第24話 左鎖骨骨折

 家に連れて帰った日の夕方だった。母には「トイレに行きたくなったりしたら声を掛けて」と言っておいたが、丁度私が他の用事をして目を離した隙に母は自分でトイレに行こうとして立ち上がりバランスを崩し転んでしまったようだ。私を呼ぶ声で駆け付けて行った時には自力で起き上がっていたが「前に突っ込むようにして転んで思い切り左肩を打った」と言う。すぐに左肩の周りを見てみたが少し赤くなっている程度だった。「痛いが我慢できる」と言っているし腫れもなかったのでもう暫く様子を見る事にした。こんな事なら連れて帰るんじゃなかったと後悔した。


 これはいよいよ目が離せないぞと思い、夜は一緒の部屋で寝る事にした。ベッド脇にポータブルトイレも設置した。以前母が元気だった頃は母屋と続いた離れの二階に寝ていたが、脳梗塞になってからは様子がすぐ分かるように離れの一階で寝るようにしていた。が、今回は離れて寝るわけにはいかなかった。


 それからは本当に大変だった。夜、数回トイレに起きるのでその度に介助が必要で私は殆んど寝られなかった。しかも転倒した日の夜は、肩の痛みの訴えはなかったが翌日三十一日は「痛い、痛い」と一晩中痛がるのだ。三十一日は子供達も来る予定がなかったので年越しそばを食べて母とのんびり紅白歌合戦を見るはずだったのにとんだ年末年始になってしまった。六十年間生きてきて一番最悪な年明けだった。


 一月一日は午後から長男家族が来ることになっていたがそれまで待てそうにないので長男(車で三十分位離れたところに住んでいる)に連絡して午前中来てもらい総合病院に連れて行ってもらった。駐車場までは母を長男がおんぶしてくれた。事前に病院には連絡しておいたのであまり待つことなく診察してもらえた。レントゲンを撮ってもらうと『左鎖骨骨折』との事で上手く骨がつくように固定の装具をつける事になった。この固定の装具はそれから二ヶ月位装着する事になり母にはかなりのストレスになってしまった。帰りも長男が病院の玄関に車をつけてくれ駐車場から家までは又おんぶして連れて帰ってくれたので本当に助かった。今まで何もかも一人でやっていたが二人だとこんなにスムーズに楽に出来るんだと改めて思った。母の介護をするようになってからもう一人近くに協力者がいたらどんなに助かるだろうと何度も思ったものだ。


 長男は一旦可部の自宅に帰り午後から改めて家族と一緒にやって来た。長女も子供達とやって来た。母の状態を知って娘家族は四日までいてくれて買い物など色々と手伝ってくれ助かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る