第29話 山の悪神6

Side 勇実礼土



 屋上から周囲を見渡していると妙な気配を感じた。

以前出会った霊とも違う気配、どちらかというと魔物に近いような気さえする。

漫画で見た事があった真似で屋上のフェンスの上にバランスを取りながら立っているのだが、これ本当にカッコイイのだろうかなんて考えながら、その妙な気配を追っている。

すると、マンションの玄関から何故か愛奈が飛び出しいった。


「ん? 一人で何を?」


 愛奈のお守りは栞に任せていた。

あの様子だと自分から出ていったのか? 何のために。

そのまま様子を見ていると突然、愛奈の前に何か大きな影が出現した。

これはまずいと思い、俺はすぐに屋上から飛び降り、愛奈の下へ移動する。

しかし、俺が着地する前に、あの巨大な影は愛奈ちゃんを飲み込み、その場から忽然と消えてしまった。

くそ、かっこつけて飛び降りるんじゃなかった。


 光魔法で足場を作り、地面のアスファルトを割らないように着地。

すぐにスマホを取り出し、栞に電話をかけた。

すると、すぐに通話が繋がる。向こうも愛奈を探しているのだろう。


『礼土さん!? ごめんなさい! 愛奈ちゃんが――』



 栞さんの話はこうだ。

キッチンでお皿を洗っていると、急に愛奈からおとーちゃんの所に言ってくると言って出て行ったらしい。

最初は武人が来て何か愛奈を呼んでいるのかと思ったが、その後すぐに武人本人から電話があり、異常事態だと分かったそうだ。


「栞さん、俺のスマホGPSで場所わかりますよね?」

『え? ええ分かるわ』

「では、今から愛奈ちゃんを助けに行きますので、車で迎えに来てください」

『え、え? ちょっと待って、礼土君!?』


 急ぐため俺は通話を切り、愛奈にマーキングしていた自分の魔力を探知した。

場所は数十キロ以上離れた先だが、問題ない。

自分の身体を光に変え、俺はマーキングされた場所まで光速で移動を開始した。




 着いた場所は山の中だ。

木々が高く多い茂っており、随分とジメジメしている。

目の前に愛奈がおり、その前に奴がいた。

身長は俺と同じ程度だろうか、確かに猿のような顔をしているが、その眼球は黒く、口から赤い液体が流れている。

奴は愛奈に向かって手を伸ばそうとしているため、俺は割って入り、愛奈を保護した。


「お前が猿の化け物か。とりあえず消えてくれないか」


 指パッチンをして、目の前の猿を20個以上の肉片に変える。

もちろん、愛奈の目は塞いでいるので、この光景は見せていない。


「愛奈ちゃん大丈夫かい? まさか行き成り転移するなんて思わなかったよ。まったくマーキングしておいてよかった。ちゃんと追いついたからな」

「おにーちゃん! ここってッ!? それにあのお猿さん!」


 お猿さんなんて可愛いものではない。

こうして細切れにしたというのに、いつの間にかその肉片が消えっている。



「目を瞑っていなさい。大丈夫すぐ終わらせるからね」


 愛奈を抱きかかえ、目の前を睨む。

そこは先ほど細切れにしたばかりの猿の化け物が、先ほどと寸分変わらない姿でこちらを睨んでいる様子だ。

まぁ目が黒くてよくわからないのだが。


「俺が怖くて逃げ回ってたくせに、自分のテリトリーに入ったら強気か? すぐに消滅させてやるぞ」


『――■■■■■■』


 何か声にならない叫び声を上げている。

口から流れる血のような液体も、窪んだ眼孔も、相手に恐怖を与えるためなのか知らないが、本当に怖いものを教えてやろう。


「“閃光の棘フラッシュニードル”」


 黒い体毛をすべて多い尽くすほどの光の棘を奴の身体に発生させる。

息をする隙間もないほどの高密度の光の棘。

普通の魔物であれば一瞬で消滅するほどの力だ。


「……本当に面倒な奴だな」


 俺の魔法の中に奴の気配がない。

移動した? 俺の魔法領域から逃げるなんてあり得ない。

ならば普通に逃げたのではなく、一度消滅して、この山で再生しているのか?

そういえば、こいつ山の神なんて言われてるんだっけ。

神ねぇ。


「はっ! ちょうど神様を祓えるか試したいと思ってたんだ」


 思い出すのはあの糞爺。

今はそれほど恨んではいない。正直こっちの世界の方が楽しいからな。

だが、試してみるのもいいだろう。



 俺の後ろに出現した猿の攻撃を魔法で防ぎ、俺の近くにある光の壁を突破できず逆に接触した腕を魔法で吹き飛ばす。

腕を無くした猿は後ろに後退するが、着地する前に俺の魔法をお見舞いする。


「“閃光の斬撃フラッシュブレイド”」


 今度は細く細かく切り刻む。ミンチになるレベルで切り裂き、俺はその場を愛奈を抱えたままジャンプした。

俺がさっきまで居た場所。いつのまにかそこに大きな穴が空いている。

なるほど、本当にこの山の中なら何でも出来るのか。


「愛奈ちゃん、ジェットコースターは得意?」

「え? うん! 大好きだよ?」

「そうか、なら暫く飛んだり跳ねたりするけど、ちょっとしたアトラクションだと思って我慢してね」

「う、うん!」


 またいつのまにか出てきた猿はその腕を異常に伸ばし、こちらに掴みかかろうとしてくる。それを縦に切り裂き、そのまま首を跳ねた。

これは一々呪文を唱える暇はなさそうだ。

殺したそばから復活し、すぐにこちらに向かって襲い掛かってくる。

再生能力だけ見ればあの真祖のヴァンパイア以上だ。

細切れになってもこうも簡単に復活しているのを見ると――




「もしかして本体がどっかにあるやつか?」



 それなら納得できる。

いくらなんでもあそこまで肉体を破壊され瞬時に復活なんて考え難い。

であれば、殺したそばからあの猿は新しい肉体を作っているのではないだろうか。

ならば本体の場所は?


「まぁ探してみればいいか」


 少しだけ力を籠め、魔力を放出する。

この山一体を覆うほどの魔力を展開し、何か異物がないか探った。

ちなみに今回は演出用の光は出していない。

流石に山が光ったら悪目立ちしてしまう。


「なるほど、なるほど。こりゃどうしたもんかな」


 魔力を放ち、分かった事。

この猿は、

だから、この山の中であればあいつは無敵に近いのだろう。

やろうと思えば出来なくはないが、流石に山を消滅させるわけにはいかない。

ちょっとやり方を考える必要がありそうだ。


 鞭のように唸る木の枝を交わし、魔法で邪魔なものは切断していく。

根競べでもしようって事なのだろうか。

だが、この程度のお遊びだったらいつまでだって続けられる。

しかし、愛奈は別だ。

人の腕で運ばれるというのは本人にも分からないストレスを与えてしまう。

すぐにここから離れた方がいい。

こいつを消滅させるのはその後だ。

どれ、試してみよう。



「“閃光の槌フラッシュトール”」



 上空に光の魔力を収束する。

それを更に圧縮し、そのまま一条の光となり、落ちていく。

光の太さは約1m。

その光は螺旋状に回転し、山へ落ちた。


 音はない。

山崩れを考え、大きさも絞った。

ただ、速度を重視し、威力を上げた、山に穴を開けるためだけの魔法。

だが、効果は劇的だ。

あれほどしつこく迫ってきていた猿が苦しみ、そして消えた。


「まだこの辺りに気配はあるようだが、それなりにダメージを与えたか」


 その場を跳躍し、木々の葉が見えるほどの位置まで跳ぶ。

ある程度上空に上がったタイミングで魔法を使い、光る板のような足場を生成する。

そこで再度、自分の魔力を周囲に飛ばす。

こっちへ来た時と同じように魔法で移動できればいいのだが、愛奈を抱えたままではそれでも出来ない。

だからこそ、迎えを寄越すように栞に連絡をしている。

まぁGPSが正しく反応していることを祈るとしよう。



 魔力に反応があった。

武人に渡していた指輪の魔力だ。

方向と大まかな場所はわかった。こちらに向かっているようだが、まだ随分距離がある。

とりあえず、電話しよう。


「……栞さん、いま――」

『礼土君!? 今どこ!? 大丈夫なの? あ、ちょっと千時さんッ! 勇実さん! 愛奈は!? 無事なのですか!?』

「無事です。ほら愛奈ちゃん」

「おとーちゃん! すごいの! 高い場所にいる! 後ね、何か光がばーっとなってね!」


 あの状況で見てたのか。

凄い子だな……


「とりあえず、愛奈ちゃんは無事です。そちらに合流しますので、そのまま向かってください」

『はい、わかりました。礼土君も気をつけてね!』


 通話を切り、腕の中にいる愛奈を見る。

こんな目に合ったというのにあまり怖がった様子がない。

強い子だ。

だが、なんだ? 妙な気配を感じる。


「ねぇ愛奈ちゃん。何か変なもの持ってない?」

「え? 変なもの? なんだろう。あ、これかな!」


 ポケットをまさぐり1枚の紙を取り出した。

なにやら知らない字が書かれている。

お札って奴じゃないのか? これ。


「これは?」

「えーっとね。おとーちゃんが絶対に持ってなさいって言ってたの!」


 愛奈から受け取った札を見つめる。

マンションにいたときは分からなかったが今は違う。

奴を直接見たからだ。

だからこそ、間違いない。




 この札には



 もしや、というより間違いなくこれのせいであの猿に居場所がばれているだろう。

これは、燃やした方がいいな。


「これは誰から?」

「うーんっとね、近くの神主さんから貰ったって言ってた様な気がするかな」


 神主ねぇ……

まぁ燃やしてしまおう。

どう考えても碌な気配を感じない。

俺は握った札に光魔法を一瞬だけ走らせる。

すると、まるで火であぶられたかのように札は燃えて灰となった。



「すごーい! 魔法だ!」

「ッ!? よ、よくわかったね」



 あかん。ばれた。

なぜや、今まで誰にも魔法だってばれなかったのに!

まずい、インチキだってばれてしまう。

どうにかしなければ――ッ!


「……ふぅ」


こうなっては仕方ない。

子供相手にこんなことをしたくなかったんだがな。




 懐からアレを出し、愛奈の目の前に取り出して見せた。


「? おにーちゃん、これって……」

「ああ、この金色のエンゼル上げるから、黙っててくない?」



 くそ、密かに集めていたエンゼルがっ!

だが、買収しなくてはッ! 

これで口を割るような愚か者なぞおるまいて、ククク。



「……うんッ! 内緒にすればいいんだね! わかったー!」

「ああ、頼んだよ。愛奈ちゃん」



 くそ、子供に弱みを握られるとは……





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