第113話 計画通り

1945年6月5日 夜



「魚雷走行音近い! 命中します!」


 見張り員がそう叫んだ直後、出し抜けに「ウィスコンシン」の艦の前部と中央部から連続して突き上げるような衝撃が襲いかかってきた。合衆国艦船の中では最新鋭戦艦のモンタナ級に次ぐ排水量を誇っているアイオワ級の巨体が束の間浮き上がったかのように感じられた。


「両舷に1本ずつ命中!」


「当たったか・・・」


 米艦隊第1群司令長官のJ・J・クラーク少将は衝撃によろめきながら艦橋の天井を思わず見上げた。クラークが「ウィスコンシン」に移乗する前に旗艦に定めていた「ホーネット2」の昼間の航空戦で爆弾5発を喰らっていたが、その被弾時の衝撃以上の衝撃だった。


 クラークが率いる第1群は3隻のエセックス級正規空母やアイオワ級戦艦「ウィスコンシン」を始めとして高性能の艦で固められた部隊であり、普段ならば、潜水艦から発射された魚雷が部隊の艦に命中するなど断じてありえない。


 だが、今回の戦いにおける日本軍の動きは全体的に米軍のそれよりは上手であり、昼間の航空戦、先程までの水上砲戦で乱された第1群は隙を突かれてしまったのだ。


 「ウィスコンシン」の艦内では既に被雷への対処が始まっている。2発の被弾によって艦は平衡を失ってしまっており、消火活動は至難なものになると予想されたが、各乗員の動きは素早かった。


「機関停止!」


「手隙要員は艦深部へ向かえ!」


「見張り員は引き続き潜水艦に注意を払え!」


 ダメージ・コントロールチームが即座に指示を飛ばし、伝令員が艦内各所に指示を伝えに行った。水面下に日本軍の潜水艦が多数展開していると予想されるこの状況下で艦が立ち往生してしまえば、その後に起こることは火を見るよりも明らかである。なので1秒でも早く艦内隔壁を補強して、浸水を食い止めなければならない。


 アイオワ級は第2次マリアナ沖海戦で日本軍の潜水艦によってネームシップの「アイオワ」が撃沈されてしまっているため、今再び同じ轍を踏んで「ウィスコンシン」を喪失するわけにはいかなかった。


――そしてこの時「ウィスコンシン」1艦に気を取られていたクラークは把握していなかったが、第1群には被雷する艦が続出していた。


 まず、先程の日本艦隊との水上砲戦を生き残ったものの満身創痍の状態であったフレッチャー級駆逐艦の「フラム」の第1主砲直下に1本が命中した。砲戦によって既にダメージ・コントロール能力が飽和する直前まで被害を蓄積していた「フラム」には到底耐えれる打撃ではなく、程なくして沈没確定となった。


 次に魚雷が命中したのは、「ウィスコンシン」の左舷に展開していた防空巡洋艦アトランタ級の「デンバー」だった。右舷後部に命中した魚雷は492キロの炸薬を爆発させ、「デンバー」の右舷側の推進軸を全て吹き飛ばした。


 同時に缶室の側壁がぶち破られ、大量の海水が「デンバー」の艦内へ侵入し、一瞬で艦の速度と制御を同時に失ってしまった「デンバー」は艦長の指示とは裏腹に右舷側へと回頭を開始した。


「両舷停止! 消火急げ!」


 艦長が機関を停止させ発生した火災を鎮火させるために命令をとばしたが、続けて左舷に命中したもう1本の魚雷が「デンバー」の運命を決めた。この一撃のよって艦の浸水が拡大したため、艦が水面下に沈み込んだ。


 拡大した浸水は既に発生した浸水を食い止めるために奮戦していたダメージ・コントロールチームの要員を全て呑み込み、結果として「デンバー」の被害が急拡大する手助けをした。


「『デンバー』『フラム』に魚雷命中!」


「何っ!? 各艦のソナー室は何をやっているんだ!?」


 部隊に更なる被害がでたことに対してクラークは声を荒げた。今日既に「ホーネット2」「ウィスコンシン」で被弾・被雷を経験しているだけにクラークの苛立ちはピークに達しつつあり、司令官は常に冷静であるべきだということを分かっていても、思わず声を荒げてしまったのだった。



「敵艦3隻に魚雷命中の模様。敵部隊陣形大いに乱れます!!」


 木村艦隊旗艦「大井」の艦橋に歓声混じりの報告が飛び込んできた。木村艦隊は午後7時頃から第1機動艦隊と別行動を取っており、台湾の南を迂回して米機動部隊の一群を視界に捉えつつあったのだ。


「私の立てた作戦通りだな」


 双眼鏡越しに米部隊を視界に捉えていた木村艦隊司令長官の木村昌福少将はほくそ笑んだ。実は「那智」「羽黒」などの日本艦隊の突撃から始まったこの一連の夜間攻撃は木村主導の作戦だったのだ。


「敵部隊に所属している艦の内、主力の戦艦は既に被雷して足を奪われていると予想されます。長官、今が突撃の好機です!」


 木村艦隊の参謀長を務める大下努大佐は大声で木村に呼びかけ、木村がそれに反応したかのように力強く頷いた。


「突撃開始だ。参謀長、艦長」


 力強くはっきりとした声で木村は命じた。


 そして次の瞬間、木村は後世に残る有名な電文を発した。


「全艦隊宛打電せよ。我敵機動部隊の一群を補足せり。敵機動部隊撃滅の好機をありがたく頂戴せり!」






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