第93話 虎口

1945年6月2日


 第1機動艦隊及び木村艦隊の呉~台湾間の移動を素通りさせるほど米軍は甘くはなかった。艦隊が九州の南部を通過したあたりから敵潜水艦のものと思われる電波が何回かキャッチされたのだ。日本艦隊の位置は敵軍に知られたと考えて良いだろう。


 そして、午前11時30分、第1機動艦隊所属の戦艦「大和」「武蔵」「陸奥」の対空用レーダーが相次いで反応した。


「レーダー室より艦橋。敵大編隊発見、機数約150。敵機は大陸から来たと考えられます!!」


 直ぐさま旗艦「大鳳」が全艦艇に向かって警報を発し、瞬く間に1機艦は臨戦態勢へと変貌した。


「相変わらず敵さんの重爆部隊は凄い迫力だな」


 旗艦「大鳳」の長官席に座っている1機艦司令長官の山口多聞中将は双眼鏡越しに敵重爆の編隊を視界に収めていた。


 数分後、敵編隊が輪形陣にさしかかるやいなや、第1防空戦隊に所属している青葉型や第2防空戦隊に所属している阿賀野型などの防巡が真っ先に射撃を開始し、それに第1防空駆逐隊、第2防空駆逐隊に所属している秋月型が続いた。


 高角砲最大射程1万9000メートル、最大射高1万4000メートル、発射速度毎分19発という高性能を誇る長10センチ砲が吼えたけり、発射された多数の高角砲弾が敵重爆に殺到した。


 防巡・防空駆逐隊から発射された高角砲弾の嵐が敵編隊を包む頃には輪形陣の内部に位置していた第9戦隊の「陸奥」「大淀」も射撃を開始し、空母の中で長10センチ砲を装備している「大鳳」「山城」も舷側を真っ赤に染め始めた。


 敵1機の近くで高角砲弾が炸裂し、その近くの機体にも立て続けに高角砲弾が炸裂し始めた。1機、2機と敵重爆が被弾して高度を落とし、損傷の酷い機体は墜落していくが、敵重爆が進撃を中止する様子は全くない。


「これは敵さん艦隊狙いだな」


 山口が敵の目論見に気づいた時、不意に1機艦全体を凄まじい轟音が包み込み、他の音を全てかき消した。


 第1戦隊「大和」「武蔵」「長門」、第2戦隊「金剛」「榛名」「比叡」「霧島」、第9戦隊「陸奥」などの戦艦群が一斉に三式弾による射撃を開始したのだろう。


 音速の1.5倍の速度で巨弾が殺到し、遙かなる高空に多数の焼夷榴散弾と弾片をぶちまけた。敵編隊が遙か高空を飛んでいるという事もあって、殆どの弾が無効となるが、それでも戦艦「武蔵」「長門」「榛名」が放った射弾だ1発ずつ有効弾となった。


 10機以上の敵機が消し飛び、5~6機の敵機が翼をもがれてその針路を海面に変え始めた。


「敵15機以上撃墜!!」


 三式弾による戦果に「大鳳」の艦橋が沸き立ち、勢いづいたように戦艦群が第2射を放った。第2射が炸裂し更に10機以上の敵重爆が消滅したが、戦艦部隊が第3射を放つ前に敵編隊が一斉に散開した。


「敵編隊輪形陣内部に侵入してきます!!」


 空母・防巡・防空駆逐艦に搭載されている長10センチ砲が敵編隊の動きに合わせるかのように旋回し、敵重爆を落とそうとするが被弾・墜落する敵機は思いのほか少ない。


「イマイチ当たらんな・・・」


「やはり敵艦載機に対して対空射撃をしているときと同様の戦果を期待するというのはいささか無理というものですよ」


「大鳳」艦橋で対空戦闘を見ていた山口は憮然としたが、それを参謀長の草鹿がなだめた。


 そもそも攻撃を仕掛けてくる時に低空に降り立つ雷撃機や急降下爆撃によって艦との距離をあっちから縮めてくる艦爆とは違い、B17、B24といった重爆は高度7000~8000メートル上空を飛んでいることが常のため、これに砲弾を命中させるのは容易な事ではないのだ。


 それ以前の問題として1機艦の各艦艇が敵重爆に対して対空戦闘を行うこと自体gほぼほぼ初めてのことであり、各艦の砲員の中には重爆の大きさに視覚的に惑わされてしまい、そもそもの照準が大幅にずれてしまっている砲もあったほどだ。


 このように敵重爆を落とすのに手間取っている内に敵重爆は順次投弾を開始した。


「取り舵!!」


 「大鳳」艦長が高空から降り注いでくる敵弾の雨を回避すべく回避運動を命令し、1機艦の他の艦艇も順次回避運動を開始した。


「艦長より乗員へ。現在敵重爆が順次投弾を開始し、30秒も経たない内に着弾する。回避運動中につき艦の外部にいる乗員は海に投げ出されないように注意せよ」


「万が一敵弾が命中したときでも強固な装甲甲板を有している本艦が沈むことはない。その場合は消火活動に専念せよ」


 「大鳳」艦長が敵弾の着弾前に出すべき指示を言い終わるやいなや、同じ第1航空戦隊を形成している準装甲空母「赤城」の付近の海面に大量の水柱が一斉に立ち上った。


 一瞬水柱に飲まれた「赤城」が轟沈してしまったのではないかと思われるような光景であったが、水柱が消え始めると「赤城」が艦を右舷に大きく傾けながら、海面を切り裂くように出てきた。


「『赤城』に至近弾多数命中なるものの被弾なし!!」


 次いで「大鳳」の付近にも敵弾の着弾が始まり、艦橋の視界が一瞬にして0になった。そして次の瞬間「大鳳」に横殴りの衝撃が襲いかかってきたが、敵弾の「大鳳」に対する投弾数が少なかったということもあり「大鳳」が被弾・損傷することはなかった。


 ひとまず「大鳳」「赤城」は虎口から逃れることに成功したのだった。


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