第5話 きっかけステューピッド ガイ

 もう少し待てば搭乗手続きが始まるだろうか。

 床に置いていたリュックを背負ってトイレに向かう。

 リュックと言えば、俺は小学校3年生でランドセルを卒業した。3年生の夏休み明けに札幌の学校に転校したからだ。

 最初に入学した学校があったのは、海沿いの寂れた街だった。かつてはニシン漁と炭鉱で栄え4万人以上の人口があったがその後、時代の進捗と共に衰退。

 現在は主な特産物もなく、強いて言えば数の子の国内最大加工場があるくらいで、住民の22%が公務員と言う街だった。

 海風と雪が厳しく、冬は1m先が見えなくなる道を歩いて登校する様な所だった。              

 今思えば危険極まりないが、当時はそれが当たり前だった。

 そんな街に住んでいれば、子供でも札幌と言う政令指定都市への憧れとコンプレックスを刷り込まれるのは自然な流れだった。

 だから札幌の学校に転校した時に、盲目的に周りに自分を合わせるのは当然だった。

 その学校のクラスメートはほとんどランドセルを使っていなかった。

 そして、4年生になり転校した時は皆ランドセルを使っているのだから、同じ札幌でも違うのだと感じた。


 用足しを済ませて、再び搭乗口に歩く。

 壁にかかっている、サッカー選手を起用した企業のポスターが目についた。

 小学校3年生の時から、毎平日の朝キャプテン翼の再放送が流されていた。俺はそれにドップリ毒されていた。休み時間に友達とツインシュートを練習したりしていた。

 4年生になり、転校先の学校で地元のサッカー少年団に入る。地元のといっても学校単位なので、チームメイトは同級生である。結論から言うと俺は球技が苦手だった。足は速かったが持久力がない。そしてプレッシャーに弱いから試合中は自分の所にボールが来ない様に願う。

 致命的にサッカーとは相性が悪かった。それでも転校したての俺にとっては、交友関係を広げるのに貢献したと思う。



「今度弟もサッカーはじめるからよろしくね。」


 休み時間に隣の席にいた彼女が急に話しかけてきた。

 当時は気が付かなかったが、俺にそう言う彼女の表情は少し不安を帯びていた気がする。

 俺はと言うと、昇天するほど嬉しかった。彼女との接点が増えるのだから、この上ないチャンスである事が直ぐに理解できた。しかし当時の俺は、自分が思っている事を異性に、もっと言うと好きな人にどう伝えるべきかわからなかった。


 「やだ、いじめる。」


 冗談ぽく返事をする。

 瞬間的に思考を最大限に巡らせた結果の悪手だった。彼女は「えー」と言いながら笑っている。

 今思えば、なぜ朝から隣の席に座っている彼女が、午後の半端な時間にその話をしたのか。その事をもっと考えるべきだった。

 クラスのサッカー少年団に入っている男子全員に同じ話をした様には思えない。

 もしかしたら、彼女もどう話しを切り出せば良いのか、タイミングや言葉を考えていたのではないか。

 思う所は多々ある。

 しかし、こういう反省を何回繰り返しても次に活かせないのが当時の俺だった。

 以後、卒業までの1年半、俺はこんな悪手を何回繰り返したのか、思い出したくもない。

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