえてもいい。分かったか?」

「え、勇実さんは?」

「俺はまだ用がある」



 走り去っていく利奈を見送りもう一度視線を男たちに向ける。恐らくこの中で一番強いのがこの坊主頭の男なのだろう。先ほどのパフォーマンスで俺へ向ける気配が怒り、戸惑いから、恐れに変わっているのが分かる。


「おいッ! てめぇ何もんだよ! 勝手な事しやがって!」

「なんだお前」


 先ほどチョコボールで弾き飛ばした金髪の男が俺に向かって怒鳴り始めた。その様子を見て俺はようやく思い出す。確かこいつは以前いた利奈のストーカー野郎だ。なぜここにいるんだ。俺の顔を見てもあの話を向こうもしてこないところを見ると髪の色を変えているから気づいていないのか。


「誰がここを仕切っているのか知ってんのかよ!?」

「……誰なんだ、教えてくれよ」

「はッ! 渋谷蓮! 俺の兄貴だ! てめぇ終わったぞ! 兄貴はヤクザにも顔が利くんだ! お前なんてすぐにでも――」


 他人の威を借りるか。随分小物だ。


「すぐにでも、なんだ。言ってみろ」

「す、すぐ兄貴が仲間を呼んでお前なんて……ボコボコに……」

「ほう。俺をボコボコにするのか?」


 そういって俺はずっと引きずっていた気絶している蓮を無理やりたたき起こした。そして覆っていた魔法を解除しその姿を露にする。


「なッ! あ、兄貴!?」

「れ、蓮!? どうやっていつからそこに!?」



「あ、こ……ここはどこだ」


 俺が殴った箇所を手で摩りながら蓮は周囲を確認している。混乱しているようだ。そんな蓮を一旦無視してもう一度蓮の弟に話しかけた。


「おい、お前の兄貴がいるぞ。頼んでみたらどうだ?」


「え、あ、兄貴! 助けてくれ! こいつがッ!」

「は? 隼人か? まて何が起きたか整理が出来て――」



 そういって蓮は弟の隼人が指した方に視線を向ける。そこにいる俺の姿を見て蓮は大きく目を見開き、僅かに口元が震えていた。どうやら状況が理解できたようだ。



「だ、そうだな。どうする蓮。やっぱりお前は俺とやるか?」

「い、いえ。――そのような事はありえません。ど、どうか勘弁してください」


 歯を鳴らし震える蓮の肩を掴み、顔を近づける。



「お前の弟が言うにはお前がこの辺を仕切っているらしいな。ならそれなりに賢いはずだ。――考えろ。どうして俺はここに来た。俺は何を望んでいる? どうすれば……




 そう言い切ると蓮はすぐに駆け出し、隼人に殴りかかった。なぜ自分の兄に殴られているのか理解出来ていないだろう。周囲も同様だ。何が起きているのか分からず混乱している。


「や、やめてくれ! どうしたんだよ兄貴!」

「黙れッ! これ以上しゃべるな屑! いつまでも俺の足をひっぱりやがって! お前は俺に聞かれた事、もしくはあの方が質問した事以外しゃべるな」


 顔が腫れあがるほど隼人を殴った蓮は隼人の髪を掴み、鼻が触れるくらいの距離まで顔を近づけて言った。


「死にたくなければ言う通りにしろ。いいな隼人」

「……わ、わかった……兄貴」



 その言葉を聞いた蓮はまた俺の近くまで来て頭を下げて謝罪し始めた。



「どうか。これで弟を許して頂けませんでしょうか。これ以上生意気な事は言わせません。逆らいません。どうか――どうか。お願いします」

「ああ。いいとも。俺の知り合いを巻き込んで何かしようとしたのは一旦許そうじゃないか。――だが、アレの件は別だ。詳しく説明してもらうぞ」

 

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