第141話 逐次集まれ

1945年6月6日 午後4時


 敵1番艦との砲戦に勝利した砲戦部隊旗艦「大和」から「逐次集まれ」という信号が飛び、周囲に砲雷戦を生き残った艦艇があらかた集まったのは30分以上後のことだった。


「生き残った戦艦は巡洋艦戦隊と渡り合っていた『陸奥』を含めると5隻か・・・。3隻もやられてしまった計算だな」


「生き残った戦艦の中でも『長門』『榛名』の損害は酷いものです。早急に本格的な修理を本土でしなくてはなりません」


 司令官の栗田健男中将と参謀長の森下信衛少将は集まってくる艦を艦橋から見つめながら呟いた。栗田の顔には濃い疲労が表れていた。海戦に勝利した事よりも、自軍の余りの被害の大きさに圧倒されていたのだろう。


 「長門」は被弾した多数の40センチ砲弾によって艦の装甲が大きく削り取られてしまっており、水面下に命中した1発によって脚も奪われているような有様だ。『榛名』も主砲塔1基が全壊し、艦上がスクラップの堆積場と化している。


 栗田と森下が座乗している「大和」は敵1番艦との砲戦で主砲塔などの重要な部位が破壊されるといった事は無かったものの、高角砲、機銃群を始めとして多数の被害を被っており、今も艦長の有賀幸作大佐は消火活動の指揮を執っている最中であった。


 無傷な戦艦は「霧島」だけだ。帝国海軍の象徴として長きにわたり君臨していた戦艦部隊は全滅とは言わないまでも壊滅に匹敵する損害を受けてしまったのだ。


「本艦右舷に巡洋艦1隻接近! 第1防空戦隊旗艦の『青葉』の模様! 後続に駆逐艦数隻! 先頭は『巻雲』です!」


「おー、『青葉』が生き残っているか。福永君(第1防空戦隊司令官福永拓也少将)も自らの責務を十分に果たしくくれたようだな」


 栗田が嬉しそうに言った。戦艦以外の艦艇を久しぶりに間近で見て、思わず嬉しくなってしまったのだろう。


 「大和」の艦橋から見た「青葉」の状態は酷いものであった。改装青葉型の特徴である連装6基の長10センチ砲は実に5基までもが根こそぎ破壊されてしまっており、艦の後部に配置されていた構造物も全てなぎ払われていた。


 僚艦の「衣笠」「古鷹」は既にない。この2艦は敵重巡との砲戦で力尽き、海面下にその姿を消したのだ。


 他に重巡「筑摩」、軽巡「大淀」、駆逐艦2隻が失われ、それに倍する艦が損傷してしまっている。


 重巡「摩耶」は浸水が激しく、戦艦「陸奥」も高角砲、機銃が多数なぎ払われている。艦橋の上半分が吹き飛ばされている駆逐艦もある。


 健全な艦は殆どなく、敗残兵を思わせるような光景だった。


「・・・この砲戦は我が方の勝利と判断してよいのだろうな?」


「彼我の損害を比較して戦果の方が多いという事実と、台湾を敵艦隊から守り切ったという戦略的目標の達成の2点を考慮すれば勝利であることは疑いようがありません」


 森下が胸を張った。我が軍にもかなりの損害が出てしまった。しかし、今は、自分たちは勝利者として胸を張っていれば良いのだということを森下は主張したいように栗田には感じられた。


「まだ敵艦隊が撤退していない以上、我が軍が戦略的な勝利を得ることが出来たかは分からぬが、今は艦隊の奮戦を称えるべきだろうな」


「具体的な戦果はどうなっているのだ?」


 栗田は気になっていたことを聞いた。戦果を聞くことで少しでも気持ちを軽くしたかったのだろう。


「各部隊から上がってきている報告を集計したものなので、戦果の重複が一部あるかもしれませんがそれでも宜しいですか?」


「かまわん。教えてくれ」


 栗田は催促した。


「では。各部隊からの戦果を集計すると、戦艦4隻、重巡3乃至4隻、軽巡2乃至3隻、駆逐艦4隻撃沈となります。撃破した艦艇の集計はまだ終わっておりません」


「・・・なるほど。確かにこの戦いは我が方の勝利だな。この砲戦の結果を鑑みて、米軍が台湾沖から撤退してくれれば良いが」


「栗田長官は明日以降も戦いが継続されるとお考えですか?」


 「大和」の消火活動が一段落し、艦橋に戻ってきていた有賀が問いかけた。有賀は米海軍が強大な戦力に物を言わせて明日以降も戦いを継続することを危惧していたのだろう。


「・・・」


「・・・いや、それはないだろう。この2日間の戦闘で我が軍はかなりの損害を受けてしまったが、同時に米軍も深い傷を負ったはずだからな」


 栗田は少し考えてから有賀に言った。


 程なくして戦場空域の偵察にひっきりなしに出撃していた偵察機の「彩雲」から有賀の問いに対する答えがもたらされた。


「敵部隊は一斉に針路270度に転舵せり! 我を脅かす敵機なし、1700」


「司令官!」


「米軍の取った答えは撤退か。どうやら勝ったようだ」


 森下が栗田の方を勢いよく見て、報告を聞いた栗田は大きく頷き、右手を強く握った。


 艦橋内の何処からともなく「万歳!!!」という声が聞こえた。普段は戦況全般を見渡す冷静さを必要とされる司令部の参謀だが、「敵艦隊撤退」の報告を聞いて思わず歓喜の思いが爆発したのだろう。


 しばらく艦橋内での喧噪が止むことは無かったのだった。



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