第145話 不穏な気配

 ディナーをいただく前に、お風呂で汗を流すこととなった。

 その浴場だが……とにかく広い。

 そして景色がいい。


「凄いなぁ……」

「うん……」


 俺とマイロは茫然としながら窓の外の景色に目を奪われた。

 月が照らしだす広大な海……もはや絵画のレベルだな。


「綺麗だね、ハーレイ」

「あ、あぁ……」


 そう言って、髪をかき上げるマイロ。

 ……いや、もう完全に女子だよ。

 なんでこっち側の風呂に入っているか分からなくなるが……それはマイロが男子だから。女子のようだけど、れっきとした男子だからだ。

 

「? どうかしたの?」

「い、いや、なんでもないよ……」


 俺は咄嗟に湯船へと浸かる。

 まるで逃げるようになってしまったが……今後、マイロと風呂に入ることがあるなら、気持ちの整理をつけておかないといけないな。



 風呂上がりに女性陣と合流し、いよいよディナーへ。

 レヴィング家の別荘でいただく料理の数々はとてもおいしかった。

 海が近いということもあって、その食材の多くは魚介類。うちの屋敷でも出ないわけじゃないけど、見たことのない魚だったり貝だったり、とにかく新鮮だった。


「はあぁ……当然だけど、学園の食堂よりおいしいわねぇ……」

「うんうん!」


 平民出身であるポルフィとマイロは初めて食べる貴族の食事に感激していた。まあ、こういう機会でもない限り、口にすることはないだろうからなぁ。

 みんなで楽しく話をしながら食事をしていると、部屋の隅で話をしているふたりの男性が目に留まった。

 その格好からして、この屋敷を警備している兵士だろう。

 だが、どうにも慌ただしくて……何か様子が変だ。


「何かあったのか?」


 思わず、彼らの行動が気になって口にしていた。

 すると、それを耳にしたサーシャも兵士たちの動きに気づいたようだ。


「ねぇ、何かあったのかしら?」


 食後のお茶を飲んでいるところへそのように声をかけられ、兵士たちはさらに動揺。

 すると、そこへちょうど兵士たちを束ねる警備責任者がやってきた。

 経験豊富でどっしりと構えた様子の警備隊長は、その場の空気から自分たちの間で話し合われている事態に俺たちが気づいたことを察し、サーシャのもとへとやってくると事態を簡単に説明した。


「先ほど、裏の森で不審な人物を目撃したという情報が入ってきました」

「裏の森に?」


 それを聞いて、俺は帰り道で感じた気配が気のせいでないと悟る。


「ど、どんな人だったんですか!?」

「人手を割いて周辺を調べていますが、今のところそのような人物は発見できていません。もしかしたら、ただの見間違いという線もありそうです」

「それなら安心なのですが……」


 不安そうに口にしたのはエルシーだった。

 ……本当に、ただの見間違いだろうか。


 念のため、俺も帰り道に人影を見た気がするという話を警備隊長へと告げておく。ハッキリ言って、なんの確証もないため、真剣に取り合ってくれるか分からないが……俺の胸の内だけに秘めておくことはできなかった。


「では、我々は引き続き警備を行います。応援要請もしましたし、どうかご安心ください」


 警備隊長は深々と頭を下げてから、その場をあとにする。


「さあ、気を取り直して――今度は後期の学園生活についてお話ししましょうか」


 漂い始めた少し重い空気を払うため、サーシャが元気よく言う。

 少し心配ではあるが、兵士たちが守ってくれるし、いざとなれば俺も戦う。

 今は気にせず、バカンスの夜を満喫しよう。







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