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「すごい、こんなに星が見えるんだ」


 マナは車の窓に手をあてて夜空を見ている。隣りに座る凪の位置から彼女の表情は確認できないが、その声色は楽しそうだ。

 街の中を走っているが、辺りには街灯一つ無い。車のヘッドライトと月明かりだけが周囲を照らしている。

 窓の外を、シャッターの降りた商店や明かりの点いていない住宅が通り過ぎていく。ふとカーテンが半開きの窓が目に留まった。その暗い隙間からこちらを覗かれている気がして、思わず視線を前に戻す。

 誰も居ないはずなのに、人の気配を不気味なほど感じる。ゴーストタウンとはよく言ったものだ。


「この辺りに隠れ家があるんですか?」凪が質問する。

「ああ、いや」鑑が数時間ぶりに口を開く。「昔はこの辺に隠れてたんだが、今はもっと山奥の古民家を修繕しながら使ってる」

「どうしてですか?」

「このあたりまでは意外と人が来るんだよ。こういう街並みを目当てに」

「はぁ」


 よく分からない世界だ──そう思いながら、もう一度窓の外の景色を見る。いつの間にか住宅街を通り過ぎ、雑草が生え放題の開けた場所に出ていた。元々は田園地帯だったのだろうか。車のライトが照らす範囲は僅かで、遠くまでは暗すぎてよく分からない。

 真っ黒な山々の影の向こうを、天球に貼り付いた星屑が飾っている。その瞬きに、ただただ圧倒される。


「あっ! 流れ星!」マナが突然言う。

「えっほんと?」


 流れ星なんて見たことがない。もう一度降ってこないだろうかと夜空に目を凝らす。


「願い事した?」

「ううん、そんな暇なかった。ちゃんと準備しておかないとね」


 準備、か。マナは星にどんな願いをかけるのだろう──少しだけ、彼女の今の気持ちに思いを巡らせる。

 想像がつかず、ふとマナの顔を見て、思いがけず目が合った。なぜか気まずくなり、すぐに顔をそらす。


 再び夜空を見ながら改めて考える。自分は星にどんな願いをかけよう。



 車は遮断器の壊れた踏切を通り過ぎ、やがて山道に入った。


     *


 その平屋の古民家は、真っ暗な森の中で静かに佇んでいた。

 暗闇に溶け込んでいて全体はよく見えないが、二世帯ぐらいまでは余裕を持って住めそうな大きさだ。

 一室だけ明かりが点いていて、その周りだけぼうっと浮き上がって見える。木造だが、壁の一部にトタンが張られ、それも塗装が剥げて錆が見えている。壊れかけの家をなんとか修繕しながら使っているという印象だ。


 鑑が曇り硝子の張られた玄関の戸を開ける。しんと静まり返った森にカラカラという音が響く。


「おい、千鶴ちづる。まだ起きてるか」


 鑑の呼びかけから少し間を置いて、廊下の奥の明かりが点いた部屋からひょこっと顔が出てきた。


「ああ、タカちゃんおかえりー」


 そのまま懐中電灯を持ってこちらに寄ってくる。女の子だ。マナと同い年ぐらいだろうか。

 マナは顔に懐中電灯を向けられ、少し目を細めた。


「アンタが新しい仲間のマナだね」少女がマナに手を差し出す。「ウチは千鶴ちづる。よろしく」

「あっ、よろしく……おねがいします」マナがおずおずと手を取る。


 千鶴と名乗った女の子がこちらを向く。


「こっちがタカちゃんが言ってた人間か。って、クッソ美形じゃん! 本当に人間? 作り物みたいだな」


 雨のように降ってくる目鼻立ちへの感想に、思わず身構えてしまう。


「……よろしく。あの、タカちゃんって?」

「え?」千鶴が鑑を指差す。「そいつ。孝之たかゆきだからタカちゃん」

「ああ、なるほど」


 ちらりと鑑を見る。彼は自分が話題にされていることを特に気にする様子もなく靴を脱いでいる。


「俺が居ない間、何か変わったことあったか?」鑑が靴を脱ぎながら言う。

「特には……」千鶴が頭に手を添える。「ああいや、発電機が一つ壊れた。明日オイルと一緒に下の街から確保してきてほしい」

「ああ、分かった」


 その会話の後で、凪は視線を感じて千鶴を見た。

 彼女はなぜかこちらの顔をじっと見ている。


「……何?」

「顔火傷してんね。とりあえず奥に来なよ。手当てするから」

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