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 上手く隠してるつもりなのかもしれないけど、その瞳の奥でグチャグチャになってる気持ち、バレバレだから


 望む望まないに関わらず、君の中で育っているその怪物はこれからどんどん大きく成長していくんだよ


 いくら君が私とのネバーランドを大切に思っていたって、いずれはそれを捨ててどこかにいっちゃうはず。バカな君は強い刺激に抗えないから


 だからどこにもいけないように、首輪をつけてさせてほしいの


 君がひた隠しにしてる、誰にも見せられない一番一番醜い部分を私にぶつけて


 私はそれを受け入れる。君の秘密にしてる醜さを知って、その全部を許してあげる


 そうすれば、君はもう私から離れられないでしょう?


 君が私を本当に好きならそうして。後戻りできない誓いだと思って、私を全力で傷つけてね──


     *


「大丈夫? 気分悪そう……」


 ソファーに座り目を伏せていた凪は、そう話しかけられたことでようやくマナがシャワーを終えたことに気づいた。

 顔を上げる。館内着のガウンを羽織った彼女は心配そうにこちらの顔を覗き込んでいた。さっきまで自分は壁を隔てた向こうの空間で水が落ちる音を聞いていたはずなのに、いつの間に。


「……大丈夫だよ。心配させたね」無理やり笑顔を作る。彼女の前では涼しい顔でいたい。

「嘘。吐き気がありそうだね。水持ってくるよ」


 マナはかがんだ体を起こし、洗面の方へパタパタと走っていく。

 どれだけ気丈に振る舞おうとしても、それが通用しない相手というのはやり辛い。どうせならプライドを守ろうとする気持ちも汲んで欲しい。


 少しして、彼女は右手に白いコップを持って洗面から戻ってきた。


「はい」差し出されたコップの水面に反射する像がキラリと歪む。

「ありがと」


 それを受け取ろうとして、途中で伸ばした手を動かせなくなった。


「……どうしたの?」彼女が心配そうにこちらの顔を覗き込む。


 その表情から伝わる無垢な優しさに、胸がチクリと痛む。が、やっぱり無理だ──


「……いや、ごめん。ちょっとそれ、飲めない……。誰が使ったか分からないコップって気持ち悪くて」


 気を遣ってくれた彼女には悪いと思いつつ、それを手にとることはできなかった。せめてこんな場所のアメニティでなければ……。

 マナが目を合わせたまま一瞬固まった。申し訳ない……。


「……そっか! ごめんね! 捨ててくる」


 彼女はまた身を翻し、慌ただしく洗面所に向かう。

 謝らせてしまったことが辛い。気持ちは嬉しいのに。やっぱり我慢して受け取っておけばよかった……。


 若干後悔しつつソファーに座ったまま彼女を待つが、なかなか戻ってこない。ゴキブリでも出たのだろうか──目眩を堪えて立ち上がり、彼女の様子を確認するために洗面所へ向かう。


 開けっ放しのドアから中を覗き込む。彼女は鏡に映ったこちらの姿に気づき、少し慌てた様子で振り返った。


「えっ! 凪くん何!?」まるでお化け屋敷で不意打ちを食らったような反応。

「いや、中々出てこないから」予想以上に驚かれ、少し申し訳ない気持ちになる。

「いや!……ちょっと考え事してただけ。ほら、今日色んな事があったから……」


 彼女にも気持ちを整理する時間が必要な事は容易に想像できる。ちょっと無神経なことをしたかもしれない。


「そっか。ごめん、一人の時間を邪魔しちゃって」


 その言葉に、なぜか彼女は少し安心したように表情を緩ませた。


「ううん、もう大丈夫。それより凪くんもシャワー浴びたら? 走り回って汗かいただろうし、きっとさっぱりするよ」

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