第42話 (幕間)アーシャの結末

 醜く焼けただれた顔を治せるのは、上級の信仰系魔法である。使える人物は限られており、残念ながらエウィ王国には存在しない。

 しかしながら、儀式魔法を行使することで、上級の魔法が使用可能になる。儀式魔法とは、高位の司祭や魔法使いが何人か集まって行使する魔法のことだ。治療に関する魔法は信仰系魔法に属するので、儀式魔法は高位の司祭たちがおこなう。

 そのための寄付金が、白金貨十枚であった。


「神殿もボリ過ぎよね」


 アーシャは、道の端っこを隠れるように歩いていた。

 神殿は大通りを進んだ先であり、中央は人通りが激しい。いくら顔を包帯で隠していても、面体を気にする女性なのだ。


(オシャレがしたいわ。でも、こっち世界じゃ私の着てた服は派手ね。ああいう服を着た女性を、まったく見かけないわ)


 アーシャが着ていた服は、いわゆるヘソ出しルック。下は超が付くほどのミニスカートである。少しでも前屈みになれば、後ろから見えてしまう。

 城塞都市ソフィアで見かける女性は、見栄えのしない布の服とロングスカートだった。刺繍ししゅうが施してあるくらいで、色のバリエーションもない。肌もほとんど露出しておらず、装飾品も木製で味気なかった。


「アレを着たら、一人だけ浮いちゃうわね」


 そうは言っても、アーシャとて同じような服を着ている。城へ残ったときに支給されたものだ。召喚されたときに着ていた服は、大切に保管してある。

 なぜかと言うと、治安が悪いからだ。露出の激しい服を着て歩いていれば、すぐに路地裏へ引っ張り込まれて犯されてしまう。今は襲われないかもしれないが、顔ではなく体だけが目的の男性も居る。


(最初にそう聞いたしなあ。レイプされるなんて御免よ! でも、オシャレをやれないのは辛いわ。なんとかならないものかしら?)


 アーシャの思考は、裕福な日本で育ったからだろう。

 その思考が通用するのは、同じく裕福な貴族や大商人などに限られる。平民の生活は苦しく、服などへ金銭を使っている余裕はない。

 そんな事を考えていると、大通りを抜けて神殿へ到着した。エウィ王国の国教である聖神イシュリルの神殿である。


「神殿に御用ですか?」


 神殿の前でキョロキョロと周囲を見ていると、一人の女性がアーシャへ声をかけてきた。神官着をまとっているので、神殿の関係者だろう。

 いつからか居なくなったジェシカを彷彿ほうふつさせる女神官だった。


「治療をお願いしたいんだけど……」

「その顔の包帯は、どうされました?」

「森で……。ちょっとね」

「討伐隊の人でしょうか?」

「そ、そうよ。えっと……」

「失礼しました。神殿の中へお入りください」


 さすがに外で問診されても困る。アーシャが言葉を濁すと察してくれたのか、女神官は神殿の中へ案内してくれた。


「信仰系魔法は試されましたか?」

「上級の信仰系魔法じゃないと駄目って言われたのよ」

「そうですか。でしたら、こちらへ御案内します」


 女神官は上級の信仰系魔法と聞いて、アーシャを応接室らしき場所へ連れていく。それから、暫く待つように言われた。すぐには治療できないようだ。


「さすがに、普通の治療じゃないしね」


 それでも日本の病院のように、何時間も待つことはなかった。神殿は病院と同意だが、医療技術が魔法技術なのだ。

 診察後はすぐに癒してしまうため、治療に必要な時間が短い。


「お待たせしました。司祭のモルホルトと申します」


 そして、上質な服を着た男性が応接室へ入ってくる。

 モルホルトは中年の男性だった。おっさんが嫌いなアーシャはゲッソリしたが、包帯のおかげで伝わらないのは幸いだろう。

 立場も司祭なので、あまり失礼なことも言えない。


「えっと。アーシャです」

「ご希望は、上級の信仰系魔法と伺いましたが?」

「はい」

「包帯を外して、傷を見せていただけますか?」

「え? あ、はい」

「これは……」


 モルホルトは、診察を開始した。

 医者のような感じだが、特に触ることはない。アーシャを眺めているだけだ。「キモいから見んな!」と言いたくなるが、ジッと堪えている。


「たしかに、上級の信仰系魔法が必要ですね」

「治るんですか?」

「もちろんです。ですが、寄付金のほうが少々……」

「白金貨十枚でしょ?」

「はい。もしかして……。お持ちで?」

「あるわ。これでいい?」


 アーシャは、懐から白金貨十枚を取り出す。

 それを見たモルホルトは、怪訝けげんそうな表情をした。そんな表情をされる意味が分からない。同じく、怪訝そうな表情で問いかけた。


「どうしたのかしら?」

「いえ。どうやって工面されたのかと思いまして……」

「どうだっていいでしょ。とにかく早く治して!」

「わ、分かりました」

「急いでよ!」

「儀式の準備がありますので、もう少々お待ちください」


 なにか尋問された気がしたので、アーシャは声を荒げてしまった。反省などしないが、モルホルトはムスっとした表情で応接室を出ていった。

 それから、小一時間ほど待たされた。


「お待たせしました」


 どうやら準備が整ったようだ。応接室へ案内してくれた女神官がアーシャを迎えにきて、儀式をおこなう部屋へ連れていってくれた。

 部屋へ入ると、中央の床に魔法陣が描かれていた。周囲には、モルホルトを含めて十人の司祭が立っている。何やら物々しいが、神殿の儀式とはそういうものだ。


「アーシャ様。魔法陣の中央へお進みください」

「え、ええ」

「すぐに済みますので、ご安心を……」


 アーシャが魔法陣の中央に立つと、周囲の司祭たちが魔法の詠唱を始めた。通常の魔法であれば詠唱など要らないが、儀式魔法には必要なようだ。

 司祭たちの詠唱が終わると、魔法陣が光りだして全身を包み込んでいく。その光が増幅されると、目がくらむような輝きを放って、体の中へ吸い込まれていった。


「終わりました」

「え?」

「可愛らしい顔ですな。こちらをどうぞ」


 モルホルトはアーシャの顔を褒めると同時に、鏡を渡してきた。どうやら治っているようだが、醜い顔が脳裏に浮かんでしまい、鏡を直視できない。

 それでも恐る恐る見ると、一瞬にして喜びの表情へ変わった。


「凄い! 治ってるわ! 治ったのよ!」

「聖神イシュリルの奇跡でございます」

「凄いわね! あはっ、あはははっ!」

「では、寄付をいただけますかな?」

「これね。どうもありがとう!」

「いえいえ。司祭の務めでございます」


 アーシャは白金貨十枚を、モルホルトへ渡す。すると、その白金貨を一枚ずつ他の司祭たちへ渡していた。渡された司祭たちはホクホク顔だ。

 神へ祈りをささげた後は、すぐに部屋を出ていった。


「今後は、私が担当です。御用の際はお呼びください」

「分かったわ!」


(神の奇跡って凄いわ! こんなにも、アッサリと治っちゃうなんてね。でも、さすがにボリすぎよ。そのうち天罰でもあるんじゃないかしらね)


 アーシャの歓喜は収まらないが、いつまでも神殿で喜んでいても仕方ない。さっさとロッジへ戻ることにする。もちろん、帰りは大通りの中央を歩いた。もう道の端っこを隠れるように歩く必要はない。

 そして、ロッジへ戻った後は床の上に寝転がる。まるでフォルトのようだが、ロッジの中に椅子などない。床の上に座るか寝るかしかなかった。


「そう言えば、シュンに会えないんだっけ?」


 アーシャは、元の可愛い顔へ戻ったのだ。シュンへ治ったと伝えて、あの時に捨てたことを後悔させてやりたかった。しかしながら、会うには施設へ入るための許可証が必要だ。残念ながら持っていないので、会うことは不可能だった。


「まあいいかあ。もう付き合う気はないしぃ」


 よく考えたら、復縁を迫られても困る。シュンの本性を知ったので、復縁などする気はない。従者へ戻るつもりもない。


(まだ、お金は半分も残ってるわ。住む場所を探さなきゃ。いい物件があればいいんだけど……。都市もよく知らないんだよね。何か可愛いものでも売ってるかなあ?)


 アーシャは今後の事を考える。

 まずは住む場所を探して都市を散策する。ショッピングもしたい。そんな事を考えながら、天井を見上げるのであった。



◇◇◇◇◇



 ロッジから出たアーシャは、城塞都市ソフィアで暮らし始めた。住む場所を探したが、残念ながら良い物件がなかった。今は仕方なく、宿屋生活を送り始めていた。


「まったく。こっちの世界ときたら……」


 こちらの世界は住みづらいのだ。

 まず、娯楽がない。クラブやカラオケなどといった施設はない。ファッションをしようにも、平民が使う服飾店では気に入る服が売っていない。

 なんでもある日本とは違うのだ。


(やることがないわ。ショッピングと言っても欲しいものはないし、おいしいものを食べたくても入店を断られるし……)


 アーシャが望む最低限のものは、貴族が使うものだった。食事をしたくても品格が問われるので、平民では入店すらさせてもらえない。

 豪華な服は高価であり、普段から着るものでもない。貴金属は桁が違う。白金貨十枚など、すぐに吹っ飛んでしまう。これでは、何も楽しめないのだ。


「どんだけ格差があるのよ」

「君。ちょっといいかな?」


 それでもめげずに都市を散策していると、後ろから男性に呼び止められる。ナンパかと思ったが、どうやら違うようだ。衛兵らしく、剣とよろいを装備していた。


「なにかしら?」

「討伐隊に所属していたアーシャ殿で、間違いないかな?」

「え、ええ。そうよ」

「勇者候補のシュン殿の従者だった?」

「そうよ」

「ふむ。デルヴィ伯爵様が君を呼んでいる。御同行を願えるかな?」

「デルヴィ伯爵?」


 アーシャには聞き覚えがない名前だったが、とても断れる雰囲気ではない。いつの間にか、数名の衛兵に取り囲まれている。


「な、なによ!」

「君には、強盗の疑いが掛けられている。一緒に来てもらうぞ!」

「え?」

「おい!」

「「はっ!」」


 衛兵たちが、アーシャを拘束する。どうやら、捕縛の準備を整えていたようだ。まるで、警察の捕り物のようだった。


「やめて! 放して!」

「大人しくしろ!」


 周囲には、ヤジ馬のように人が集まってきた。

 アーシャは暴れようとするが、屈強な衛兵が数名で取り押さえているので無理だった。あっという間に拘束され、そのまま連行されてしまった。

 それからは何の取り調べもなく、デルヴィ伯爵の屋敷へ連れていかれた。都市にある貴族街の一角だ。とても大きな屋敷だった。


「伯爵様。連れて参りました」

「ご苦労。もう暫く押さえておきたまえ」

「「はっ!」」

「は、放して!」

「生きのいい女だな。ワシが納得したら帰してやる」

「あ、あんたは誰よ?」

「この御方はデルヴィ伯爵様だ。無礼が過ぎると重罪だぞ!」

「はあ?」


 デルヴィ伯爵。エウィ王国の有力貴族で、齢六十を越える。レイナスの父親であるローイン伯爵と実力を二分するほどの人物だ。

 そして、黒いうわさが絶えない人物でもある。私欲にまみれた生活をしており、世間だけでなく、貴族からの評判も悪い。蛇のような鋭い目をした白髪の老人で、アーシャをめ回すように見ている。これには、身の毛がよだつ。


「ワシの屋敷に、強盗が入ったようでの」

「それがどうしたのよ」

「盗まれたのは、白金貨が二十枚ほどだ」

「あたしじゃないわよ!」

「聖女殿に聞いたのだが、顔に大やけどを負っていたとか?」

「そ、そうね」

「治すには、神殿で上級の信仰系魔法が必要だったとか?」

「そうよ!」

「どうやって、寄付金を工面したのだ?」

「………………」


 デルヴィ伯爵の話は、カーミラが奪ってきた白金貨の件だ。あの小悪魔ではなく、アーシャを犯人だと思っているようだった。


「もらったのよ」

「ほう。誰に?」

「っ!」


 アーシャの胸へ刻まれた魔法陣がうずき出した。デルヴィの問いに答えると、おそらく死ぬ。やっと元の顔へ戻って、普通の生活を始められるのだ。

 こんな場所で死にたくない。


「言えないわ」

「まあ。犯人が其の方そのほうであろうとなかろうと、それは構わぬのだ」

「はい?」


 デルヴィは、何を言っているのか。

 犯人じゃなくても構わないとは、どういう意味なのだろう。その考えがアーシャの表情に出たようで、口角を上げて笑みを浮かべだした。


「白金貨二十枚分の仕事をしてもらうぞ」

「だから、あたしじゃないって言ってるでしょ!」

「ほほっ。其の方が犯人なのだ。ワシが、そう決めたからの」

「はあ?」

「ワシの屋敷から白金貨が盗まれ、其の方は神殿に白金貨を寄付した」

「何を言ってんのよ!」

「十分な証拠だな。おまえたちも、そう思うだろう?」

「はい。この女が犯人です!」

「え?」


 デルヴィの言葉に対して、アーシャを取り押さえている衛兵たちが同意する。これは、取り調べでもなんでもない。ただの出来レースであった。


「ワシは、若い女が好きでの。其の方のような、可愛い女がな」

「キモいから、こっちを見るな!」

「白金貨二十枚分。其の方の体で返してもらうぞ」

「ふっ、ふざけるんじゃないわよ!」


 アーシャは必死に抵抗するが、堅く拘束されているうえに、衛兵の力は強い。この場から逃げることは不可能だった。


「奴隷部屋へ連れていけ」

「はっ!」

「準備ができたら遊んでいけ」

「よろしいのですか?」

「ほほっ。若い女が壊れるを見るのが好きでの」

「ありがとうございます!」

「存分にはらませてやれ」

「はっ!」

「ちょ、ちょっと! 嫌よっ! 放してっ! 誰か助けてっ!」


 いくら助けを呼んでも無駄であった。

 アーシャは、屋敷にある奴隷部屋へと連れていかれる。部屋へ入った後は、天井から鎖でり下げられて裸にかれた。

 それから衛兵たちに、何時間にもわたって輪姦りんかんされてしまう。


「良かったぜえ。まあ、これから大変だろうがな」

「いろんな奴が来るからな。さっさと壊れたほうが楽だぜ」

「はぁ、はぁ」


 今後のアーシャには、白金貨二十枚分の仕事が待っている。

 その若々しい体を抱くのは、デルヴィの息がかかった者たちだそうだ。貴族も居れば、商人や役人も居るらしい。男性だけではなく女性も居るらしい。

 そして、地獄の日々が始まるのだった。



◇◇◇◇◇



 奴隷部屋の入口近くへ置かれた籠の中に、銅貨が一枚投げ入れられる。この籠は、アーシャが連れてこられたときから置いてあった。

 銅貨一枚は十円である。つまり、十円で飽きるまで抱かれるのだ。それで、二億円に匹敵する白金貨二十枚を稼がされている。籠の中の銅貨は何枚貯まっただろうか。三分の一は入っているように見える。

 しかし、あふれるほど入ったところで、白金貨二十枚分には届かない。


「も、もう……。や……め、て……」

「えへへ。その体をもらいにきたよ」

「あ、貴女、は……」


 アーシャが壊れかけた頃だった。

 どうやって来たのか分からないが、目の前にカーミラが現れる。邪悪な笑みを浮かべて、契約の対価を要求してきた。


「た、たす、け、て……」

「助けませんよお。もう、死んじゃいますしねえ」

「お、おね、が、い……」

「駄目でーす! 悪魔は契約にうるさいって言ったよねえ?」

「あた、しは、ま、だ、死……んで、な、いわ」

「えへへ。次の契約を結んじゃいましたあ」

「や、やく……そ、くが……」

「だから、私は殺さないですよお。私はね」

「え?」

「この人間が、お相手しまーす!」


 カーミラが指さした場所には、見たことがある男性が裸で立っていた。しかもその胸には、アーシャと同じ小さな魔法陣が刻まれている。

 この小悪魔と、次の契約を結んだモルホルト司祭だった。


「銅貨一枚は入れましたあ。契約どおり、好きにしていいですよお」

「はぁ、はぁ。あの時から狙っていた。たとえ、悪魔に魂を売ろうとも!」

「や、やめ! ぎゃあ! 痛い! いやあ!」

「ひゃははははっ!」


 モルホルトは、その手にナイフを持っていた。カーミラから許可を得た瞬間に、アーシャの首や胸、または腹を突き刺している。それでも顔だけは、手を出していない。

 奴隷部屋の中に、苦痛の悲鳴と狂気の声が木霊した。


「はぁ、はぁ。やっと静かになったな。さあ、愛してやるぞ」


 アーシャは目を見開き、悶絶もんぜつしながら若い命を終わらせた。

 そして、モルホルトが死体を抱き始めた。神へ仕える司祭として、女性を殺して抱くなど言語道断である。しかしながら、死んだ女性しか愛せない死体愛好家だった。

 今まで犠牲になった女性が存在するか分からないが、悪魔と契約してまで手に入れた死体である。満足するまで、何回も絶頂していた。


「契約満了! 汚いけど、その体をもらっていくねえ」


 カーミラは、アーシャの死体を袋へ詰め込む。モルホルトの死体は要らない。主人であるフォルトは、男性の死体に興味はない。


「待ちくたびれたよお。御主人様に慰めてもらおう!」


 それにしても、時間がかかってしまった。終わるのを待っていただけだが、モルホルトは止まらなかった。そんなにも、良いものだったのだろうか。カーミラは首を傾げながら、不思議なものを見たような表情をする。

 しかし、そんなことを考えている暇はない。さっさとアーシャの死体を抱え上げて、奴隷部屋から出ていくのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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