第72話 マリアナ1944⑦

1944年8月7日



「双方の第1次攻撃が終了した時点で彼我の損害は五分五分といったところか・・・」


 第1機動艦隊司令長官の山口多聞中将は旗艦「大鳳」の右舷側を航行しており、先程の空襲で爆弾2発を喰らい中破し、未だに火災が収まっていない「飛龍」を見つめていた。


 8月7日午前9時頃に相次いで行われた双方の攻撃隊によって第1機動艦隊が得た戦果と被った損害は以下の通り


戦果 軽空母1隻、軽巡1隻、駆逐艦3隻撃沈確実

   正規空母1隻、軽空母1隻大破乃至中破(損害不明)


被害 「飛龍」中破

   「大鳳」「赤城」小破

(「大鳳」「赤城」も「飛龍」と同様、敵艦爆から放たれた500キログラム爆弾が数発命中していたが、飛行甲板に張り巡らされた装甲が物を言い、命中した爆弾を全て弾き返した)


「250機以上の敵の攻撃隊が襲来してきたのにも関わらず目立った損害が『飛龍』の中破のみだったことは不幸中の幸いと言えます」


 1機艦参謀長の草鹿龍之介少将は彼我の損害が既に反映されている戦況図を指示棒で叩いた。


「『大鳳』『赤城』の飛行甲板の性能は前評判通りだったようだな」


「特に本艦は敵弾4発が直撃したのにも関わらず、全てを弾き返しました。装甲甲板の性能の高さには本官も驚きました」


「ところで、第1次攻撃隊の戦果報告が随分と曖昧なようだが・・・」


「第1次攻撃隊の基地航空隊指揮官機・母艦航空隊指揮官機は共に撃墜されてしまっており、指揮系統に混乱が生じたため十分な確認をする時間が無かったのでしょう。敵艦の対空砲火が激しく、帰りの分の残燃料が気になる状況下では、その場に機体が長時間止まる時間もないでしょうから」


 山口は搭乗員達が命を賭けて勝ち取った戦果が判然としないことに不服のようだったが、草鹿が仕方ないとたしなめた。


 この日、基地航空隊・母艦航空隊共同で行った第1次攻撃は、敵戦闘機隊の激しい迎撃や敵艦から放たれる濃密に対空砲火によって多数の被撃墜機を出しながらも母艦航空隊の「彗星」「天山」が敵空母3隻に打撃を与えることに成功したことまでは分かっている。しかし、空を埋め尽くさんばかりの対空砲火に阻まれて戦果確認が思うように出来なかったのだ。


―― 一方、米機動部隊から見た被害は以下の通りであった。

   沈没 軽空母「ラングレー」「カウペンス」、軽巡「トピカ」、駆逐艦3隻

   大破 正規空母「バンカー・ヒル」爆弾3発、魚雷2本命中


 米軍は多数のF6Fと濃密な対空砲火によって日本軍機多数の撃墜に成功したものの、開戦1日目の序盤でいきなり軽空母2隻、軽巡1隻、駆逐艦3隻を失い、正規空母の「バンカー・ヒル」も沈没はしなかったものの、本格的な修理を施さない限り、戦列復帰は不可能という大打撃を被ってしまっていた。


「敵の第2次攻撃隊は約40分~1時間後に来襲する予定です」


「2航戦、4航戦の零戦33型は残存何機だ?」


「2航戦旗艦『龍驤』と4航戦旗艦『千歳』からの報告を統合いたしますと、迎撃戦に参加した零戦33型144機の内、すぐに再出撃可能な機数は102機との事です。他に4空母合計で8機の要修理機が確認されています」


 山口の質問に今度は1機艦の航空参謀が答えた。


「102機か、かなりの損害ではあるが、零戦33型で無ければ被害はもっとひどかったのだろうな」


 山口は頷いた。


 まだ海戦は始まったばかりであり、ここからが正念場だった。



「第4群がかなりの損害を受けてしまったようだな」


 米第5艦隊旗艦軽空母「バターン」の艦橋で司令長官のR・A・スプルーアンス中将は報告書に目を通していた。


 スプルーアンスが見ている報告書には空母2隻沈没、護衛艦4隻沈没という事実が書いており、普通の司令官なら気分の一つも悪くなるというものだが、スプルーアンスは眉1つ動かさなかった。


「これで空母2隻、いや『バンカー・ヒル』の含めれば三隻が戦列外に去った計算だな。来襲してきた敵機の機数が400機以上であることを鑑みれば軽傷といえるのかもしれないが」


「こちらの戦果は空母3隻の撃破のみだから大分負けている計算だ」


「やはり、マリアナ諸島の基地航空隊の存在が厄介だな」


 スプルーアンスはこの海戦の問題点を指摘した。


「既に発進ずみの第2次攻撃隊の攻撃目標を敵基地に変更しますか?」


 第5艦隊参謀長のエドガー少将が提案した。


「そのことは私も考えたのだがダメだ。いくら敵の基地航空隊の脅威が大きいとは言っても、最終的に一番我が艦隊にとって脅威となるのは敵の機動部隊だからだ。なにより、既に発進した攻撃隊に攻撃目標の変更を伝えてしまうと搭乗員達が混乱してしまうからな」


 スプルーアンスは残念そうに首を振った。


「ならこれからも敵機動部隊・基地航空隊と航空攻撃の応酬をするしかありませんね。まさに肉を切らせて骨を断つ作戦ですが」


「一応、太平洋艦隊膝下の潜水艦部隊が敵機動部隊を追跡しているらしいから厳密には敵機動部隊を攻撃しているのは我が部隊だけではないな」


 スプルーアンスがため息交じりに言った。スプルーアンスはこの海戦が一筋縄ではいかないということをこの時点で確信していたが、参謀長などの部下の前では勿論ポーカーフェイスを保っていた。











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