#24 「自由の意味」
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凪は千鶴の体を盾にするように抱えながら立ち上がり、頭に巻きつけた服の上から銃口を突きつけた。自立できない彼女の体は少し重く感じる。
鑑を見る。彼はこちらと目があった瞬間にぴたりとその動きを止めた。
「その場所から動かないでください。手を頭の後ろへ。変な動きをしたら千鶴を撃ちます」
鑑は指示通り手を頭の後ろに組んだ。
駐車場の入り口に佇んだまま押し黙る彼と睨み合いになる。彼は冷たい壁のような無表情で、じっとこちらを見つめている。
そこそこ距離がある。二十メートルぐらいだろうか。銃の扱いに不慣れな自分では、たとえ彼が動かない的であったとしても狙いを定めるのは難しいだろう。
もっとも、もともと撃ち合いをするつもりはさらさらない。この距離感は狙い通りのものだ。
「凪」鑑が口を開いた。「まず、俺たちがお前たちにしたことを今謝っておく。すまない」
引き金にあてた指に力が入りそうになるのをぐっと堪える──遅すぎる。何もかも。
「その上で一つ言っておく」鑑が言葉を続ける。「これ以上そうした振る舞いを続けたとき、お前が損なうことになるものはとても大切なものだ……もう実感しているかもしれないがね」
あくまでこちらを案じているような声色。その白々しさに腹が立つ。
「……今更、もう手遅れですよ」
愛する者の顔を潰し、四肢を折り、頭に銃口を突きつけるこの自分は、彼の心のうちにどのような像を結んでいるのだろう。まだ人のかたちに見えているだろうか。
鑑が目に映している景色がどうあれ、あいにくこの目はもう、彼を人として映していない。
彼らは人の姿をしていても人間ではない。そう認識することに、ついさっき決めた。
頭の中に入っているものが人間のそれではないから──そんな理由で人とそうでないものを選り分けることはしない。
鑑も誰かを愛するだろう。それを奪われることに心を痛めるだろう。他の人間や、かつての自分と同じように。でも本当の人間と彼らでは、世界の見え方が決定的に違っている。
自分はそのことを知っている。なぜなら自分も今、人間でなくなりつつあるからだ。
彼に忠告されなくても、この心は今まさに切り刻まれている自分自身の悲鳴を聞いている。チカの額を撃ち抜いた時、千鶴の顔を潰した時──暴力によって他人から何か奪う時、自分は自分の、何にも代えられない部分を殺している。まだ昂奮がその痛みを麻酔のようにぼやけさせているが、やがてこの感覚は鮮明になり自分を苛むだろう。
今この胸の内ですり潰されているものは、自分を構成するもののうち、おそらくチカがもっとも愛してくれた部分だ。同時に、それはこの自分を人間たらしめていた部分でもある。
不意に目元が熱くなった。それはすぐに溢れ出し、頬を伝っていく。
「誰だってこんなことしたくない……」今まさに引き裂かれている自分のどこかが口を動かす。「愛する人に優しくして、そのことを嬉しいと思う……僕はただ、それだけでよかったのに……」
咽ぶのをこらえきれず、途切れ途切れに言葉が紡がれていく。
月明かりに照らされた鑑の姿が滲む。彼の表情はもうよく見えない。
人間らしさを残した自分の欠片がまだこの胸の中でのたうちまわっている。今からするのは、それに止めを刺すことだ。
凪は拳銃を一度左手に持ち替えると、自由になった右手で千鶴から奪ったウェストポーチのなかを弄って目的のものを取り出した。手のひらに掴んだりんごのような形のそれを、見えるように掲げる。
鑑はそれを視認して少したじろいだ。投げられると思ったのだろうか。
親指にかけたレバーをぐっと握り込む。
それに押さえつけられたように、ざわめく心の音がぶつっと途切れて、世界がしんと凪いだ。呼吸を詰まらせるような胸の重みが、ふっと消えた。
解き放たれたような強い自由の実感──たった今、自分は人であることの境界線を跨いだらしい。
何にも束縛されない絶対的な自由というのは、心の喪失と同義のようだ。ふたりきりの正義に縋り、それを遂行することへの渇望が辿り着いた先には、ただ虚しい、意味を失ったがらんどうの景色が広がっていた。
もうこの場所には、本当には何もない。チカも、星野も、鑑も、千鶴も、晴香も──それらを感じていた自分はもう、消えてしまったのだから。
それでもこの体は動き続ける。茫漠たる自由の中で、交わした誓いを守るために。
凪は
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