第31話 大雨の中の戦い

「……負けられない!」


ようやく人生が上向いてきたっていうに――こんなところで死ねるかよ!


「うおぉおおぉぉおぉおおおぉ!!!」


 マイナスの思考をかき消すように、俺は叫んだ。

 大雨に紛れて轟く雷鳴のごときその叫び――だが、リザードマンは怯む気配を見せない。向こうからすれば負け犬の遠吠えなのだろう。


 負け犬の遠吠え……でも、何もしないままただ死ぬのを待つよりマシだ。


 腹を決めた俺はリザードマンに立ち向かったのだが、その直前で目の前を大きな影が横切った。そして「なんだ?」と思うよりも先にリザードマンが吹っ飛んで木の幹にその全身を打ちつけていた。


「い、一体何が……」


 事態を把握しきれず、ファイティングポーズのまま硬直している俺の前に現れたのは、


「やれやれ……この森でまた人間を助けることになるとはな」


 別個体のリザードマンだった。

 こっちは赤くなく、緑色をした皮膚だった。


 一瞬焦ったが、あいつは襲ってきたリザードマンを吹っ飛ばした。

 もしかして……味方か?


「貴様……同族のくせに人間の肩を持つのか?」

「ここは俺の縄張りだ。さっさと出ていけ」


 視線の火花が飛び散り、肌を刺す緊張感が激しい雨音さえも黙らせる。

 だが、次の瞬間にはその感覚も弾け飛んだ。

 鋭い爪と牙が互いの体に深く食い込み、雨に紛れて鮮血が地面を濡らす。


「ぐがっ……」


 うめき声をあげたのは赤色のリザードマン。

 赤いオークのように強化されているはずなのだが、ノーマル種と思われる緑色のリザードマンの方が優勢に戦いを進めていた。

 そんなことを考えながらしばらく観察しているうちに、俺を助けてくれた方のリザードマンにはある特徴があることがわかった。


 そのリザードマンは――胸に大きな十字傷が刻まれていた。


 かつて、人間との戦闘で負ったものだろうか、それとも今みたいに同族との戦闘によりできたものなのか。いずれにせよ、区別をつけるのにはうってつけの印だった。


 ……さて、俺もそろそろ何か行動しないとな。

 ただ黙って成り行きを見守っているだけじゃダメだ。


 俺はゆっくりと立ち上がると、リザードマン同士の激しい戦いへ身を投じる。


「! 危ねぇから引っ込んでろ!」


 リザードマン(善)は俺にそう警告した。

 けど、俺は前進をする。

 大丈夫。

 今度はうまくやれる。


「うおらぁ!」


 俺は隙をついてリザードマン(悪)の脇腹に蹴りを叩き込む。上体がくの字に曲がったリザードマン(悪)は雨で濡れた地面にその身を沈めた。

 

「に、人間のガキってのはあんなに強ぇのか……」

「君があいつの隙をつくってくれたからうまくいったんだ。俺一人なら、きっとあんな強烈な一撃を当てることは叶わなかったよ」

「そうか――て、おまえモンスターの言葉がわかるのか!?」

 

 ……何度目だろうな、このやりとり。もしかして、これからモンスターと会話する時には絶対に発生する強制イベントになるのか?


「ぐ、お、おぉ……」


 脇腹を抑えながら立ち上がるリザードマン(悪)だが、すでに限界なようだ。おまけに、俺が戦線に加わって二対一という状況になったことも、戦意低下の要因に一役買っていた。



 今や、完全に立場は逆転したのだった。

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