56話 レンタルショップの18禁コーナーでアイを叫んだケモノ
「あーー」
死んだように俺は唸った。
またやってしまった……。
西園寺さんの時と同じだ。俺は俺の卑屈さでまた人を傷つけてしまった。
何やってんだよ……もっと別のやり方や言い方はたくさんあったはずなのに。
そんな後悔が募っていく。だけど、同時にこれでよかったのかもしれないとも思える。
香乃は俺なんかといない方がいい。
現に俺なんかといたせいであんな拗らせてヤンデレ特級呪物になってしまった。
俺に惚れなければ、地元を捨ててこっちに来ることなんてなかった。
俺に出会わなければ……地元でちゃんとした人と結婚して幸せな家庭を築いていたはずなんだ。
そう思うと俺は彼女の幸せを潰してしまったことになる。これ以上はもう香乃の幸福を潰したくはない。
これでよかったんだ……これでよかったんだよ。
こんな俺と関わらない方がいいんだ。
だって現に今、俺はこうして———
TSU●AYAの18禁コーナーでAVを探しているんだから。
普通、嫌なことがあったら、公園なり、河川敷なりで黄昏れるもんだが、俺は本能的にこの場所に来ていた。
なぜなら今すぐにでも気持ちを切り替えたいから。
気持ちを切り替えるためにはやはりエロが効果的だ。エロは嫌なこと、辛いことを忘れさせてくれる。人間の三大欲求の一つである性欲は侮ってはいけない。
ということで今晩のオカズを探しているとふとあるものに目が行ってしまった。
「あ……」
"天然巨乳水泳部員と深夜のドキドキ秘密のとっくん! ビート板に俺はなる!!"
よくあるAVだが、その表紙にいるAV女優が少し香乃に似ていた。
「香乃……」
そのAVを手に取り見つめる。気持ちを切り替えるつもりが、またぶり返してしまった。
ちくしょう……!
ちくしょう……!!
俺は彼女と……香乃とこのままでいいのかよ!!
「香乃!」
AVを片手に再び俺彼女の名を呼んだ。
すると———。
「ゆうちゃん……」
俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると今一番顔を見せたくない相手がいた。
「どうしてお前がここに……?」
「ゆうちゃんの匂いを辿ってきたの」
警察犬か!
そんなツッコミを入れられるほど今の俺には余裕がなかった。
「…………」
香乃の存在により18禁コーナーにいる中年達がチラチラこちらを見てくる。
だが、そんなことをお構えなしに俺は口を開いた。
謝らないといけないことがある。
「香乃……さっきは……」
「「ごめん!」」
言葉が重なった。
俺は自然と香乃の顔を覗いた。
すると今にも泣き崩れそうな表情で香乃は、
「私、ゆうちゃんにひどいことをした、ごめんなさい! でも、ゆうちゃんともう離れたくなかったの! 幼い時からずっと一人だった私にゆうちゃんは何も言わず一緒にいてくれた。それが昔からすごく嬉しかった! だから……だから私……」
「香乃……」
震えた声で言う香乃に俺は、
「謝るのは俺の方だ。俺みたいな奴と一緒にいたら不幸になるからと勝手に思ってお前を遠ざけた。お前はこんな俺と真剣に向き合ってくれていたというのに……」
初めて香乃と向き合おうとする。
「ゆうちゃん……」
「すまなかった、香乃……」
頭を下げた。
すると香乃は———。
「謝らないで。それでもこうして私の前にいてくれて嬉しい。ゆうちゃんがいてくれるだけで、私はここにいてもいいんだって。一人じゃないんだってずっと思えるの。だから……だから、これからもずっとにいたい! 例え恋人でなくても、友達でなくてもいい! 毎日じゃなくても、たまにでもいい! だからずっと、ずっと私のそばにいて……」
涙を流しながら香乃は言った。
そうか……そういうことだったんだ。
俺は大きな誤解をしていた。
こいつはオタクである俺を好きになったんじゃない。
俺という人間そのものが幼い頃からずっと好きだったんだ。
それなのに俺は自分といると不幸になると決めつけて香乃を遠ざけようとした。
全く……俺はとことん自己中心的な性格らしい。
「ゆうちゃん……?」
ゆっくりこちらを伺う香乃。
香乃の気持ちは理解した。
理解した上で俺は本当の意味で香乃と向き合わなければならない。
香乃の幼馴染みとして———。
「香乃……こちらこそ、いつも俺といてくれてありがとう。俺を好きになってくれてありがとう。……だけど、正直お前の気持ちにすぐ答えられるほど俺は真っ当な人間じゃない。もしかしたらずっと答えが出ないかもしれない。答えを出そうとしないかもしれない……それでも……そんな半端者の俺で良ければ……幼馴染みとして、これからも俺の近くに居て欲しい!!お、俺の———」
ここで言葉が詰まった。
やばい、こんなシチュエーションはじめてだからキザな言葉が浮かばない。
何かないか……!
ふと、手に持っていたAVに目をやった。
そして——。
「"俺のビート板になってくれ"」
そう告げた。
すると、香乃は優しく俺に抱きつき、
「うん!」
と微笑んだ。
その瞬間、周りから大勢の拍手が上がった。
先程から俺達を見ていた中年達が祝福するかのように手を叩いていたのだ。
そんな18禁コーナーにいる中年達の顔を見ると皆一言ずつ、俺達に言葉をかけていく。
「おめでとう」
「おめでとう!!」
「めでたいなーー」
「おめっとさん」
「ビート板ってなんだ? まあとにかくおめでとう!!」
俺はそんな中年達に笑顔で答えた。
「ありがとう」
と。
昼間から18禁コーナーにいる中年に、
ありがとう
お世話になっていたAV女優に、
さようなら
そして全ての
おめでとう
『オタクに恋は無理らしい』
—完—
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