第33話 決戦のワイルド・ソルジャー 後編

 ハンニバルの砲撃によって周辺の広範囲が燃え盛る戦場と化した。辺りは凄まじい熱気が漂っており、通常の人間では数分耐えるのが限度だろう。

 ハンニバルは自信に満ちた表情で、マティアスに向けて炎のレーザーを放った。マティアスも対抗して氷のレーザーを放つ。

 しかし、周りの熱気のせいで氷のレーザーの威力は落ちていた。

 互いのレーザーがぶつかり合った時、威力の下がった氷のレーザーは、相手の炎のレーザーにあっさり打ち消されてしまう。

 マティアスは間一髪のところで炎のレーザーを回避した。


「この灼熱の戦場の中では、氷の砲撃なんぞ役に立たねぇぜ。もはや俺に弱点は存在しねぇんだよ! ハッハッハッ!」

「いや、私の武器はもう一つ別の属性を使うことが出来る。氷が駄目ならこいつはどうだ」


 マティアスは砲撃の属性を氷属性から雷属性に切り替え、ハンニバルに向けて雷のレーザーを放つ。


「おっと、そういや雷属性もあったんだったな。すっかり忘れてたぜ」


 ハンニバルは急いで炎のレーザーで対抗する。炎と雷のレーザーがぶつかり合うと、そこから電流を帯びた大爆発を引き起こした。

 マティアスとハンニバルはその大爆発に巻き込まれてふっ飛ばされ、互いに結構なダメージを受ける。

 この戦い方を続けるのは耐久力で勝るハンニバルの方が圧倒的に有利だ。


(氷の砲撃を無力化された今は雷の砲撃で戦うしかない。だが、この状態で砲撃をぶつけ合うのも危険すぎるな)


 マティアスは立ち上がりつつ、冷静に対抗手段を考える。

 こうしている間にも、ハンニバルは再びマティアスに向けて炎のレーザーを放つ。

 砲撃の撃ち合いでは不利だと判断したマティアスは、前方に高くジャンプして炎のレーザーを避けた。

 マティアスはハンニバルの頭上に回ると、真下にいるハンニバルに向かって雷のレーザーを発射する。

 雷のレーザーはハンニバルに命中し、大きく怯ませた。弱点の氷のレーザー程では無いが、ダメージは通っているようだ。

 マティアスはハンニバルの背後に着地した直後も砲撃で追撃する。順調にダメージを与えている中、ハンニバルは砲撃に耐えつつもマティアスの方を振り向く。


「調子に乗りやがって! このまま逃げ切れると思うなよ!」


 ハンニバルは雷のレーザーを受け続けながら、マティアスに向かって走ってきた。

 マティアスは砲撃しながらその衝撃で後方へジャンプする"バックステップショット"で回避しようとしたが、その直後にハンニバルが素早く飛び掛かってマティアスを抑えつける。

 

「手こずらせやがって。そういや、俺の新しい能力をまだ見せてなかったな。これが人狼ウェアウルフの力だ!」


 ハンニバルはマティアスに馬乗りになりながら、自分の爪を長い鉤爪に変化させた。人狼ウェアウルフウルリッヒとほぼ同じ能力をハンニバルは手に入れていたのだ。

 ウルリッヒのもう一つの能力である"カモフラージュ"までは受け継げなかったようだが、それでも十分脅威となるのは間違いない。


「くっ……! お前、いつのまにそんな能力を!? 私も人狼ウェアウルフの血を投与されたが、そんな能力は持ってないぞ! 私はそんな野蛮な姿にはなりたくないがな!」

「オスカーの野郎から教えてもらったぜ。俺とウルリッヒは遺伝子が近いってな。だから俺はウルリッヒの血を多めに投与されても無事でいられて、より多くの恩恵を受けられたってわけだ。これで分かっただろ? お前よりも俺の方が最高傑作の人間兵器に相応しいってことをな!」

「確かにお前は強さだけは最高傑作かも知れんが、少なくともとは言えんな……」


 マティアスは恐怖と呆れを交えた表情で返事をした。そして、ハンニバルは凶悪な表情でマティアスを見下ろし、鉤爪を立てる。


「今となってはウルリッヒが俺を切り刻んで食おうとしていたのがよく分かるぜ。俺もちょうど腹が減ってきて、無性にお前を食いたくなってきたからよ!」

「やめろ! ハンニバル! 目を覚ましてくれ!」


 マティアスは必死にハンニバルに呼びかける。恐怖も大きいが、何よりも戦いを共にしてきた戦友が自分をいたぶり殺そうとしていることに深い悲しみを覚えていた。


「俺はお前と過ごした日々は一生忘れないぜ。安心しな、俺とお前はこれからもずっと一緒だ。お前は俺の血となり肉となって永遠に生きるんだ!」


 ハンニバルはマティアスへの最後の思いを伝えると、手を大きく振り、鉤爪でマティアスを斬りつけた。

 マティアスの胸から血しぶきが激しく飛び、彼は大きく悲鳴を上げる。


「ぐあああっ!! お前は本当に……それで満足なの……か?」


 マティアスは苦しみながらもハンニバルを説得しようとするが、ハンニバルはマティアスが流血し悲鳴を上げて苦しむ様子を楽しみながらいたぶり続けた。


(もはやここまでか……。ウィリアム司令官、研究員のみんな、そしてハンニバル……助けてやれなくてすまなかった……)


 マティアスが敗北を悟り、徐々に意識が薄れていったその時、空から急な大雨が降り始めた。

 燃え盛っていた戦場は鎮火し、凄まじい熱気が漂っていた周辺は涼しくなっていく。


(炎が消えた! これで反撃出来る!)


 マティアスはハンニバルに押さえつけられた体勢のまま手元のバズーカを構え、氷のレーザーをハンニバルに発射する。

 至近距離での発射に加え、相手が雨で濡れている状態なので冷気は増していた。


「ぐっ……! こんな時に大雨だと!? せっかくの灼熱のフィールドが台無しじゃねーか!」


 ハンニバルが怯んだ隙に、マティアスはハンニバルを殴り飛ばして立ち上がる。


「詰めが甘かったな。お前が私から武器を取り上げなかったのが運の尽きだ」


 もしも大雨が降らなかったり、マティアスのバズーカが彼の手元から離れていれば、確実にハンニバルに殺されていただろう。

 今回の大雨はマティアスにとって勝利の女神と言えるものだった。

 ハンニバルは威力が増した氷のレーザーを食らって体が冷えており、動きが鈍っている状態だ。

 周りの炎が消えた今は、体の冷気を打ち消すことも出来ない。追撃するなら今がチャンスだ。

 マティアスは砲撃の属性を雷属性に切り替え、今度は雷のレーザーをハンニバルに向けて発射する。

 水分と冷気が重なったハンニバルの身体に命中した雷のレーザーは、威力が通常の数倍にも跳ね上がっていた。

 ハンニバルの身体は激しいショートを引き起こし、ついにハンニバルはその場に倒れこむ。


「ハンニバル、お前は最高の戦友だった」


 マティアスは勝利を確信すると同時に、悲しみに満ちた表情で言い放った。

 人狼ウェアウルフの血で極限状態まで肉体強化を施されたハンニバルは、まさに最高傑作の人間兵器に相応しい強さだった。

 マティアスは倒れたハンニバルに近寄りトドメを刺そうとしたが、同時に研究所で拾った注射器の事を思い出す。

 弱った相手に注射を打てば、暴走した改造人間を正気に戻せる可能性があることも。

 完全に元通りになれる保証は無いが、またやり直せるならやり直したい。マティアスはそんな思いを込めながらハンニバルに注射を打つ。

 注射を打たれたハンニバルは、やがて安らかな表情で眠りについた。その表情は元の優しいハンニバルに戻ったかのようにも見えた。


「ハンニバル、どうかあの頃のお前に戻ってくれ」


 マティアスはそう願いながら、ハンニバルの身体を雨の当たらない場所へ運び、彼が目覚めるのをじっと待っていた。

 注射を打って数十分後、ハンニバルは体の傷が癒え、ようやく目を覚ました。

 赤く光っていた鋭い眼光は消え、肉体改造される前の穏やかな表情に戻っていた。


「マティアス……なぜ俺を殺さなかった? 俺は……」

「もう良い。ハンニバル、一緒に軍事基地へ帰ろう」

「駄目だ……俺はもう戻れねぇ!」


 マティアスは優しく手を差し伸べたが、ハンニバルはその手を振り払い、一緒に帰ることを拒絶する。


「俺は研究所を滅ぼし、お前も、軍の仲間達も殺そうとしたんだ。俺はそんな自分が許せねぇ」


 ハンニバルは自責の念に駆られていた。無茶な改造手術で精神に異常をきたしていたとはいえ、軍と協力関係にある研究所を滅ぼしてしまったことに変わりは無い。

 何よりも親友であるマティアスを傷つけてしまった自分を許せなかったのだ。

 そんなハンニバルに対し、マティアスは冷静に向き合う。


「ハンニバル、私はお前に何度も命を救われた。だから私も親友としてお前を助ける義務がある。例えお前の人格が変わっても、道を踏み外しても、私はお前の味方だ。……おかえり、ハンニバル」


 マティアスは優しく微笑みながらハンニバルを抱き寄せる。マティアスにとって、ハンニバルが正気に戻ってくれたことが何よりも嬉しかった。

 そんなマティアスの優しさに触れたハンニバルは、思わず涙を流し始める。


「マティアス……! ごめんよ! 俺が全部悪かった!」


 ハンニバルは泣きながらマティアスに抱きつく。気がつけばマティアスも、ハンニバルとの絆を取り戻せた嬉しさで一緒に泣いていた。

 やがて大雨は止み、空は夕日で覆われた。まるで2人の再会を祝福しているかのような綺麗な夕日だ。


「今回の事件をウィリアム司令官が知ったら、おそらく俺は軍を追放されるだろうな……」

「その時は私もお前と一緒に行く。大丈夫さ、きちんと事情を説明すればウィリアム司令官も分かってくれるはずだ。さぁ、私達の帰るべき場所へ帰ろう」


 2人は軍用車に向かったが、先ほどの戦いに巻き込まれたせいか、車の外装がボロボロになっていた。

 幸い、車の中は無事だったので運転にはあまり支障が出なかった。2人は仲良く軍事基地へ帰って行ったのであった。

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