第136話 逃走

 黒騎士の猛攻を前に成す術のない俺。

 こちらに言語スキルを使用させないつもりらしいが――と、その時、


「ここにいたのかぁ!」


 突如、上空から叫び声が聞こえた。

 ――しかも、俺のよく知る声だ。


「ガインさん!?」


 俺と黒騎士の戦闘に割って入ったのはガインさんだった。


「怪しい連中がうろついているという報告を受けて来てみれば……お目当ての黒騎士がハーレイと戦闘中だったとはな!」

「あなた……」


 黒騎士ことヴァネッサ・ルーガンの顔色に動揺が見られた。初めて表情が崩れたと言っていい。


「観念しろ。おまえの仲間はすべて捕らえた。本命にたどり着くまでもう時間の問題だ」

「……そうね」


 ヴァネッサはあきらめたのか、大きく息を吐いて構えを解く。もう抵抗はしないという意思表示だろうか。


「よし……それでいい。無駄な抵抗はやめて大人しく――」

「けど、捕まるわけにはいかないわ」


 ヴァネッサはそう言って、懐に隠し持っていた球状の物体を取りだす。

 やはり、まだ逃亡をあきらめてはいなかったのだ。


「っ! いかん!」


 ガインさんはヴァネッサが何をしようとしているのか瞬時に理解したらしく、それを止めるために駆けだす――が、間に合わなかった。

 ヴァネッサは手にしていた球状の物体を地面に叩きつけた。次の瞬間、周囲に白煙が立ち込める。


「ぐおっ!?」

「うわっ!?」


 白煙に紛れたヴァネッサは、姿をくらませた。


「くそっ……あと一歩だったのに……」

「案ずるな、ハーレイ。他の連中はすでに捕えてある。ヤツらから情報を引っ張りだせば――嫌でもまた顔を合わせるさ」

「そ、そうですね……」

「問題は、あの危険な存在を学生としてこの敷地内にとどまらせていたことだ。恐らく、裏で糸を引いていたのは一部の貴族連中だろう」


 ガインさんの言う通り。

 シャルトラン家やライローズ家など、貴族という立場を利用して好き勝手していた者たちが仕込んでいたのは事実だろう。


「まあ、悪党を引きずりだすのは俺たちに任せてくれ」

「はい。お願いします」

「それより、さっきの戦闘で怪我とかしてないか?」

「むしろこっちのセリフですよ。まだ完全に癒えていないんじゃないですか?」

「あんなもん、唾つけときゃ治る。医者は大袈裟なんだよ」


 不満そうにそう漏らすが、その理論が通じるのは騎士団でも屈指の頑丈さを誇るガインさんくらいのものだろう。



 こうして、新学年クラス分け試験から始まった一連の騒動は一応幕を閉じた形となった。

 とはいえ、本番はこれからだ。

 俺たちが旧校舎で捕まえた連中が、何を吐きだすのか――それは騎士団の腕にかかっているといって過言ではない。


 ともかく、これで明日からは正当な評価によって昇格試験が行われるだろう。不正さえなければ、実力で上を目指せるいい仕組なのだから、利用しない手はない。


 まだまだ問題は山積。

 それでも、健全な学園運営へ向けて着実に一歩は踏みだせたと思う。

 これで、学園の空気がよりよくなってくれることを切に願うよ。

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