第11話 街に行こう

 ウンディエゴの一件から一週間以上経った。

 授業に呼び出しに罰則と、忙しい日々を過ごしてようやく手に入れた休日。やる事は平日並みに沢山ある。


「──なのにさぁ」


 サモンは深くため息をついた。

 塔の前に立つ、レーガとロゼッタ。外出予定があるのか、私服で立つ彼らを前に、昨日も着ていた服でコーヒーのマグカップを持つサモン。

 頭をガシガシと掻くと、サモンは二人を睨むように見る。



「何でわざわざ休みの日にまで来るのかなぁ、アンタらは」

「おはようございます! サモン先生!」

「教師が生徒に対して、そのような物言いをなさるのはどうかと思います」



 同じように忙しい平日を乗り越えた休日なのに、どうして子供というのはピンピンしているものなのか。サモンは塔の中に戻っていく。

 閉じかけのドアに、ロゼッタが手を滑り込ませた。


「先生に、ちょぉっと、お話がありまして」

「私は無いから、さっさとお帰りなさい。知らないだろうけど、私にも予定というものがある」

「どうしても先生について来てもらわないと、私達も、困るんっ、ですっ!」


 ドアをこじ開け、ロゼッタは塔の中に入ってくる。

 レーガは壁中本だらけの塔に、目を輝かせていた。

 サモンは「悪いけど」と、思っても無い言葉を前置きする。


「私は今日は忙しいんだ。塔の掃除に森の妖精たちの様子見に、妖精学の最新知識の取り入れと、次の授業の準備があるんだ」

「どうせ魔法で時短するんでしょう?」

「……そうだとも」


 ロゼッタにあっさり見透かされ、サモンは不満げに頬を膨らませる。

 マグカップにコーヒーを注ぎ、砂糖を二つとポーションミルクを一つ放り込んで、かき混ぜずに口に含む。


「大体、アンタらは忘れてるかもしれないがね。私は人間は大嫌いなんだ。何で平日ずっと顔を合わせるアンタらに、休日も付き合わなくちゃいけないんだい。他の先生にお願いなさい。私でなければいけない用事なんて、全く無いものだよ」


 サモンはさっさと二人を塔にから追い出そうとするが、レーガが足に力を入れてサモンに抵抗する。


「サモン先生お願い! 杖を買いに行くんです!」

「なら、二人だけでお行きなさい」

「サモン先生についてきていただきたいんです!」

「自分に適した杖が何かは、自分がよぉく知っているだろう。ロゼッタ、君まで他人に頼る気かい?」


 サモンがやっと二人をドアの前まで押しやったが、二人は意地になってサモンに抵抗する。

 相手が子供とはいえ、二人がかりでサモンに抵抗すれば、さすがにサモンも力負けする。


「いい加減になさい。私は二日しかない休日を謳歌して、平日サボるための体力を蓄えるんだよ!」

「最っ低な先生ですね! 少しくらい生徒に寄り添う姿勢を、見せてはいかがですか!」

「お断りしよう! レーガに至っては、休み時間でも私に付きまとうんだ。少しくらい遠慮したらどうだい!」

「僕もお断りです! 先生の事大好きだもん! ずっと一緒にいたいもん!」

「その言い方はお止めなさい! 誤解される!」


 ただでさえ、学園長に『不良生徒以上に問題の数が多い』と言われているのだ。それに加えて『生徒に手を出した』なんて噂が立ったら、お説教&罰則どころの話では無くなる。



(私もレーガもどうなろうと関係ないが、汚点が出来るのは避けたい!!)



 レーガとロゼッタを、どうにかドアの外にまで押し出して、サモンはドアを閉めようとする。

 レーガは「待って!」と最後まで足掻いた。


「せめて、先生が僕に杖の直し方を教えてください!」


 レーガに突き出された真っ二つに折れた杖。サモンはつい、受け取ってしまう。

 折れた箇所は稲妻のように鋭く、焦げたような跡まである。

 内側をパチパチと火花が散るのを見て、『魔法による損傷』だと判断した。


「……私でも直せないよ。木製の杖は、折れたら直らない」

「そんな……。っでも、アガレット先生の杖は直したでしょう?」

「ガラスの杖は、折れやすい反面、直しやすい利点がある。それは陶器製も同じ。けれど、木製は違う。純粋なエネルギーで、先と根がハッキリ分かっている」


 上も下もない杖は、壊れても魔法で直せるが、上と下が決まっている杖は、下手に直せば魔法の逆流事故や暴発が起きやすくなる。


「それにアガレットの杖は、日没後に砂になるおまけをつけてあげたから、直したというより、騙したが正しい」

「本当に最低ですね」

「サモン先生、そんなにアガレット先生の事嫌いなんだ」

「君たちのことも嫌いだよ」


 ロゼッタは、サモンを何とか説得しようと試みる。

 サモンは杖を、綺麗な布に包んでレーガに返した。


「先生なら【杖差別】せずに、選び方を教えて下さると信じています。次また折れた時のためにも、どうかご教授願えませんか」


 二人の懇願にサモンも少しだけ、ほんの少しだけ悩む。

「関係ない」と言ってドアを閉めようと思ったのだが、どうせ街に行くなら、サモンも少し用事がある。


「予定変更。良いだろう。ついて行ってあげよう。ただし、私との約束は守ること」


 サモンの心変わりに、二人の表情は明るくなる。サモンは着替えを取りに塔に戻る。

 小さく巻かれた手紙を、ポケットに押し込んだ。

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