第47話 伝承霊14

 さて、ようやく頭が回るようになった。

腹が立つがこれもいい経験になったな。元の世界では呪術という名称の技術はあっても、実際は魔法を応用した術式に変わりはない。

だが、この世界の呪術という奴は魔力もなしに他人に危害を与える事が出来るようだ。

まぁそれなりのリスクがあるようではあるがね。

以前いた世界では寝ていようが常に一定の魔力を身体に纏っていた。

そうする事で、五感も強化され、暗殺なんかの対応も楽に出来たからだ。

だが、この世界に来てそれをやめていた。

もちろん、転移当初は同様に魔力を纏っていたが、こちらの世界では魔力も何もない普通の人間が多い。

何かしら悪影響があるかと思い、無意識に魔力量を減らしていた。

まったく、平和ボケしていたって訳だ。

勇者ともあろうものが情けない。まぁ元だけどさ。




 身体に魔力を満たす。身体の中からまるで熱が放出されるかのような感覚と同時に乗り物酔いの感覚が消えていった。

っていうかこの匂いって田嶋の車の匂いじゃねぇだろうな?

よく考えたら最初に乗り物酔いしたのも田嶋の車だったな……

いや、深く考えるのはやめよう。タクシーだって似たような匂いしているし、新幹線だってそうだ。

つまりこの世界の乗り物とはとことん相性が悪いって事でいいさ。


 廊下で倒れながら俺を睨んでいる区座里を見る。

その顔は何かに驚愕しているようでもあり、何かに怒りを感じているようでもある。

こいつは後でボコるとしてまずはアレを何とかしよう。

部屋の天井付近に泳いでいる魚の模型。

まるで生きているかのように空中を泳いでいるあの魚からどす黒いオーラのような物が煙のように出ている。

まずはあれを破壊しよう。

そう考えた時だ。



「ま、待ちなさい! まさかリンフォンを封印しようとでもしているのですか? だとすれば無駄です。一度起動したリンフォンを封じる事なんてどのような力の強い霊能者であっても――」

「ん? いや壊すけど」


 封印とかできんし。

ってか壊す方が楽だし。


「ッ! ――こ、壊す、ですって? 馬鹿なッ! 不可能だ、あれは既に地獄そのもの。術者の私ですらあれを止める事は出来ないのですよ!」


 知らんわ。

いつもの指パッチンを行い、魔力を放出する。

発せられた閃光があの魚を捉え、俺の魔力により光子が付着した魚から光の刃が出現する。

10個以上のバラバラの木の欠片になったと思った瞬間、あのリンフォンとかいう魚が放っていたオーラが一瞬強くなる。

そして、黒いオーラの中から何かがすごいスピードでこちらに向かって飛び出してきた。

それは黒い鷹だった。

気のせいか少年が最初に持っていた鷹よりも一回り大きくなっているように思う。




「まぁ関係ねぇけどさ」


 魔力を込めた右手で飛来してきた鷹を思いっきり殴り飛ばした。

ぐちゃりと、大よそ木が鳴らすような音ではなく、何かの生き物を殴ったような感触を感じる。

魔力を込めた俺の拳を受け、また黒いオーラと共に鷹は粉々になり飛び散った。

普段は魔法戦が主体なのだが、流石にストレスが溜まっていたため、思いっきり殴り飛ばしたくなったのはご愛嬌だ。


 

『■■■■■■――』



 声にもならない悲鳴のような物が聞こえ、また黒いオーラの中からさらに大きなものが出現した。

身体は俺よりデカく、もうどう見ても木製ではない黒い熊のようなシルエットの化け物。

それが鋭い爪を立て俺に攻撃を放ってくる。



 普通の人間が受ければ間違いなく身体が二つ以上に別れるであろう攻撃。

そんな攻撃を俺は虫を払うかのように左手で迫りくる攻撃を弾く。

そして右手で熊の頭を掴み、思いっきり床に叩きつけた。



 って床が割れた!?

やっべ、どうしよう。色々ムカついていたからストレス発散で殴ってたのが失敗だった!!

どうしよう、この熊がやったって説明出るか!? 思いっきりこの熊の頭が床にめり込んでるけど、それで言い訳出るのか!?

あれ、これ弁償か? そう俺が冷や汗を流していると区座里の叫び声が聞こえてきた。



「いいのですか! そのリンフォンは確かに僕が作った作品だ! でもリンフォンの地獄の門を構築していたのは太陽君です! それを破壊すれば太陽君にまで被害が及ぶのですよ!」


 この世界の呪術というのは危険なリスクを伴う。

呪いに失敗した場合は、それが術者の元に帰ってくるというものだ。

では、今回のリンフォンはどうなのだろう。

元々のリンフォンを作ったのは区座里、完成させたのは少年。つまりリンフォンを破壊した場合この二人に呪いの反動が帰ってくる可能性があるという事か。

そうか、呪いが帰るのか。



 俺はさらに魔力を周囲に拡散する。

そして今度はこの場にいる区座里を除いた人間すべてに俺の魔力で身体を覆った。


「な、なんですか。彼らの身体が光り輝いている?」


 以前、栞に使った時の結界とはわけが違う。

俺が纏っているものと同等の魔力で身体を覆ったのだ。

さっき間抜けにも乗り物酔い地獄に巻き込まれた時とは違う。

俺が向こうの世界で戦っていた時と同様の魔力量だ。



「まて、話を聞いていなかったのですか!?」

「聞いてるさ。何安心しろ、今なら吸血鬼の攻撃だってそよ風みたいに耐えられるぜ?」

「何を言って――」


 そういって俺は床にめり込んでいる熊を見ながらもう一度指パッチンをした。

黒いオーラを出している熊の身体から幾重もの光の棘が生え、そして次第に身体を覆っていく。


「”閃光の棘フラッシュ・ニードル”」



「ぐぁああああッ!!!」



 消滅した熊の代わりに区座里の悲鳴が木霊する。

見ると、血が廊下に流れ、数本の指が足元に転がっていた。

なるほど、アレが呪いの反転って奴か。


「ば、馬鹿な。なぜ、太陽君には何の反動もッ……!?」

「俺の霊能力で呪いからガードしたのさ」


 多分、そんな感じだ。

どのみち念のためそれなりに魔力を込めたんだ。呪いの反動程度は打ち消せるだろう。


「そんな、ありえない。一体、どれほどの力があれば……」



 さて、少年たちは大丈夫だろうかと思っていると、九条夫婦が意識を取り戻したようだ。

もっとも少年は気絶していたようだし、しばらく目が覚めるまで時間が掛かりそうだが。


「身体が、なんだこの痛みは、私は一体……」

「え、ええ。一体何が……た、太陽! 大丈夫、しっかりして頂戴!」

「な、何! おい、大丈夫か!」


 取り乱している二人に俺は近づき、状況の説明を簡単に行った。

最初は大分混乱していたようだが、この部屋の状況、廊下で血を流している区座里など含め、すべて本当の事を説明した。

流石に霊が原因で霊能者を呼んだだけあり、素直に状況が理解出来たようだ。


「つまり、リンフォンという呪いの道具と勇実さんが戦ってくださったという事ですね」

「ええ、そうです。とりあえず安心して下さい。皆さんの身体を俺の霊能力で守っているのでこれ以上危険が迫る事はないでしょう」

「あぁ、なんとお礼を言ったらいいのか。まさか、壁をここまで破壊し、この部屋の床まで壊すような凶悪な呪いを祓ってくれたなんて」

「えぇ。あそこまで暴れるとは思わず、。申し訳ないです」

「いえ、いいのです。息子が無事だったなら何も問題ありません」


 よぉし。何とか弁償コースは回避だな。

やったぜ、社長。事務所の負債はこの勇実礼土が防ぎましたよ。

そう心の中でガッツポーズを取っていると廊下から狂気じみた笑い声が聞こえてきた。



「は、ははは、アハハハハ!!! 素晴らしい! ここまで非常識な力は初めてみましたよぉ」


 九条達は大丈夫だろう。

俺はまた何かを企んで居そうな区座里の元まで移動した。


「あぁ本当はもっとあなたの事をもっと理解したいですが、どうやらここまでのようだ」

「まさか逃げる気かい?」

「いえいえ、そんな事はまったく。ただ、ちょっとした賭けに出ようかと思います」

「賭け?」


 どうみても詰んでいるようにしか見えないのだが、まだ何かあるのか?


「えぇ。勝率は五割程度ですが、まぁこういうのもありかなって思うんですよねぇ」


 そういうと区座里は懐から何か腕輪のような物を取り出し自分の腕に嵌めた。

そして、さらに大きなナイフを取り出す。

まさかそのナイフで襲ってくるつもりだろうか。

言っておくが、その程度のおもちゃで俺の肌に傷が付けられると思わないで欲しいな。

そう思っていると突然、そのナイフで自分の首を切り裂いた。

赤い血が噴き出し、廊下をさらに赤く染めていく。


「きゃあぁあああッ!!!」



 後ろから九条の奥さんからの悲鳴が聞こえる。

それにしても、――ふむ、自決か。

向こうの世界では犯罪者がよくやる手だ。

捕まった場合、犯罪の度合いによってくるが基本的に拷問した後に処刑なんてよくあるケースだ。

そういう事を理解している犯罪者たちはよく捕まりそうになると自決する。

今回もそういう意味合いだったのか?

いや、この世界に拷問なんてする警察がいるとも思えない。

であればなんの――



「これは……」


 屋敷の壁が、窓ガラスが、テーブルが、様々なものが揺れ始めた。

まるで地震が起きているかのような振動。だが、これが自然現象ではないのはすぐに分かる。

区座里が死んだことにより、この屋敷の霊の存在感が一気に増した。


 あぁなるほど。

区座里はこの屋敷にあらゆる呪物を設置していたと大蓮寺は言っていた。

表向けには八尺様から守るための結界らしいが、この結果から考えるに、全部ろくでもない呪物だったという事なのだろう。

うめき声のような声が聞こえ、何か様々なものがこちらに近づこうとしている気配を感じる。

さて、このまま脱出してもいいんだが、放っておいて良いものではないだろう。



「九条さん。一つ質問を」

「な、なんですか! この揺れは、区座里は死んだのではないのですか! まさか、区座里の怨霊が!?」

「九条さん、落ち着いて下さい」


 俺は九条の肩に手を置き、目線を合わせてゆっくりと話しかける。



「九条さん、一つ質問を、貴方は自分の家族とこの屋敷。どちらが大切ですか?」


 俺の目を見て、少し落ち着いた様子の九条は少し間を置きはっきりとこういった。



「家族です。そのためなら、こんな屋敷。なくなってもいい」

「いい答えです。そのまま床に座っていて下さい。そして目を閉じて。眩しいでしょうからね」

「は? 勇実さん! 一体何を!?」

「簡単ですよ、すべて祓います」





 正直、この屋敷に置かれている呪物の数は計り知れない。

簡単に探知しただけでも20個以上は何か霊的な力を感じる。

流石にそれらすべてに俺の魔力を付着させ、破壊するというのは手間がかかる。

数個程度なら新幹線の時と同じ要領でやれるだろうが、数が多すぎる。

だから、こうしよう。




 俺は魔力を放出させ、右手を天井に向けて突き出した。

周囲に俺の魔力が満ちていき、光の粒子が渦を巻くように回転している。

範囲は屋敷周辺のすべての霊。

どうやら屋敷にはここにいる人しかないようだし、屋敷の外にいた守衛の人達の気配もないから逃げたのだろう。ついでに外にいる大蓮寺の近くの霊も祓っておくとして、さてこれで遠慮する必要はない。


 すべての呪物を破壊するのは面倒だし、隠れているのがあるかもしれない。

九条本人の許可も貰ったし、いいだろう。

多少の被害は仕方ない。そう仕方ないのだ。



「”閃光極射フラッシュ・インジェクション”」



 



 周囲の光がすべて天へ向かって噴射される。

巨大な光が屋敷と庭を覆い、俺の魔力に反応するすべての物体を光で包み破壊する。

一瞬の光、それが収まると、美しい洋館だった屋敷は消え去った。

あるのは周囲の僅かな壁と床のみだ。

瓦礫もない、すべて消滅させた。

これなら隠してある呪物もろとも破壊できたやろ。

いやぁ山奥の田舎で本当に良かった。都会だったら絶対できなかった裏技だよね。



「一体、何が…………」


 息子を庇い、ゆっくりと九条は顔を上げて、その光景を顎が外れるのではという驚愕の表情で見ていた。





 ま、まぁ許可取ったし。

大丈夫大丈夫。……だよね?





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