第119話 連戦

1945年6月6日 朝


 米軍の動きは1機艦司令部の予想を遙かに超えていた。第1次空襲を被弾0で凌ぎ切った1機艦に対して、午前7時、米機動部隊から出撃した第2次攻撃隊が殺到しようとしていたのだ。


 数は先程の空襲時とほぼ同数の250機程度であり、それに対する迎撃機の総数は零戦33型が約100機、そして台湾の12航艦から派遣された零戦32型甲が約50機だ。


「昨日の航空戦で5隻の空母を戦列外に失ったのにも関わらず250機規模の攻撃隊を一時間おきに発進させるとはかの国は恐ろしい国だな」


 祥龍型空母「天城」戦闘機隊・第1中隊・第2小隊を率いている大沼湊中尉は武者震いをしながら接近してくる敵編隊をじっと見つめていた。


 戦闘機の機数だけを考えるならば日本側のほうが優勢のはずだったが、10隊に分かれて進撃している米軍機はその事など意に介していないように大沼には感じられた。


 最初に動いたのは1航戦「大鳳」「赤城」所属の零戦隊だった。各隊の指揮官機がバンクで後続機に対して合図を送るやいなや、一斉にエンジンをフル・スロットルまで開き、突撃を開始した。


「いやいや、ベテランが優先的に配置されている部隊は元気なことで」


 大沼がそう呟いた直後、「天城」の指揮官機がバンクし、機上レシーバーにも突撃指令が飛び込んできた。


「さぁて、やるかい!」


 大沼は機内で咆哮し、エンジン・スロットルを開いた。後続機の3機も大沼機に続いて順次加速し、更に後ろの第2中隊・第3中隊の各機も第1中隊の動きに追随する。


 敵も零戦隊の動きを確認したのだろう。敵250機の内、5分の1に当たる50機が編隊から分離して速力を上げた。


 グラマンF6F「ヘルキャット」――トラック沖海戦で初陣を飾り、その後のマリアナを巡る戦いで何度も日本軍に煮え湯を飲ませた機体であろう。


 発砲は日本側の方が僅かに早かった。33型になって一機当たり4丁に強化された2号20ミリ機銃の銃身が燦めき、雨霰を思わせるような勢いで多数の銃弾がF6Fに殺到した。


 F6Fの大多数の機体は旋回、上昇、急降下といった手法で射弾を回避するが、何機かはその機動が間に合わず、20ミリ機銃弾のその機体を射貫かれる。


 初撃で撃墜されたのは経験の浅い若年搭乗員ジャクであろう。開戦以来幾度となく行われた大規模海戦による消耗によって米海軍も人材不足に苦しんでいるのかもしれなかった。


 両軍の戦闘機隊が一斉に散開した。


 大沼が率いる第2小隊の真っ正面からF6Fが突っ込んできた。機数は4機で第2小隊の機数と互角だ。相対速度が優に1000キロメートル/時を超えるような状況で大沼は発射柄を握った。


 F6Fが装備する12.7ミリブローニング機銃から放たれる射弾のそれよりも格段に太く真っ赤な火箭がほとばしり、F6F一番機に突き刺さった。エンジン部分に致命傷となる一発を食らってしまったF6Fは小爆発を起こしながら墜落し、海面に来たところで衝撃によって跡形も無く砕け散った。


 大沼は1機撃墜の戦果を挙げたが、この時には第2小隊の3番機と4番機がF6Fの射弾に絡め取られて、相次いで火を噴いて墜落し始めた。


 いきなり小隊の半数を失ってしまったが、大沼の精神がぶれることは全く無い。大沼は既に次のF6Fに狙いを定めて急降下をかけていた。


 大沼機の急接近に気がついていないF6Fに対して、大沼機は絶好の好射点を占めることに成功し、容赦なく20ミリ弾をコックピットに叩き込んだ。


 コックピットの風防ガラスを貫通した20ミリ弾は搭乗員の腹を貫き絶命させ、次の瞬間、操縦者を失ったF6Fは火を噴くことなく墜落していった。


 愛機を水平飛行に戻した大沼は付近の空域の戦況を確認した。


 零戦が各所で巧みな機動を行い、その優れた格闘性能を活用してF6Fに射弾を叩き込む。20ミリ弾を喰らったF6Fは主翼や胴体に大穴をうたれ、あるいは機体の一部を跡形も無く吹き飛ばされ黒煙を噴き出す。


 その一部始終だけを切り取ると零戦が優勢に戦いを進めているように感じられるが、実際に優勢なのはF6Fだ。


 F6Fはお得意の直線的な機動によって、零戦より優れている速力を十全に活かして、零戦に1連射を浴びせる。零戦の背後を取ったF6Fが零戦に回避をさせる間も与えずに12.7ミリ弾の投網によって零戦を絡め取る。


 F6Fの迎撃を何とか掻い潜ってヘルダイバーに攻撃を仕掛けようとする零戦に対して、ヘルダイバーに付き従っていたF6Fが数機がかりで畳みかけ、零戦を虫を追い払うかのごとく撃退する。


 零戦との戦いによってF6Fは数をある程度は打ち減らされているものの、F6Fはヘルダイバーの護衛という任務は完璧に遂行出来ているといっていい状況であった。


 このままいけば、ヘルダイバー全機が敵艦隊に張り付くことができる――米軍機の搭乗員の誰もがそう考えた時、異変は起こった。


 敵編隊と1機艦との距離が徐々に縮まり、1機艦の輪形陣がおぼろげながら視認できるようになった時、その前方に多数の黒点が急速に広がり始めた。


 従来の航空機に比べてスッとした機体形状、液冷エンジン搭載機独特の機首・・・


 陸軍第10飛行師団所属の「飛燕」が機動部隊の救援に駆けつけたのだった。








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