第96話 赤く染まる8

「はぁ……なんですそれ」


 俺は最近お気に入りの漫画を読みながら目の前の望まぬ来客の相手をしている。栞とか利奈が相手してくれればいいのだが、既に夜の帳がおりている闇の時間のため既にここにはいない。だというのにこんな遅い時間に何をしにきたんだ。それにしても面白いなこの呪術戦線。同じく霊を祓っている立場だから妙な親近感が湧いてくる。今度俺も領域展開とか言ってみるか? 多分それっぽいのは演出で作れるだろうし。


「だから、星宿せいしゃくっていう団体だって言っているでしょう」


 そういいながらテーブルの上に置いてあるお菓子を摘まむ七海紬。こいつ忙しいんじゃないのか? 実は暇なんだろうか。


「いや、その星宿なんて知りませんよ。どこかの宿ですか」

「だから宗教団体って言ってるでしょ」

「宗教団体ねぇ……」


 確かこの世界は多宗教で様々な信仰がある。日本で有名なところだとキリスト教、仏教、神道の3つか。あくまで有名なものであり細々とした宗教が様々に存在しているようだ。前の世界では神といえばあの糞爺と邪神だけだったが、この世界には数多の神がいるみたいだからね。となればその分信仰も多岐にわたるってもんなのかな。


「その星宿っていうのがどうしたんです?」

「もう聞いてなかったわね――その星宿が今ある人物を探しているって話よ」

「ある人物?」


 なんやそれ。そんな宗教サークルが探す人物と俺になんの関係が――。


「……はい?」


 多分俺はこの上なく馬鹿面をしていただろう。鏡でみたいくらいだね。いや見ないけどさ。


「だからレイ・ストーンよ、レイ・ストーン。私のお父さんの治療をしたマッサージ師。なんでも星宿がそのレイって人物の勧誘をするために探しているらしいわ」


 はぁ????? 意味がわからんぞ。俺はそんな宗教サークルに興味なんてないんだが……。


「理解に苦しむね。彼はしがないマッサージ師だ。そう施術士オーメンのように気高い心で人々を――」

「まぁ半身不随を治したっていう奇跡のマッサージ師って形で伝わってて結構躍起になって探してるみたい。だから気をつけなさいって話!」


 ぬぅこの一族は悉くこっちの話を遮るな。まぁ今はオーメンより呪術戦線にハマっているからいいんだけどさ。というかどこからそんな話が……。


「――ごめんなさい。どこで聞きつけたのか分からないけどお父さんの身体が治ったのをしった星宿の教徒みたいな連中が実家に来たの。その時自分たちの力で治ったんだから更なるお布施をって言われたのをお父さんがキレちゃって、自分はレイ・ストーンというマッサージ師の力で治ったんだって言っちゃったみたいなの。本当にごめんなさい」


 そういってゆっくりの紬は頭を下げた。


「いや気にしないでくれ。別に彼も口止めをしていなかったのだろうしその辺は何とでもなる。それより紬さんの家族は大丈夫なのかい」

「ええ。その件もあったから実家は引っ越したの。――あの大量の霊感商品と一緒に……」

「――――マジ?」

「――マジ」


 そりゃすごいな。ちょっとした大騒ぎだったんじゃないか? あそこちょっとした聖域みたいな感じになってたんだぞ。


「ま、まぁとりあえず引っ越しも済んだしこっちは平気よ。ただあの連中が貴方を探しているっていう事だけは伝えたくて」

「そうか、ありがとう。彼にも伝えておこう」

「……はぁいつまでそんな子芝居するのよ。っていうか人と話してるのに本読むのやめてくれない? もうさっきっから何読んでるのよ」


 紬はそう言いながらお菓子を摘まんだ手で俺が開いている本を指さす。いや、我が物顔で事務所に来てお菓子を食ってる君もたいがいだと思うんだがなぁ。


「何ってそうだな。呪いを題材に扱っている本だ。読むかい?」


 残念ながら栞も利奈も漫画を読まない。出来ればだれかと共有したい。この漫画のあのシーン面白いよねって語り合いたい。最近はそんな欲求が少し出てきている。俺がそういうと紬は少し驚き目を伏せがちに言った。


「やっぱり私みたいに誰かに呪われるって事件多いの……?」

「ん、そうだね。俺も経験が多い方じゃないけどそれなりにあると思う。人を思う気持ちがプラスに傾くことも、マイナスに傾くこともある。人の感情は制御できないよ」


 俺の感覚としては死後に人を恨む気持ちが怨霊となり、生きて人を恨む気持ちが呪いに転じているような気がする。死者か生者か。これだけの違いだが大きな違いにもなる。


「俺が読んでいるこの本によると呪霊という存在もいるらしい」

「普通の霊と何が違うの……?」

「さてね……だからこうして俺は知識を高めているんだ」

「すごいわね。そんな専門書まで読んで勉強しているなんて」


 良くわからないがこれは遠回しに紬も漫画を読みたいというアピールなのだろうか。まぁこの際誰でもいいぜひ語りたい。俺は黒いハードカバーで包まれた漫画を閉じてテーブルに置いた。


「どうだ。試しに読んでみるか?」

「止めておくわ。私じゃ絶対に分からないし。それにもう呪いなんて懲り懲りよ」


 そういって黒いカバーに包まれた本を俺につき返してくる。無念だ、漫画友達を増やすことが出来なかった。こうなればこの漫画をお勧めしてくれた太陽君とどこかで話す時間を作るしか方法は――そう考えた時、俺のスマホが震えた。


「ん、誰かな」


 そう言ってポケットからスマホを取り出す。ディスプレイには『大連寺』という名前が表記されていた。


「珍しいな、こんな時間に……どうしたんだ」

「仕事の電話みたいね、じゃ私はもう行くわ。くれぐれも気を付けてね」

「ああ。帰りは大丈夫か?」

「私を誰だと思ってるのよ。痴漢程度なら撃退出来るわ」


 そういうと紬は立ち上がり玄関の方へ歩いて行った。念のため簡易的な魔法防御だけ張っておこう。帰るまでは持つだろうさ。魔法を行使し俺は電話を取ることにした。


「もしもし、お久しぶりです」

『夜分にすまないね、勇実殿』


 電話越しで低く響くような声が聞こえてくる。大蓮寺さんと最後に会った時は随分叱られたため少々気まずい。やはり道行は残しておくのは拙かったようだ。まぁ後悔はしていないが。


「はい、ちょうど読書していましたので大丈夫です。今日はどうされましたか」


 大蓮寺さんはあまり無駄話を好むタイプじゃない。ストレートに用件を聞いた方がいいだろう。


『すまない。実は勇実殿に依頼したい事があるのだ』

「――急ぎのようですね」


 大蓮寺さんの声色に余裕がない。緊急の要件とみて間違いないようだ。


『実は儂がまだ若造の頃に世話になった場所から緊急の依頼の電話を貰ったのだ。だが内容を聞くにどうも儂と相性が悪く、既に人の命も危険な状態らしいのだ。――誠に申し訳ないが儂の代わりにこの依頼を受けてくれぬだろうか』

「大蓮寺さんと相性の悪い依頼……ですか。もしかして――」


 恐らく、というかそれだろう。大蓮寺さんの力は封じる力と聞いたことがある。前の道行のように手に負えないという訳ではなく相性が悪いという事であれば恐らくは――。



「呪い、ですか」

『ご明察通り。流石勇実殿だ。ただ今回の呪いはどうも聞く限り呪者と思われる人物が既に死亡しているらしい。それゆえただの呪いよりも少々面倒なようなのだ。詳しい話は現地で聞いてほしいのだが、どうだろうか』

「行きましょう。大蓮寺さんには借りがありますからね」


 そう、大蓮寺さんがうまい事話したお陰で道行の件はうやむやになっている。随分と大きな借りだ。


『それを言ってしまえば元々は儂の未熟さ故の話だ。それを理由にはしないでもらいたいものだ』

「それ以外にも大蓮寺さんには色々頂いたものがありますからね。任せて下さい」

『……すまない。住所はこの後すぐに送ろう。何かあればいつでもいい連絡をしてくれ。事前に向こうの住職には連絡を通しておく』

「わかりました。ではすぐに行きましょう」




 夜という時間は都合がいい。住所を確認し魔法を使い高速移動で現地へ移動した。場所が分からないかと思ったが、なるほど。妙な気配がする。あっちか。

 寺の中に入り違和感の感じる場所へ移動。どうやら本堂の中にいるようだ。扉を開け、簡単な自己紹介をしお経が唱えられている中を歩いて依頼人に近づく。ってあれ、一人見た事ある奴がいるんだが……まぁ後で話を聞こう。




 手を叩く。それと同時に魔力を周囲に展開するように広げまずはこの周囲を守ように結界を構築する。


「なんと……」


 お経を唱えていたお坊さんたちが周囲に舞う光に見惚れている。ここまで驚いてくれるとやりがいもあるというものだ。気づけば手を合わせて拝んでいた依頼人たちも周囲を見回している。根本的な解決にならないがこれで一先ずの危機は去ったはず。この周囲は俺の魔力で満ちている。呪いの入る隙間なんてありはしない。


「これで一応は大丈夫です。安心してください」


 俺の言葉を聞いて依頼人たちはほっとしたように涙を流したがまだ終わっていない。


「さて完全に呪われているのはこの3人ですね」

「え、いや。呪いを受けているのは寝ている子とそこのワイシャツを着ている男性の二人です」


 かなりの高齢の住職がまだ完全に驚愕した表情から回復していないが俺の質問に答えてくれた。


「いえ、違います。。恐らくその寝ている彼の次はそこの金髪の彼に呪いが回るはずです」

「ちょ、ちょっと待ってください! なんで俺は大丈夫なんですか?」


 そう俺に言葉を投げたのは男の顔を見て俺は確信した。彼は以前俺が道に迷った時に助けてくれた人だ。


「俺の事は覚えていませんか? ほら、道を聞いた」

「え……あ、そういえばあの時の外人さん……?」

「そうです。道を教えてくれたお礼として俺はあの時あなたを呪おうとしていた縁を断ち切り呪いを返しました。言ったでしょう、あまり変な所に行かないようにって」

「もしかして、お礼ですって言っていたあれが……」


 俺がそういうと思い出したのだろう。まったくこんなところで再会するとは思わなかったし、あの時はまだ小さな呪いだった。精々誰かに恨まれる程度の大きさだったはず。それがここまで大きくなるとはね。俺も勉強不足だ。


「さて、詳しい事情を聞かせて下さい」



 そうだ、ここからが本番だ。





ーーーー

明日も投稿予定ですが、土曜日から不定期になるかもしれません。

申し訳ないです……。

出来るだけ間を開けないようにがんばります。

 

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