第118話 愛しく想ふ14

 日葵の部屋の中に入る。窓がすべて目張りされており光が遮った状態になっている。玄関からリビングまで物が散乱しており何か異臭がする。玄関で靴を脱ぎ廊下を進むと寝室の方に人の気配がする。ゆっくりと落ち着いた足取りで寝室へ向かうと二人の女性がベッドの上に座っていた。


 一人は連絡をくれた紬だ。何故か目を赤くして日葵を抱きかかえている。そしてその肝心の日葵はなぜか両頬が随分と赤く腫れあがっておりこちらも随分と赤く腫れた目で俺を不思議そうに見ていた。


「え? なんで勇実さんがここに」

「――改めて自己紹介をしましょう。俺は勇実礼土。霊能力者です」

「れ、霊能力者、ですか?」


 怪訝な様子で俺の方を見ている。ま、無理もないだろう。少なくとも日葵相手にはモデルとしてずっと接していたのだ。いきなり霊能力がある、なんて言われても鵜呑みにはできないだろう。


「大丈夫よ。実はね、ちょっと前に私もこの人に助けてもらったことがあるの」

「……紬さんがですか?」

「そ。実力は私が保証するわ。ね、だから信じて」


 紬がそういうと少しの間が空き、日葵はゆっくりと頷いた。とりあえず第一段階はクリアしたようで少しほっとした。


「では、状況を説明してください。日葵さん貴方の身に何が起きているのか」

「――はい。元々2週間くらい前になんかすごい嫌な視線を感じるようになりました。最初は外にいる時だったんですが、次第にどこに行っても視線を感じるようになって、最後の方は家の中にいてもずっと見られているような気がして本当に落ち着かなくなったんです」


 それは話を聞いている。例のストーカー疑惑が出た話だったはずだ。確かプロの探偵を雇っても犯人は見つからなかったと言っていたな。


「彩ちゃんが何とかするって言ってたんですが、それでもずっとその視線が消えなくて本当に苦しかったんですが数日前にピタリとその視線がなくなったんです」

「それは時期的に俺と初めて会った日からでしょうか?」

「え……そういえばそうだった気がします」


 なるほど。それなら辻褄も合う。ここまで俺の知っている情報と齟齬はないようだ。


「でも、その視線がなくなった後です。数日だけ何もない平穏だったんですが、今度は……夢を見るようになりました」

「…………夢、ですか」



 それか。俺が嫌な予感がした原因は。やはり今回の犯人は何をどうやったのか不明だが最初は生霊のような状態で日葵と接触、その後俺という壁が出来た事によって近づけなくなった。その次の手がそれってわけだ。



「どういう夢か教えて下さい」

「えっと……はぁ、はぁ――あの」


 そういうと両手で抱きしめるように身体を抱え震え始めた。そうとう苦しい思いをしているというのがよくわかる。だが今は少しでも情報が欲しい。間違いなくこっちはかなり後手に回っている。



「辛いでしょうが。どうか、お願いします。少しでも情報が欲しいんです」

「――さ、最初は5歳くらいの頃の夢でした。お父さんとお母さんと一緒に公園で遊んでいたんです。その公園は実家の近くにあった本当に実在している公園で私はそこで三輪車に乗って遊んでいました。私たち以外誰もいない公園だったんですが、ちょうど公園の入り口に一人の男性が立っていたんです。私はその人のこと見たんですが距離が離れていてその時はちゃんと見れませんでした」


 夢、子供の頃の夢か。そこまで聞く分には悪夢という感じはしない。まだ続きがあるはずだ。



「その次の日。また夢を見ました。今度は小学生の時の夢です。運動会でかけっこのリレーをしている場面でした。たくさんの父兄に囲まれて私は一番前を走っていたんです。ただふと気になって後ろを見ると明らかに大人の太った男性がいたんです。子供に紛れて一緒に走っていました。そしてそのさらに次の日。今度は中学生でした。学外行事で夜キャンプファイヤーをしていました。その火を囲うようにみんなで手をつないで踊っている所です。次々手をつないで踊るパートナーを変えていくのですが、ふと前の方を見るとまた太った大人の男性がずっとこっちを見てニヤニヤ笑いながら踊っているんです。後数人踊り続ければもう手が触れる。という所で目が覚めました」



 そうか、



「もうわかって頂けたと思いますが、私が幼少期だった頃の夢を見ていてそれには決まって一人の男性が夢に出てくるんです。幼稚園、小学生、中学生、そして昨日高校の夢を見ました。高校の文化祭で私のクラスは喫茶店をしていました。給仕をするためひとつのテーブルに近づいた時、その男性が座っていました。そして私の顔を見て――私は、私は……」



 今聞いた話を整理する。見ている夢の数は4回。しかも聞いた感じだがその男は夢の中で少しずつ距離を詰めて来ている。恐らく次が5回目。日葵の外見から考えると恐らくは20歳もいっていないだろう。つまり――。



「次、私が夢を見ると多分あの男の人に、私は捕まります。そうなるとどうなるのか考えるだけで怖くて、怖くて。それにあの男の人。前に握手会で私の髪を乱暴につかんだ人です」

「――待ってくれ、髪を掴んだ?」

「はい。すごい怖かったので覚えてます。以後出禁になっているのでそれから会っていませんでしたがあのニヤニヤ笑った顔は間違いないと思います」



 頭の中に最悪の可能性が過る。もしその男が犯人で、その時髪の毛を入手していたら。もしそれをまだ持っていてそれを今回の犯行に使ったのだとしたら。――まずは確かめるべきだ。



「日葵さん目をつぶってください。少し額に触りますよ」

「え、は、はい」


 日葵が目を瞑ったの見計らってこの部屋に俺の魔力を一気に展開した。護衛の時に纏っていた魔力の大よそ数倍違い魔力量だ。そしてそのまま人差し指で日葵の額に触れ、同様に日葵の身体に魔力を少しだけ流し込んだ。


 まずい、やはりそうか。この周囲に魔力を満たしても反応はない。だが日葵に微力な魔力を流した所妙な気配が日葵の中に存在している。まるで全く違う人の気配がそこにあるかのように。これは霊の憑依とも違う。完全に日葵の身体の中に根づき始めている。これを無理やり追い出そうとすると日葵の身体に大きなダメージを与えかねない。


「勇実さん、どう? 大丈夫なのよね……?」

「――かなり拙い所まで浸食されています。これは間違いなく”呪い”です。恐らく犯人はその握手会の時に得た髪の毛を使って何かしらの呪いを使っていると思います」

「そ、そんな! でも私の時みたいに返せるんでしょッ!?」

「返したくても日葵さんの身体の一部が向こうにあるからかなり厄介な呪いになっています。身体の一部が手元にある場合、その一部を媒介に直接呪いの力をぶつける事ができるんです。しかもこの呪いは呪った術者本人が呪った相手に憑りつこうとする意味の分からない呪いだ」

「それって……どういう意味ですか……?」



「日葵さんの身体の中に犯人の――恐らく犯人の魂の一部が入り込んでいます。だから呪いを返せば当然犯人の本体に返せますが、恐らく――」

「日葵の方にもまた呪いの反動が行くってこと……?」

「ええ。日葵さんと呪いの縁を断ち切ることもできますがそれをしても既に入り込んだ犯人の魂は残るでしょう」


 だから厄介なんだ。返しても返した呪いの一部がまた日葵の身体に行く。これじゃ意味がない。呪いの痕跡を辿り犯人の居場所を辿ることはできる。犯人の元に行き、まず呪いの大元を消し去る。うまくすればそれで日葵の身体の呪いを消し去ることが出来るかもしれない。かなり賭けに近いがもうそれしか――。



「そ、そんな、私……どうす……れば」

「ッ! 日葵ちゃん!? 勇実さんッ!」

「もう意識を保つのも厳しい状況か」


 どうすればいい? 考えろッ! やらなければならないのは2つ。呪いの大元の抹消。日葵の身体の中の呪いの消滅。大元を消せば身体の呪いも消える可能性がある。だが確実ではない。出来れば両方を同時に行う必要がある。だがどうやって日葵の身体の中の呪いを消せばいい? 強引に魔力を流してもここまで絡みついていると内部を破壊してしまう。どうにか霊のように日葵の身体に憑依でもして侵入出来れば――ッ!



「紬ッ! 今から見る光景は全部忘れろいいな!」

「ちょ、何言ってんの!? って――勇実さんどこに行ったの!?」



 周りに気を使っている時間はない。姿を消す最低限の処置だけしてベランダから魔法を使い全力で移動をする。身体を光に変換し目的にまで一直線に移動する。隠し切れない魔力が洩れ光の筋となっているがこの際気にするな。目的の建物の2階の窓から同じように転移で内部に侵入。すぐに以前の記憶を頼りにこの白い部屋を走りそして辿り着いた。




「――借りを返してもらうぞ。陸門道行むつかどみちゆき




 牢屋の中、ただただ真っ黒な人影がゆっくりと俺の方を向いた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る