第134話 悪憑きー滅ー14
「こちらに二人はおります」
ノーマンに案内され辿り着いた部屋。襖を開けて中を見ると想像以上にひどい光景が広がっていた。布団の上で寝ころびながら自分を必死に慰めている2人の女性。その2人を見てノーマン達は視線をそらしまた涙を流し始めた。
「失礼します。ああ、みなさんはそこにいて下さい」
そう一言零して中に入る。まずは小手調べと行こう。俺は2人に近づくと虚ろな顔のままこちらを見ている。
「アーアー」
「あーへ、へへ」
寝ている2人に視線を向けながらゆっくり手を叩く。手を叩いた空気の振動が音となり部屋に響く。それに合わせ高濃度の魔力で部屋を満たし部屋に満ちる微粒子のような小さな光が舞う。弱い霊ならそれで逃げるだろう。
「――ッ」
後ろから息を飲む音が聞こえる。この光の演出に意味は2つある。1つはいつも通り雰囲気だ。どうしても除霊行為は霊が見えない人にとって視覚的にわかりにくい。そのため霊能力でなんかすごい事をしているという事を知って安心してほしいという気持ちが強い。まあ以前は完全にかっこいいからやってただけだが……。
もう1つは信用してもらう為。この後の事を考えると依頼人の信用を勝ち取る必要がある。
「あ……? あ、あー」
「あーあー……あ、あ」
2人に変化はない。だがこれは予想通りだ。次の一手を行うため俺はしゃがみ、2人のお腹部分を布団越しに触れる。そしてゆっくり体内に魔力を流した。
「あ、あ……ああッ! ああああ」
「あああッ! ぁあああ!」
2人は首を振り激しく暴れだした。俺からすれば微弱な魔力であっても実態を持たない霊からすれば身体を汚染されるような気分なのかもしれない。
「な、なにをしているのですか!?」
後ろからノーマンが声を上げて質問をしてきたため、一度手を放し後ろを向いて説明した。
「俺の霊力を流しました。少し流した程度ですが随分嫌がっているようです」
「ば、ばかな! ありえない! そんな方法でヤマノケを祓う事なんて出来ない!」
「何を言っているんですか一ノ瀬さん、事実あの2人は明らかに苦しんでいる様子だった。それは中にいるヤマノケが苦しんでいる証拠でしょう!」
ダリウスの言葉に一ノ瀬は唇を強く噛みまたこちらを睨んでくる。とはいえこの男については後回しだ。
「さて、ここから本格的な除霊を行います。誰か水をペットボトルに入れて持ってきてもらう事は可能でしょうか」
「あ、ああ。待っていてくれ!」
そういうと卓が慌ててその場を後にしていった。
「次が本番です。しかしこれから行う除霊は少々大きく霊能力を使います。近くにいると普通の方は影響を受けてしまうかもしれません。そのためこの部屋には俺だけにしてほしいのです」
俺がそういうと一ノ瀬は目を吊り上げ指を指しながら激高した。
「お前ッ! 結局
「お前も、なんですか」
本当に少しだけ怒気を込めて一ノ瀬の方を見る。
「どうしました。なぜ黙るのです」
「ッ! う、うるさい!」
「――勇実さん。私はカトリック教会の神父です。一般の方に比べれば耐性もついていると思います。どうか同席させて頂けませんか? 一ノ瀬さんもそれならよいでしょう」
突然のダリウスの提案に一ノ瀬は黙るしかなかったようで。一度俺を睨んでから頷いた。
「ええ。問題ありません。ただ俺も同行します。この男が何するか分かりませんからね」
「構いませんよ。実を言うと一ノ瀬さんにはここにいてほしかったので」
「……なんだって?」
「そのままの意味ですよ。ほらその方が貴方も心配はいらないでしょう」
そう話していると奥へ戻っていた卓が1リットルの大きなペットボトルに水を入れて持ってきてくれた。俺はそれを受け取り先ほどと同じく事情を説明する。
「そうですか。分かりました。では私は先ほどの部屋に戻っております。ノーマンはどうする?」
「俺は……できればここに居させて下さい。娘が心配なんです」
当然の反応だろう。正直これから行う事を考えると一般人に近いノーマンには遠慮してほしいというのが本音だ。どうしたものかと悩んでいると、ダリウスがノーマンの肩に両手を置き話始めた。
「お前の不安はよくわかる。ずっと近くにいたいだろう。だが恐らくここにいてはお前の身体が持たない。私には分かる。勇実さんの力は本物だ。これから除霊のためにさらに力を使うのであれば身の守りがないお前では持たないだろう。ここは私に任せてくれ」
ダリウスの言葉にノーマンは身体を震わせ、拳を強く握り始めた。そうして数秒沈黙が続き、小さな声で「頼みます」と言ってノーマンは退室していった。悔しいのだろう。苦しんでいる愛娘の近くにいてやれない事が。だが確実に祓うために俺も中途半端に加減は出来ない。だからあの苦しそうな顔を笑顔にするため気合を入れるとしよう。
「さて、まずお二人にお願いがあります。これから俺がやることをそこで黙ってみていてください。決して邪魔をしないように」
「はい、わかりました」
「……お前が何をするかによるな」
先ほどからずっと思っていたのだが一ノ瀬の様子が随分おかしい。恐らく多少影響を受けているのかもしれない。
「では行きましょう」
俺は振り返り布団で寝ている。2人を見る。涎を長し喘ぎ声を出し未だ快楽を貪っている。そんな2人とダリウスに心の中で謝罪をする。
少し怖い思いをさせてしまうから。
Side ダリウス
最初あの居間で勇実さんの身体から光が発せられた時本当に驚いた。以前も教会で祈りを捧げていた時、まれに神が近くにいるかのような感覚を覚える時がある。あれはまさにそれに近い感覚だった。まるであの場に神が降臨したのではないかという感覚が全身を包んだのだ。
だからこそ、この件は勇実さんにすべて任せようと考えた。あれほどの力を持つこのお方ならこの状況を何とかして下さると思ったからだ。ノーマンと卓さんが先ほどの居間に戻り、この部屋には勇実さんと私、そして一ノ瀬さんの3人だけとなった。
一ノ瀬さんは勇実さんが来てからどうも様子がおかしい。妙に勇実さんのやることに口出しをして隙あらば追い出そうとしている。その光景がどうにも不自然に思っていた。
「では行きましょう」
勇実さんがそういった瞬間。
「――お前たち、そのまま無事で居られると本気で思っているのか」
勇実さんの声が……先ほどとは違い重くのしかかる。まるで別人のように冷たい声色で心臓を鷲掴みにされた気分だった。物理的な重しを付けられたかのように身体が重く、どうして今も自分が立っていられるのかが不思議なくらいだった。
「まず、お前たちの手足を壊す」
そういうとさらに勇実さんの身体が大きく感じた。そしてそういうと勇実さんは驚きの行動に出た。なんと自分の右手で左腕を掴み、
目の前で何が起きているか理解できなかった。ただ、私の中には恐怖だけが生まれていた。いったいどれだけの握力があればあのように、まるで腐った枝でも握り潰すように自分の腕を潰すことが出来るのか。
「ああ。痛いな。皮が破れ、肉が千切れ、骨はかろうじて繋がっているだけだ。痛いな――
そういうと勇実さんは先ほど受け取ったペットボドルの水を潰れた左腕にかけ始めた。見るからに痛々しい腕だったが、そこで想像もしなかった奇跡が起きる。光が発光し、潰れた腕が徐々に元の形に戻り始めたのだ。潰れた筋肉が復元し、千切れた欠陥や神経が繋がり、まるで最初から何もなかったかのように皮膚も戻っている。
「これが何を意味するか分かるな。そうこれが今からお前たちの身に起きる現実だ。もう一度言おう――
先ほどと同じ言葉だが意味がまるで違った。ついさっき起きた事実が、目の前で起きた出来事が、脳裏に焼き付いている。
「指や腕、足を曲げてはならない方向に捻り曲げる。逃げるのは自由だがその状態で動けるのか? 最初俺の手に掴まれた瞬間、本能で感じたはずだ。これは絶対に助からない暴力なんだと。これから先に訪れるであろう自分の壊れていく姿を想像しその快楽に酔った顔が恐怖に引き攣るわけだ。だが、
一歩、勇実さんが前に出た。それに呼応するようにヤマノケに憑りつかれた2人は先ほどまでとは違う顔付きになっている。それはまるで――。
「俺はお前たちが想像した以上の痛みをその身体に刻んでやる。この腕のように傷を治し、もう一度同じことを繰り返す。何度でも、何度でも。お前が出ていくまで」
気づけば腰が抜けていた。まるで目の前に包丁を振り回す狂人がすぐ目の間にいるかのような絶対的な恐怖。それだけじゃない。勇実さんを見ていると自分の矜持を投げ捨てでもその場を離れたいと思ってしまっていた。
これ以上ここにいてはいけない。このままここに居たら自分は殺される。
逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ。
それだけが頭の中に狂ったように繰り返され、それと同じくらい心臓が暴れまわっている。下半身から漏れ出す尿の不快さなんてもう気にならない。どうにかここから逃げなければならない。そう思った時だ。
「あ、ああああああッ!!!」
一ノ瀬がまるで赤ん坊のように手と足を使ってその場から逃げ出そうとした。だが見えない何かに掴まれたように突然身体がその動きも止まってしまう。
「
後ろを見ずただそう言葉をこぼした勇実さんが恐ろしくて仕方ない。この状況下で唯一の救いは彼が後ろを振り向かなった事だろう。もし今の彼の目を見たら私は恐怖のあまり失神するだろうと確信していたからだ。
震える手で十字架を握り神へ祈ろうとするが頭の中にはただ恐怖と死にたくないという気持ちで溢れている。勇実さんがゆっくり足を進めるごとに彼から感じる圧力がより強大になっている。
声が出せない。すぐに止めるべきだ。このままでは2人が悲惨な目に遭ってしまう。だというのに声が出せず身体も動かない。そうして勇実さんは2人の手を握って上にもちあげた。
「手始めに手から行こう。神経が集まっている指は爪を剥ぐだけでその痛みは強烈だが、当然その程度じゃない。無事な指が1つとして残るとは思うなよ」
勇実さんの手によって持ち上げられた2人の手が震えている。よく見れば恐怖で顔が引き攣っている。必死に手を振り払おうとしているようだ。
「なんだその顔は。実体がないくせに恐怖を感じているのか? いやそうだったな。わざわざ痛みを感じる人の身体に乗り移っているんだった。本当に間抜けだよ。そら怖いんだろう。カウントしてやる。10秒後だ」
勇実さんのカウントが進むにつれさらに感じる圧迫感が強くなる。もう息をする事さえ難しい。分かるのだ。細胞の1つ1つがすぐにここから逃げろと言っている。
「6……5……4……」
声を出せ。止めるんだ。今なら間に合う。だがそう考える一方で声を出せば自分も同じ目に遭うのではないかと錯覚してしまう。それほどまでの恐怖が身体を支配していた。
「2……1……」
生涯これ以上の恐怖を味わうことはないだろう。そう断言できるほどの殺気が目の前の男性から溢れ出している。そして――。
「……0」
「「ギイィアアアアアアアアッ!!!」」
人とは思えない断末魔が響き渡り、2人の口から白い煙が出現する。それを待っていたかのように勇実さんは逃げようとするその煙を鷲掴みにする。すると煙が段々と形を成していき、次第に子供くらいの奇妙な形をした生き物に変わった。足が一本しかなく顔がのっぺりとした不思議な化け物。その首らしき部分を勇実さんは掴んでいる。
「いや……驚かせてしまって申し訳ないです、ダリウスさん」
「い、勇実さん。あ……あの」
「もちろん無事ですよ。ほら」
そういって2人へ視線を向けて勇実さんと同じように2人へ視線を移す。すると先ほどとは違い元通りの表情で気絶している2人の姿があった。勇実さんが掴んでいた手を見るが傷の1つもない。
「以前読んだ
その顔は先ほどまでと、まるで真逆のような雰囲気で少し照れた笑いをした青年の顔だった。
ーーーー
次でラストになります。
よろしくお願いいたします。
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