第116話 愛しく想ふ12
Side 菅野彩
灰色のような人生だった。ただ言われた通り勉強を頑張り良い学校へ行くことを親に強制されクラスメイトと遊ぶことも、一緒にご飯を食べることもなくなりただ授業の予習と復習を繰り返し、家に帰っても机の前に向かいペンを走らせる。そんな学生時代だった。部活動に入る事も許されず常にテストの成績と点数だけを意識する。今流行りのドラマを見るとこもなく、音楽を聴くこともない。私がクラスメイトと共通の話題がなくなるのも時間の問題であり、気づけば私に話しかける人は誰もいなくなった。
親の希望通り県内で一番有名な大学へ入学。そこで一人暮らしをするようになってようやく両親の束縛から解放されたのだが結局私には勉強しか手元に何も残っていなかった。同じ講義を受けた同級生と話すこともない、同じサークル活動をした人と話しても高校時代授業の受け答え以外ほとんど話さなかった私には何を話せばいいのか分からず相手を困惑させた。
皆が楽しそうにキャンパスライフを過ごしているのを見ると本当に自分の人生は何だったのかと考える時間ばかりが増えてきた。彼氏を作れば何か変わるかと思い、同じ講義を受けている比較的会話が成立した相手に告白をしてみたが見事に玉砕した。
それもそうだろう。なんせ私は同じ服を何着も購入しただ着まわしているだけであり化粧すら碌にしたことがないのだ。これほどまでにダサい恰好をして碌に会話すら怪しい人間と誰が付き合いたいと思うだろうか。
ますます自分の存在価値が分からなくなり私は講義にもいかず部屋に引きこもるようになった。もうこの無意味で無価値な自分の人生を終わらせるべきかと真剣に考えた時、たまたまつけていたテレビ番組で私は彼女に出会った。
「
カメラの前で元気いっぱいにそう話す彼女を始めてみた。最初はとてもかわいい子だと思った。私なんかと違いきっとみんなから愛される存在だと思った。でも何度も番組で出るようになりバラエティなんかで登場する頻度が増えて私は本当の彼女が分かってきた。
彼女は本当は人と接するのが苦手なんだ。
いつも番組で芸人さんと話す時、必ず一度視線が泳ぎ、何か話す時も深呼吸をしている。一生懸命元気で明るい子を演じているが根っこは私と同じで人とどう接していいのか分からない。そんな普通の子なんだと理解して私はこの子に会ってみたいと思った。
幸い会う方法はある。CDに付属されている握手券を入手する事だ。調べた所だと1枚5秒だけ話せるそうだ。そのため長く話したい人は何十枚と購入するらしい。
話してみたい。でも実際会って何て話せばいいのか分からない。そんなジレンマもあり私はCDを3枚購入して握手券を3枚手に入れた。
当日の握手会場は長蛇の列だった。ほとんどが男性のファンばかりだったのだが中には私のように女性で参加している人もいるようだった。何時間と並び私はようやく四季日葵のいる場所まで辿り着いた。手持ちの握手券を係の人に渡し15秒間だけ握手して話す時間が手に入る。
そうして私はようやく生の四季日葵に出会った。彼女はとても可愛らしい笑顔で笑いかけ私の手をぎゅっと握ってくれる。その時彼女がこう言ってくれた。
『いつも応援ありがとうございます!』
誰にでも言っている定型文だ。そんなことは分かっている。でもその言葉すごく私自身に響いたのは確かだ。
それからの私は変わった。目標ができたのだ。彼女のように誰かを励ませる存在を支えたいと考えたのだ。自分の容姿はよくわかっている。私は彼女のような人を笑顔にする才能に恵まれていない。だから人々を笑顔にする彼女を、彼女のような存在を支えたいと思った。
化粧を必死に覚え、最近の流行にも目を光らせ休んでいた大学の講義も出るようになった。まだ人と話すのは得意ではないが、それでも必死に自分を磨きアイドルたちを支えるマネージャーという役職に就くために必死に努力し私はアウロラ・プロダクションへ入る事ができたのだ。
アウロラ・プロダクションを志望した理由は当然、四季日葵が所属しているからだ。彼女のマネージャーでなくても同じようにアイドルを支えたいと思い必死に仕事を覚えるように努力した。
事務所に入り華やかだと思っていた芸能界の裏側も垣間見た。あれほどメンバー同士仲が良いと思っていた
ファンからの人気もあった事がより他のメンバーの嫉妬も買っていたのだろう。ファン投票で順位が上がることに比例するように嫌がらあせも多くなっていた。
一度その事を事務所に報告したそうなのだが、普段内気で人と話すことを全くしない日葵の話と普段愛想がよく、誰にでも笑顔を振りまける他のメンバーではスタッフの信用も違っており誰も日葵の話を真剣に聞く人などいなかったのだ。
日葵がそんな中で卒業という道を明確に決めたのは握手会で起きたある事件が切っ掛けだ。とある男性ファンが突然日葵の腕を強く引き頭を掴んだのだ。すぐに悲鳴を上げ日葵は逃げようとしたが男が力強く腕を掴んで離さなかった。すぐにスタッフが割って入ったがその時日葵はもう限界だったそうだ。下手に人気があったために卒業という事に事務所は反対した。だがメンバーからのいじめや先日の出来事などを理由に卒業できないなら今すぐ事務所を辞めて引退するという話までしてようやく既に契約が決まっていた仕事などを熟して卒業の発表に至った。
その一連の騒動もあり日葵が卒業する頃には
日葵を虐めていた
どうしても落ち目になりつつある日葵は油断していると企画会議などの段階でかなり酷い役割を押し付けられそうになるため打ち合わせなども積極的に同席し出来るだけ日葵が傷つかないように注意していた。そんな中でようやく仕事が軌道に乗り始めた時、日葵から相談を持ち掛けられた。
嬉しかった。日葵が自分を頼ってくれたのが本当にうれしく私はその相談を聞いた。それは最近視線を感じるという話だった。すぐにストーカーだと確信した。事務所に報告すればまた何を言われるか分かったものじゃない。だから私は自費で探偵を雇いストーカーを探し当てる事にした。だが数日の調査でも犯人はいないという答えになった。その期間も日葵はずっと視線を感じると訴えていたというのに。
費用をケチって小さい探偵会社に頼んだのが失敗だと考え次は大手の探偵事務所に依頼をした。だがそれでも結果は同様だった。しまいには心の病気だと言われる始末。そんな中に事務所でもお世話になっていた佐藤さんにこっそり相談したところ今回の勇実礼土という霊能者を紹介されたのだった。
「大丈夫? 彩さん」
「え? あ、うん。ごめんね大きな声出しちゃってびっくりしたでしょ」
控室に戻り心配させてしまった日葵の傍に座る。まだ少し目が赤い。
「ううん。きっと彩さんは私を心配してくれての事なんだよね? でも彩さん私……」
「大丈夫よ。忘れて。最近ずっと例のストーカーに悩まされてたしきっと疲れが出てるだけだわ。今日はもう帰って休みましょう」
「……うんそうだね。そうする」
その日はタクシーを捕まえ帰宅した。日葵が安心して今日は眠れるように祈って。
だがその祈りは届かなかったことを早朝の日葵の電話で私は知る事になった。
体調不良を理由にその日の仕事はすべてキャンセルし私は日葵のマンションへ急いで向かった。貰っている合い鍵で扉を開け中に入る。朝だというのに部屋の中は薄暗い。カーテンが閉じているからではない。窓をすべてガムテープで目張りしているからだ。完全に光が入らないその部屋で私は日葵がいる寝室へスマホのライトを頼りに移動した。
「日葵?」
「ぐすっ――もう嫌だよ」
日葵の寝室に行くと妙に甘い匂いが漂っている。まるでジュースをこぼしたような、そんな臭いだ。だが一旦それは気にせず、私は小さくか細い声が聞こえ方向に移動した。足元が確認できないため何か缶のような物を蹴りながら移動し日葵の元にたどり着いた。
「日葵ッ! 大丈夫!?」
「彩さん――またあの人が出た。昨日より近づいてきてるの! どうしようこのままだと距離が縮まったら私どうなるの?」
かすれた声でそう叫ぶ日葵を抱きしめる。どうすればいいのか分からない。ただの夢? それにしては連続で見るなんてあり得るの?
「ま、まず電気を付けましょう。こんなに暗いと足元も見えないわ」
「いやッ! 電気をつけてあの人に見つかったらと思うともう私怖くて……」
「大丈夫。今日から私も一緒にここに寝泊りするわ。ほらそうすれば日葵は一人じゃないでしょう」
そういって手探りでこの部屋の照明のリモコンを探し全灯のボタンを押し、その部屋の様子を見て絶句した。
綺麗に整頓していた寝室はひどく汚れていた。至る所にエナジードリングの空き缶が落ちている。中にはまだ中身があるのだろう。それがこぼれ床に液体がこぼれている。
「寝るのが怖いのッ! 寝たらまたあの人がくる! もうちょっとした寝落ちでも夢を見るようになっちゃったのッ! ねぇこのままだとどうなっちゃうの!? 助けてよ……彩ちゃん」
やつれきった日葵の姿を見て私はどうすればいいのか分からず目の前が真っ暗になった。
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