第2話 牛糞ノスタルジア

 展望デッキの外に出る。8月のジメッとした空気が肌にまとわりつき、気温も相まって不快感を覚える。海が近いので風は吹いているが、それすら温かいのだから救いが無い。

 実家にはエアコンが無かった。実家どころか、小学校や友達の家に至るまで、商業施設以外でエアコンを設置している所を知らなかった。

 東京の夏を始めて経験したのは高校生の時。部活の全国大会の時だった。

 昼間は日光が出ているので暑いのが当たり前だと割り切れた。しかし夜になっても、独特の重い空気がまとわりついている感覚が無くならない事に驚く。それを新鮮な感覚と考えられたから楽しむ事が出来たが、それは観光で来たからであり、住みたいとは思わなかった。


 札幌に住んでいた時も、夏は十分に暑いと感じていたはずだった。その証拠にエアコンはなかったが、扇風機は必須だった。

 だた、今思えばその感覚は甘いものだった。就職して13年。それでも体が慣れて生活出来ているのだから、人間の適応力もそれなりなのだと思う。


 適応力と言えば、牛糞の匂いだ。

 小学校4年生の時に転校した学校は、横に牧場があった。正確には牧場があった言うのは少し意味が違う。もともと大きな牧場があった場所に、マンションや住宅街や小学校が建てられて、牛舎と小さな牧草地が残っている状態だった。

 その牛舎から夏になると牛糞の匂いが流れてくる。窓を開けないと教室内が暑い。しかし匂いも入ってくる。

 夏の暑さに対抗するためには、匂いを受け入れるしか選択肢はなかった。

 はじめはその強烈な匂いに驚き、嫌悪したが6年生の時には不思議と気にならなくなっていた。

 理科の授業で、牧場から先生が分けてもらった牛糞を、素手で土と混ぜた事があった。始めは皆嫌がってるのに、後半は笑顔で投げ合っていた感覚に近いのかもしれない。


 牛糞の鼻につくねっとりした臭いは、俺にとっての夏を強烈に起草させる思い出の香りだ。


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