第30話 森の中へ
「さて、どこにいるかな」
リーン村の畑を荒らすというリザードマン。
そいつを倒そうと思っていたのだが、手掛かりもなく歩いていたため、当然そう簡単には見つからない。
しばらくあてもなく歩き続けていたら、頬にポツポツと水の当たる感触。
「げっ! 降ってきた!」
雨だ。
晴れ間ものぞいていたから、ここから回復していくのかと思いきや、とんだ読み違いだ。どこかで雨宿りでもと視線を泳がせていると――目に留まった怪しい黒い影。
「うん?」
人型の輪郭を描くその影の正体は、
「あっ!?」
現れたのは俺が探し求めていたリザードマンだった。
その姿に、俺は思わずギョッと目を見開いた。
赤い。
リザードマンの鱗は血のように真っ赤だ。
あのオークと同じ特徴を持っている。
「こいつもあの石が埋め込まれているのか……」
だが、とレイトン商会はすでに捕まっている。
つまり、黒幕はまだ別にいるってことだ。
薄暗い森の中で光る赤い双眸は真っ直ぐこちらを見据えている。
互いの視線がぶつかってしばらく時が止まった。
それからすぐ、俺が話しかけようと一歩踏み出した瞬間、
ザッ!
リザードマンが消えた――違う。目では追えないほどのスピードで跳躍したのだ。
「なっ!?」
俺は慌てて辺りを見渡す。しかし、どこにもリザードマンの姿はない。もしや、逃げたのかだろうか――と、油断したのが失敗だった。
「死ね」
雨音にかき消されそうなほどの小さな、しかしたしかな殺意が込められた声が頭上から聞こえた。
「くっ!」
俺は見上げる間もなく横っ飛びして回避。
雨を含んだ湿った土は、リザードマンの鋭い爪で抉り取られていた。
もうちょっと回避が遅れていたら……背筋にゾクッと冷たい怖気が走る。
「人間のくせに……すばしっこいヤツめ」
リザードマンが俺の方を向く。
それに合わせて、俺はリザードマンに向かって叫んだ。
「おまえが畑荒らしの犯人か!?」
「人間のガキは肉が柔らかいからいいよなぁ」
「人の話を聞けよ! おまえは村の畑を荒らした犯人なのか?」
「うん? おまえ、俺の言葉がわかるのか?」
俺が言葉の通じる人間であることにわずかだが動揺したみたいだが、すぐにその顔つきは獲物を前にした捕食者のものになる。
「そういう変わった力を持った人間の肉は――格別にうまいんだよな!!」
再び襲いかかってくるリザードマン。
俺は剣を構えて迎えうつ。
モンスターとの戦闘は生涯で二度目――サーシャの乗った馬車を襲撃した赤オークとゴブリン戦以来となる。
あの時みたいに戦えばいいし、今回の場合は勝たなくていい。相手が偽物とわかったのなら適当に相手をしてとっととずらかるぞ。
――数秒後、俺はその考えが甘かったことを痛感する。
「! 速い!?」
リザードマンの動きはまったく目で追えなかった。左か右か。そんな単純な位置把握さえ困難にさせるほど、敵の動きは俊敏だったのだ。
そこで俺は初めて危機感を覚えた。
たかがリザードマンくらいどうとでもなると高をくくっていた。赤オークたちを倒したという実績もあるし。
だが、現実は違っていた。
リザードマンの動きについていくことすら難しく、防戦一方。致命の一撃をもらわないようにしながら、なんとか退路を確保しようとするが、俺のそんな思考さえ読み取ったかのような動きで先回りしてくる。そこまでの知恵があるとは思えない……野生の本能が、俺の逃げの姿勢を見抜き、精神面から蹂躙し始めていた。
「くそっ!?」
反撃を試みるも、俺の繰り出す攻撃は常に一歩遅かった。
もっと速く。
もっと鋭く。
もっと力強く。
強い願いとは裏腹に、俺の攻撃はかすりさえしない。
このままじゃ……負けるぞ……
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