第4章 取り戻した平穏

第34話 共同生活の始まり

 マティアスはハンニバルを連れて軍事基地に帰った後、一旦ハンニバルを彼の部屋に移動させてから司令室へ向かった。

 正気に戻って間もないハンニバルは精神的に不安定で、休息が必要だ。

 マティアスは1人でウィリアム司令官と対面し、任務の報告をする。

 ハンニバルが無茶な肉体改造を施されて暴走してしまったこと、オスカーが先日のハンバーガー工場乗っ取り事件とハンニバルの暴走の元凶であることを全て話した。


「そうか……辛い戦いだったな。私がもっと早くオスカーの野望に気づいていれば、ハンニバルはああならずに済んだのに……」

「ウィリアム司令官、あなたは何も悪くありません。どうか、ハンニバルを軍から追放しないで下さい! お願いします!」


 マティアスは必死にウィリアム司令官に訴えかける。もしもハンニバルが軍から追放されるならば、自分も軍を抜ける覚悟をしていた。


「心配することは無い。ハンニバルは私にとっても大切な仲間だ。今回の生物兵器研究所襲撃事件は、オスカーが作り出した巨大生物兵器によって引き起こされたことにしておこう」

「なるほど、それならハンニバルの名誉も守られるということですね」

「その通りだ。だが、話によるとハンニバルは精神的に不安定なようだな? 諸君に数ヶ月の休暇を与えるから、しばらくの間ハンニバルの面倒を見てくれないか」

「えぇ、ハンニバルが復帰出来るように、私が責任をもって面倒を見ます」


 マティアスはウィリアム司令官からハンニバルの部屋の合鍵をもらい、司令室を後にした。どうやらハンニバルに付きっきりで面倒を見ろということらしい。

 マティアスはハンニバルの部屋に向かう前に、まずは自室に戻った。

 戦いで血塗れになった体を洗い流す為に入浴と着替えを済ませた後、隣のハンニバルの部屋を訪れた。

 マティアスはハンニバルの部屋の扉をノックしたが、返事は無い。鍵も掛かっている。


(合鍵をもらったのは良いが、本人の許可無く勝手に部屋に入るのも気が引けるな……。だが、ウィリアム司令官に命じられたことなら仕方あるまい)


 マティアスは合鍵を使ってハンニバルの部屋に入った。部屋に明かりはついているが、ハンニバルの姿が見当たらない。

 そう思っていたその時、ハンニバルが浴室から上半身裸の下着姿で現れた。ハンニバルもちょうど風呂上がりだったようだ。


「マティアス!? 何でいつのまに俺の部屋に入ってんだ!?」

「勝手に入ってすまんな。実はウィリアム司令官からこの部屋の合鍵を渡されてな。私達に数ヶ月の休暇を与える代わりに、お前の面倒を見て欲しいと言われたんだ」

「何だ、そういうことかよ。俺のことは心配いらねぇってのに、あの司令官も世話焼きだなぁ。……でも、お前と一緒にいる時間が増えるなら嬉しいぜ」


 ハンニバルは事情を知ると、照れながら返事をした。数か月間の休暇をマティアスと一緒に過ごせるのが何よりも嬉しかったのだ。

 ハンニバルは私服に着替えると、キッチンへ向かって料理の準備をし始める。


「今日の夕飯は俺がご馳走してやるぜ。マティアスには迷惑かけちまったからな。お前はそこでゆっくり休んでいてくれ」

「良いのか? ではお言葉に甘えてゆっくりさせてもらうよ」

(今のハンニバルはだいぶ精神的に落ち着いてきたみたいだな。わざわざ私が数ヶ月も付きっきりで面倒を見る必要は無さそうだ)


 マティアスはハンニバルの様子を見て安心しながらソファの上で横になる。

 ハンニバルとの戦いで疲労が溜まっていたせいか、マティアスはいつのまにか眠りについていた。


「マティアスの奴、寝ちまったな。俺も疲れたから、飯食ったらさっさと寝るか」


 ハンニバルは眠気を我慢しつつ、冷蔵庫から食材を取り出す。目の前の生肉を包丁でカットし、フライパンで焼いていた。

 実はハンニバルは料理が得意なのだ。特に彼が作る肉料理は絶品で、休暇中はマティアスを部屋に招いて料理を振る舞うことが多かった。

 ハンニバルはステーキと炒め野菜を添えた料理2人分をテーブルに並べると、寝ているマティアスを起こしにいった。


「マティアス、飯が出来たぞ。起きろー」

「……ん、もう出来たのか」


 ハンニバルがマティアスの体をさすって起こすと、マティアスは眠そうな表情をしながらも美味しそうな匂いに釣られて起き上がる。

 2人とも激戦の後でとてもお腹を空かせていた。2人は席に着くと、目の前の肉料理を美味しそうに食べ始める。

 料理は少し多めに作ったつもりだが、2人ともすぐに平らげてしまった。


「ご馳走様。やはりハンニバルの料理は絶品だな」

「そうか? そう言ってくれると嬉しいぜ! オスカーの死体でも持ち帰って、人肉料理も作ってみたかったなぁ!」

「いや、それは勘弁してくれ! 人肉なんて食べたら体に悪いぞ! お前はともかく、私はそっちの趣味は無い!」

「あー、分かったよ! お前がそこまで言うなら人肉は控えるぜ」


 マティアスは慌てた様子で人肉料理を拒否した。

 実はハンニバルは完全に元通りの人格に戻ったわけでは無い。殺戮衝動は消えたが、ウルリッヒと同じ人肉嗜食は引き継いだままだ。

 マティアスの前では落ち着いているように見えるが、凶暴性も肉体改造前と比べて少なからず増している。

 ハンニバルがうっかり他の人間に危害を加えないように、マティアスによる監視が必要な状態だ。

 食事を終え、マティアスが自室に帰る準備をすると、ハンニバルはマティアスを引き留めた。


「マティアス、今日はずっとここに居てくれねぇか?」

「急にどうしたんだ? ハンニバル」

「いや、その……たまには一緒に寝るのも良いだろ?」

「なっ……!?」


 突然のハンニバルの要求にマティアスは戸惑いを見せる。

 実はハンニバルは人狼ウェアウルフの血の影響に加え、マティアスが彼に打った注射で別の副作用を引き起こしてしまっていた。

 その影響でハンニバルは猫のように甘えん坊になってしまったのだ。

 ハンニバルに注入した薬は所詮試作品だったので、何があっても不思議では無かった。


「なんだよ、その目は。お前だってさっき俺が着替えてる時チラチラ見てただろ」

「そ、それは……お前が以前よりも随分筋肉がついたなと思って見ていただけだ。……まぁ、お前が望むなら私はいくらでも付き合ってやるぞ」

「本当か!? やったぜ!」


 2人は歯磨きをして寝る準備を済ませると、ベッドに一緒に寝転んだ。

 ハンニバルの部屋のベッドはとても大きく、通常のダブルベッド以上のサイズはあった。それでも大柄な男2人が寝るには少し狭いが。

 2人は戦いの疲れもあって、ベッドに入って早々眠りについた。こうしてハンニバルとの共同生活が始まったのであった。

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