第45話 伝承霊12

Side 大蓮寺京慈郎


 屋敷の外に出て何度目かになる庭を歩く。

守衛達の不審者を見るような視線を無視し、近くの銅像に近寄った。

手で触れるが八尺様の気配は感じない。


(違うか……)


 一通り屋敷の周囲は見て回ったがこれといって怪しい物はなかった。

分かりやすい場所に置いているとは思っていなかったが、こうなってくると虱潰しに調べる必要が出てくる。

地蔵かと思ったが違ったか? もう少し拡大解釈して石で出来た人型の像と考えてみるべきかもしれん。

常備している痛み止めが効いているため歩くのに支障はなくなった。

どうしても儂の除霊方法では長期戦に向いていない。

そのため確実に祓えるようになるまで、普段は常備している護符などを使用しているのだが、今回は流石にそうもいかない。強力な怪異であり、確実に放っておけば甚大な被害が出るのは目に見えている。

八尺様を祓うのは当然として、何とか区座里が絡んでいるという証拠を確保しておきたい。

正直、証拠を押さえようがあの手の輩を警察に突き出すのは不可能だ。

法というのは心霊現象を裁く事が出来ない。

つまり、区座里を法的に裁くことは不可能なのだ。

であれば、別の方法を取るしかない。

何とか奴の犯行手段を封じる手立てを探す必要があるのだが、そこまでする間に奴は逃げるだろう。


「いかんな、歳を取ると余計な事ばかり考えるな」

「良いではありませんかぁ。考えるのは良い事ですよ。それを他人に押し付けなければ尚良い」


 後ろから聞こえた声に反射的に後ろに振り替える。

そこには金髪にサングラス、そして以前とは違いラフな格好をしている区座里がいた。


「ッ! 区座里……?」

「おやおや、僕の名前を憶えていてくれたんですかぁ。大蓮寺先生」


 なぜここにいる? てっきりもう姿は現さないと思っていたのだがどうして今なのだ。

だが、それはそれで都合が良い。

直接本人に問い質せばよいだけだ。


「区座里ッ! 聞きたい事がある、伝承霊について――」

「あぁ

「……なんだと?」

「大蓮寺先生。聞きましたよ。お弟子さんがいらっしゃるらしいですねぇ」


 なんだ、様子がおかしい。

話を逸らそうとしている? いや、それとは違う雰囲気を感じる。


「紹介してくださいよぉ。会ってみたいなぁ。ねぇ先生、彼の名前なんていうんですかぁ」

「……伝承霊について話してもらおう」


 飲み込まれるな。どうも嫌な予感がする。

弟子だと? まさか勇実の事を言っているのか?


「勇実礼土。本当に本名なんですかねぇ。どう見ても日本人じゃないですよねぇ」

「伝承霊が怪異として顕現するためには何か媒体が必要なんじゃないのか?」

「どこに住んでるんですかねぇ。というか本当に先生の弟子なんですかぁ」


 何なんだ、まったく会話が通じない。

というより儂の話を聞いている気配がない。

なら話の持っていく方向を変えるべきか。


「伝承霊について知っている事を話せば我が弟子の事を話しやってもよいぞ」

「あはッ! 本当ですか!」

「……伝承霊とはなんなのだ」


 上着の内側に手を入れ、スマホを操作する。

画面が見えない状態で上手く操作できるか自信がないが、どのみに履歴のほとんどは牧菜しかいない。

記憶を頼りにスマホのロックを外し、通話ボタンを押す。

念のため儂から着信があったら緊急事態と考えるように伝えておいてよかったな。


「伝承霊というのは日本のネットにある怪談が現実となって襲ってくる怪異の事ですよ。前にも話したじゃないですか」

「もう良い。はぐらかすな。お前の仕業なのだろう?」


 儂がそういうと区座里の顔が笑みに歪んだように見えた。

まるで霊と対峙したかのような鳥肌が立つ。


「ふふふ、なぁんだ。もう気づいてるんですねぇ。じゃあもういいですよね?」

「――ッ! 待て! 何をするつもりだ!?」


 区座里に掴みかかろうとした瞬間、背後から気配を感じた。

すぐさま何もない左側の地面に転がる。

そして顔を上げるとそこに巨大な白服をきた女が中腰になってこちらを見ていた。



「……こうもいきなりで出現するとはな」

「そうです。知ってましたか? 僕がここまでこの屋敷に呪具を設置してたのはね。呪いの力を溜めるためなんですよ。伝承霊っていうのは元々は人を呪うための呪術を発展させたものなんです。呪いに伝承という形を与えて怪異と成す。我ながら作るのに苦労しました」


 やはり区座里が作った霊か。

いや、力の根源が本当に呪いだとすると、儂の力はあまり役に立たぬ。

儂の力はあくまで霊を封じるもの。

力の源が呪いであるならば、どこまで封じられるか怪しくなる。

すぐさま左手の包帯を外し、まだ完全に出血が止まっていない掌にさらにナイフを突き立てさらに出血させる。

左手を振るい血を八尺様に向かって飛ばした。


『ぽぽぽぽぽ』


 儂の血を浴び、八尺様は僅かに後ろに後退した。

その様子を見るに儂の血でも十分力を奪う事は可能なようだ。

懐から札を取り出し、血をしみこませその札を八尺様に投げた。


『ぽぽぽぽぽ』


 八尺様の腕に札が張り付き、それを嫌がるかのように巨大な身体を振り回している。

腕が木をなぎ倒し、近くにある屋敷の壁にひびをいれている。


「以前より力が強くなっている? くそ、このままではまずいか」


 いつの間にか区座里が消えている。

くそ、奴の目的がわからん。

まさか本当に勇実に会うのが目的なのか?

勇実は区座里と面識があるように言っていなかった。

という事は区座里が一方的に勇実を意識しているのか?

幸いなのはターゲットが完全に儂に向いているという事だ。

これなら――


『ぽぽぽぽぽ』



 四つん這いになりまるで獣ような姿でこちらを凝視している。


「ついてこいッ!」


 さらにもう一枚札を投げ、儂はそのまま出来るだけ八尺様を引き離そうとその場を離れた。





Side 勇実礼土


 目の前の漆黒の闇と対峙していると外から強い気配を感じた。

恐らく八尺様がまた出たのだろう。

面倒なことに今回の八尺様は俺の魔力を浴びていないため遠距離から攻撃が出来ない。

仕方ない、新幹線の時と同じように周囲を魔力で覆うとしようか。

そう思った時だ。


「こんにちは。貴方が勇実さんですかぁ」


 ねっとりとした高い男性の声が扉の向こうから聞こえる。

ふむ、誰だろうか。随分気持ち悪い感じの声だな。



「え、区座里さんですか?」


 九条の奥さんがそう呟いたのが聞こえた。

ん、区座里? 確か今回の犯人って言われてる奴じゃね?

ボコした方がいいのだろうか。とりあえず子供の前でする事じゃないか。

とりあえず面を拝むとしようか。

俺は立ち上がり扉のノブに手をかけ扉を開いた。

すると、扉の向こうの廊下に一人の人物が立っていた。

って、金髪にサングラスってどこのヤンキーだよ。



「えぇえぇ。そうです。あぁ貴方に会いたかったぁ」


 手を口に当て、妙にクネクネしている目の前の男。

一見ふざけているようにしか見えないが、サングラス越しから感じる視線は随分と鋭い。


「ふむ、どうして俺に?」

「新幹線の猿夢を祓ったのは貴方でしょう?」

「猿夢?」


 そういや大蓮寺が猿夢と今回の八尺様の怪異は同じ犯人だって推理してたな。


「あー思い出した。あのゴブリンレベルの怪異でしょう? えぇ祓いましたよ」

「……ゴブリンレベルですか?」



 ん、なんだ。反応が悪いな。

いいじゃないかゴブリン。結構初心者殺しで有名なんだぞ。


「そうですが、それが何か?」

「あれは僕の力を十二分に込めた傑作でねぇ。本来であれば一人しか見せられない悪夢を数百人単位で見せる事が出来る特別製だったんですよ」

「え、アレで?」


 サングラス越しの視線が更に強くなったのを感じた。

まずい、なんかしらんが怒ってるぞ。

っていうか自分で作ったとか言ってるじゃん。もうこいつ犯人確定じゃん。


「僕の身体の一部も使い、丹精込めて作った傑作でねぇ。あれ作るのにどのくらい時間がかかったか分かりますかぁ? それを漫画やゲームに出てくるゴブリン程度と例えるなんてぇね。ひどくないですかぁ」

「あ、あぁそうだったな。訂正するよ」

「そうでしょう。そうでしょう。実際に祓った貴方なら正しくあの価値観を分かってくれると思って――」




「あれはスライムレベルだったよ」




「……殺しますよ?」




 え? 引くぐらい激おこなんだけど。

なんだよ、スライム強いんだぞ。




 

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