第28話 山の悪神5

『いいんじゃない? 話を聞いた限りだと、結構危険な相手に思うけど』

「しかし、和人さん。流石に想定していた十倍の金額というのは……」


 思っていた金額と随分違い額になったため、念のためこの事務所の真の支配者である和人に意見を求めている。

何を隠そうこの事務所。

俺の名前になっているが、この場所を用意したのは和人であり、税務関係もやっているのは和人の会社なのだ。

そう、悲しいことに俺はお飾りという事だ。

まぁその辺は気にしないからどうでもいいのだが。



『礼土君。彰からも話は聞いていたけど、君の力は間違いなく本物だ。安売りするべきではないと思うし、今回の依頼人も多分そう思っているだろう。こちらでも調べてみたけど、結構面白いことが分かったんだよ』

「面白いこと?」


 和人と電話で話しながら、キッチンの方を見ると、テーブルを囲み、武人と愛奈、そして栞の3人は楽しそうにピザを食べていた。

いや、俺の分残してあるよね? 大丈夫だよね?


『千時武人。結構有名な放送作家で、業界では有名人のようだ。多分彼と縁を繋いでおくと、これから仕事に困らなくなるんじゃないかな』

「そうかな?」


 放送作家という仕事がよく分からない俺だが、和人が言うならそうなのだろう。

知らんけど。


『いいかい、礼土君。芸能界っていうのは闇が深い。それこそ、一般人より多くの業を背負っている人がいる。正直な話、依頼をえり好みしないなら、今回の話はかなり美味しいと思うね』

「そうですか。ま、無理の無い分割払いも可って話しておきますよ」

『ああ、それでいいんじゃないかな。終わったら土産話として沙織と一緒に聞かせておくれよ』

「りょーかいです」



 通話を終えると、栞がお皿に何枚かピザを乗せてこちらに来た。

気の利くやつだ。よし時給を10円上げてやろう。


「お疲れ様。電話だれから?」

「君のお父さんだよ」

「パパ? なんだって」

「なんでもないさ。それより話は纏まったかな」


 皿の上に乗ったマルゲリータを1枚取り、口に入れる。

このチーズの具合やトマトソースの味が最高だ。

これならLサイズをあと2枚頼むべきだったな。


「うん、愛奈ちゃんは私とお留守番してるから、その間に千時さんが家に一度帰るって。礼土君はどうする?」

「そうだね」



 さて、どうしたものか。

武人の護衛でもしておくべきか? いや狙われているのは愛奈ちゃんのようだから、ここから離れるのは悪手だろう。

念のため、マーキングだけしておくか。


「俺はこの辺りを少し回ってみるよ」

「ここから離れて大丈夫そう?」

「ああ、何かあればすぐにここには来れるから安心して」


 それこそ文字通り、一瞬で移動できる。

だからこそ、少々危険だが、あえて隙を作り、おびき出してみようと思う。

上手く行けばいいが、さてどうなるかな。



「勇実さん。タクシーが到着したようなので、これから一度自宅に戻ります。娘をどうか、よろしくお願いします」


 そういって深く頭を下げる武人に俺はある物を渡した。


「これを持っていてください」

「これは?」


 俺はとりあえずのお洒落でつけていた指輪を一つ武人に渡した。


「これに俺の力を籠めました。僅かですが、きっと貴方の身を助けてくれるでしょう」

「……受け取れません。これはどうか愛奈に渡してもらえませんか?」


 本当に娘想いの良い父親だ。


「安心して下さい。同じ物をこの後渡します。愛奈ちゃんが無事でも父親である貴方に何かあれば悲しむでしょう?」

「――そうですね、ではありがたく」


 そういって俺の手の中にある指輪をゆっくりと持ち上げる。

そしてそれを掌に収め、ゆっくりと握った。

一応、指輪が壊れない範囲で魔力をつめたから、多分今日一日くらいは持つだろう。

無いよりはマシだと思うが、俺の魔力に反応して近寄らないで貰えるなら安全のはずだ。



「愛奈、おとーちゃんすぐ戻ってくるから、大人しく待っているんだぞ」

「うん! 行ってらっしゃい!!」


 親子の抱擁を見届け、武人は事務所を後にした。

さて、とりあえず屋上に上って周りを見渡してみるとするか。






Side 千時武人


 勇実さんを最初に見た時はどこのモデルだと思った。

名前は日本人のようだが、見た目は明らかに外人だ。

彼が聖書を読んでいる姿は美しく、男性なのにまるで絵画のような魅力を感じた。

驚いたのはそれだけじゃない。


 あの光。

彼が手を叩いた瞬間にそれは起きた。

眩い光が発生したと思ったら、まるで彼の身体から生まれたかのように、数多の光がこの広いリビングを回転し、そして壁を付き抜け消えていった。

何が起きたのか分からない。

ただ、これが本物なのだと素直に感じた。



霊なんてずっと信じていなかった。

番組で心霊番組を作るときも、ディレクターが用意するつくり物を見て呆れ、自称霊能力者達の事前の段取りなどを見ると、本当に番組は作っているのだとつくづく感じる。

俺は初めて本物に触れたのだ。

だからこそ、三百万と提示されたときも俺はそんなものかと素直に感じた。

ただ簡単な霊を祓うのと今回のはレベルが違うのは俺だってわかる。

既にオヤジが死に、次は娘が狙われているのだ。

だからこそ、彼も命懸けの仕事になるはず。

それを300万というのは安いくらいだ。

だが、前金なしという強気の姿勢は彼の自信の表れなのかもしれない。


 マンションを出て、タクシーに乗る。

スマホでメールチェックをしながら、その場で返事が可能なものの対応を行った。

心が落ち着いたためだろう。

以前よりも落ち着いてメールが読める。


それから1時間後に自宅前に到着した。

タクシーにはメーターを回しながらその場で待っているように伝えている。

急ぎ、着替えとノートPCを持って移動しよう。

旅行用のトランクに愛奈と自分の着替えをつめる。

最悪、着替えは買えばいい。必要最低限の荷物だけ詰め、俺はすぐに自宅を出た。

だが、妙なことが起きた。



「あれ? タクシーはどこいった?」


 外で待っているように話したタクシーがいない。

帰った? だが、まだ清算もしていないのだ。行き成り帰るなんて考え難い。

まさか――



 嫌な予感がした。



 すぐにスマホを取り出し、教えてもらった番号に電話をかける。

すると、栞という女性が出た。


『はい、もしもし。勇実心霊相談所です』

「もしもし、千時です。そちらに勇実さんはいますか?」

『礼土さんですか? ちょっと見回りをすると言って、屋上に上りました。すぐ戻ると聞いてます』

「そうですか、あの……愛奈は?」

「え? 愛奈ちゃんですか?」



 なんだ、妙に心臓の音が激しく鼓動している。


『愛奈ちゃんなら、お父さんから着いてくるように言われたって言ってさっき出ていって――え!? 千時さん今どこにいるんですか!?』


 その言葉を聞き、俺の目の前は真っ暗になった。






Side 千時愛奈


 おじいちゃんがどうなったのか私にはわかんない。

でも、その話をするとおとーちゃんが泣きそうな顔をする。

それがとても悲しくてむねが苦しくなるからこのお話はしない方がいいんだと思った。

お猿さんはどうしてか私を狙っているらしい。

原因は分からない。でも、私が原因でおじいちゃんが酷い目にあったのなら、やっぱり私がお猿さんと一緒に行った方がいいのかな。

でもそれをおとーちゃんに言ったら、初めてぶたれた。

とてもほっぺが痛かったけど、それ以上におとーちゃんの泣き顔が本当に悲しそうで、私は自分で馬鹿なことをいっちゃったんだと思って、私も泣きながら謝った。


 家から出ることも出来ない。

少しだけ窮屈な生活が続く。でもおとーちゃんが一緒にいるから我慢できる。

それより、おとーちゃんの顔に皺がどんどん増えて、時折、寝室から怒鳴り声が聞こえてくるのが怖い。

きっと、私を守るために色々がんばっているのだと思った。

だったら、私は私が出来る事をやろうと自分の小さい掌を強く握る。

私もおとーちゃんの手伝いが出来るといいのだけど、子供の私ではそれが難しい。



 ある日、おとーちゃんと外に出かけた。

本当に久しぶりの外出で、車の移動もちょっとだけ楽しかった。

そして、知らない人の家に入り、私はそこで魔法使いに出会った。

おとーちゃんは霊能力者だっていってたけど、多分あのおにーちゃんは魔法使いだと思う。

だって、キラキラでピカピカでとても綺麗な魔法を見せてくれた。

日曜日のアニメで放送している魔法少女フェアリーキュアも同じような魔法を使っていたのを覚えている。

きっとこの人は魔法使いなんだと、とてもわくわくした。



 栞おねーちゃんとピザを食べた後、おとーちゃんが着替えとかを取りに一度家に帰るらしい。私も着いて行きたかったけど、おとーちゃんから止められた。

危ないからここに居て欲しいといつもの優しい目で話してくれたので、私も寂しいのは我慢しようと思った。

本当は荷物を詰めたり私でも手伝えると思ったんだけど、ぐっと言うのを我慢した。




 それからしばらくして、部屋にある漫画を読んでいたら、声が聞こえてきた。


『あいな。あいな。こっちにおいで、手伝ってほしいだ。あいな、あいな。こっちにおいで』


 その声が聞こえ、私は栞おねーちゃんに一言行ってすぐに部屋の外に出た。

声はずっと遠くから聞こえてくる。

エレベーターに乗って、1Fまで降りると、外からおとーちゃんの声が聞こえる。

やった、これでおとーちゃんの手伝いが出来る。

溢れるような嬉しい気持ちを必死に抑え、自動ドアを開けてお外へ出て――







 お猿さんに会った。







 目の前が暗い。

息が出来なくて苦しい。

ここはどこ? 私はどうなっちゃったの?

お猿さんに会ってからよく覚えていない。

なんで、あそこにお猿さんがいるの?

なんで、私はこんなに苦しい思いをしているの?

なんで――





 






 目の前に大きなお猿さん。

とても嬉しそうに口を大きく横に伸ばして笑っている。

口を大きく開け、私の顔に手を伸ばそうとして――



「お前が猿の化け物か。とりあえず消えてくれないか」


 私の顔を暖かい手に覆われて目隠しされた。

でもこの声は覚えてる。

魔法使いのおにーちゃんだ!


「愛奈ちゃん大丈夫かい? まさか行き成り転移するなんて思わなかったよ。まったくマーキングしておいてよかった。ちゃんと追いついたからな」

「おにーちゃん! ここってッ!? それにあのお猿さん!」


 慌てて何か言わないとと思ったけど、おにーちゃんは優しく私を抱きかかえてくれた。


「目を瞑っていなさい。大丈夫すぐ終わらせるからね」


 そういって大きな手で私の頭を撫でてくれる。

その手の暖かさに安心しながら私は静かに頷いた。

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