第11話 癒しの天使様は仕送りが多くてお困りです③

 翌日の昼休憩。

 美術準備室にて。

 昨夜の天谷さんからの頼みを何とかすべく、俺は天谷先生と話をしていた。


「て、わけなんですけど、どうにかなりませんかね?」

「まったく、あの親は何も変わってないわね~」

 

 天谷先生は呆れたように、ため息交じりにそう呟いた。


「可愛い妹のためだから、もちろん協力するわよ」

「ありがとうございます」

「唯川君にお礼を言われてもねぇ~」

「そこは紫穂さんの変わりだと思ってくださいよ」


 天谷先生と話す時、俺は天谷さんのことを「紫穂さん」と呼ぶようにしていた。

 ややこしくなるからな。


「まぁ、そういうことにしといてあげるわ。それはそうと唯川君……」


 天谷先生がずいっと顔を近づけてきた。

 その顔は天谷さんと似ている。

 つまり、天使のように可愛いということだ。

 天谷先生の場合、その可愛さに大人の色気が相まって、『大人の天使』といった感じだった。


「紫穂ちゃんに変なことしてないでしょうね?」

 

 そう言って睨みつけてくる。


「し、してませんよ」

「本当でしょうねぇ~?」

「信じてくださいよ」

「もしも紫穂ちゃんに変なことしたら……分かってるわよね?」


 圧が凄い……。 

 天谷先生の顔がすぐ近くに。

 その距離は唇と唇が降れそうなくらい。相変わらず距離感がおかしい。 

 

「そんなに詰め寄ってこなくても変なことしませんから」

「ならよろしい」


 天谷先生は少し離れた。

 それでもまだその距離は近い。

 天谷先生のゆるふわなウェーブのかかった髪の毛から天谷さんと同じ匂いが漂ってきた。


「もしかして、紫穂さんと同じシャンプー使ってますか?」

「何で?」

「いや、匂いが一緒だなと思いまして」

「へぇ~。そうなんだ。ということは紫穂ちゃん。今も私と同じシャンプーを使ってくれてるんだ」


 そう言った天谷先生は懐かしそうに目を細めて嬉しそうにしていた。


「そっか~。嬉しいな~」

「その仕送りの中にシャンプーもあったんですけど……」

「もらってきて~。ちょうど無くなりそうだったのよ」

「分かりました。もらったら、渡しますね」

「ところで唯川君……」


 また、天谷先生は顔をぐいっと近づけてきた。

 今度はなんだ……。

 俺は少し後ずさりをした。


「紫穂ちゃんの髪の毛の匂いを知ってるってことは、このくらいの距離まで顔を近づけたことがあるってことだよね?」

「いやいや、そんなに近づけなくても横を歩いていたら、匂いくらい分かりますよ」

「たしかに、それもそうね」


 心当たりがあるのか、天谷先生は納得といった顔をして俺から離れた。

 本当に心臓に悪い……。

 天谷さんに詰め寄られているみたいでドキドキしてしまう。

 さすがは姉妹だ。

 

「と、ところで他に欲しいものはないですか?」

「ちなみにどんなものがあったの?」

「えっと、レトルト食品とか本とか……化粧品とかもありましたね」

「化粧品か~。もらいたいけど、普段使ってるやつじゃないとな~。レトルト食品はもらいたいかも!」

「天谷先生は、普段料理は?」

「先生になってからはあんまり。家にいたころはよく紫穂ちゃんと一緒に作ってたんだけどね」

「そうなんですね」

「うん。だから、レトルト食品ももらってきてくれると嬉しいかな」

「分かりました」

「次に行ったときにどんなものがあるか写真撮ってきてよ。そしたら、生徒たちにも配れたりするでしょ」

「それって、いいんですか?」

「ダメでしょうね。だから、もちろん内緒で配るわよ」


 そう言って天谷先生は唇に人差し指を当てた。

 天谷さんの仕送りが無くなるならいいか。

 俺は聞かなかったことにすることにした。


「分かりました。また、天谷さんの家にお邪魔させてもらって時に写真撮ってきます」

「よろしく~。ついでに、紫穂ちゃんの部屋の写真もよろしく!」

「何しれっと凄いことお願いしてるんですか!?そんなの、無理に決まってるじゃないですか!?」

「ちぇ~。紫穂ちゃんのお部屋が見れると思ったのに~」


 天谷先生は唇を尖らせて残念そうな顔をした。

 そんな顔されても無理なものは無理だ。

 

「まぁいっか。とりあえず、これ。私の連絡先渡しとくね~。写真が撮れたら送ってきて」

「分かりました」

「じゃあ、私はそろそろ行くわね。唯川君も教室に戻りなさい。お昼休憩終わるわよ」


 いつの間にか、天谷先生は先生の顔に戻っていた。

 天谷先生が美術準備室から出ていった数分後、お昼休憩の終わりを知らせるチャイムが鳴った。

 俺も美術準備室を後にして自分の教室に戻った。

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