第44話 補給戦線激化⑥

1943年9月中旬


「35機対約100機か。良い勝負になりそうだな」


 空母「大鷹」戦闘機隊隊長安島孝義少佐は愛機の零戦21型の機内で一人呟いた。


 安島は1年前に海上護衛総隊が設立されてからずっと空母「大鷹」の戦闘機隊長を務めており、撃墜機数も6機と優れたパイロットだ。


 西部ニューギニアへの陸軍救出作戦の時にも大いに奮戦し、個人撃墜1機、共同撃墜2機の戦果を挙げた。


「6空母に搭載されている他の零戦が防空戦に加わるまで手持ちの戦力で頑張らにゃならんな」


 安島は改めて自分たちの役割を確認した。これは安島が空母「大鷹」の戦闘機隊長を拝命したときからの癖であり、安島自身もこの事が大切だと考えていた。


「安島1番より全機へ、敵は戦爆連合、機数約100、右の方の梯団の戦闘機隊を狙う」


 安島は零戦に装備されている機上レシーバーを通じて膝下34機の零戦に呼びかけた。


 安島機は右の梯団の敵機に狙いを定め、列機もそれに続いた。


 敵編隊の動きに変化が生じた。


 敵機の一部が編隊から分離して零戦隊に立ち向かってきたのだ。


 F6F「ヘルキャット」


 トラック沖海戦で日本海軍の前に初見参し、日本軍機を多数海に叩き落とした強敵だ。トラック沖海戦では少数機しか参戦していなかった用だが、今回の戦いでは敵戦闘機全てがF4FからF6Fに置き換わっていることが予測できた。


 零戦35機とF6F20機との距離がドンドン詰まってきた。両機の相対速度は優に1000キロメートル/時を超えているため一瞬で彼我の距離が詰まるのだ。


 発砲はアメリカ側の方が早かった。F6F1機あたり6丁が装備されている12.7ミリブローニング機銃が一斉に火を噴き機銃弾の雨を形成した。


 日本側も次の瞬間負けじと発砲した。開戦以来多数の米軍機を屠ってきた20ミリ機銃弾、7.7ミリ機銃弾が新たな獲物を求めるように敵機に殺到した。


 零戦とF6Fの編隊がすれ違った時、零戦2機とF6F1機が火箭に絡め取られて撃墜された。零戦よりもF6Fのほうが数が少なかったのにも関わらず、撃墜された機数が少なかったのはF6Fの防弾装備が零戦のそれに比べて格段に優れている証拠であった。


 零戦隊がF6Fの迎撃を躱して、艦爆に攻撃を仕掛けるために一斉に散開した。


 多数の零戦が散開する様子はあたかも零戦隊が敵編隊を押しつぶそうとしているかのようだった。零戦隊の散開に呼応したかのように、F6F20機も一斉に散開した。


 たちまち各所で零戦とF6Fによる乱戦が発生した。


 大空に多数の飛行機雲が噴き伸び、時折被弾した戦闘機から噴き出た黒煙が空中を彩った。


 F6Fの後ろに回り込む事に成功し、不意を突いて機体感の距離を詰めた一機の零戦が貰った、と言わんばかりに20ミリ機銃を発射した。


 F6Fに2条の火箭が吸い込まれた。


 多数の20ミリ弾を叩き込まれたF6Fは大きくよろめきながらもしばらく飛行していたが、やがて限界が来たのだろう、右翼が根元からポキッと折れて回転さながら墜落した。


 少し離れた空域ではF6Fの真上を取った2機の零戦がF6Fに急降下を仕掛けていた。


 2機の零戦が自機に向かって急降下してきているという事に気がついたのだろう、F6Fが慌てて急加速したが時既に遅かった。


 逃げ遅れたF6Fの風防に多数の20ミリ機銃弾、7.7機銃弾が叩き込まれ、風防を粉々に破壊し、搭乗員を射殺した。搭乗員を射殺されたF6Fは火を噴くことも、黒煙を噴き出すことも無く静かに墜落していった。


 F6Fも負けてはいない。


 たった今、F6F1機の撃墜に成功した零戦2機の真横から別のF6Fが襲来し、2機の零戦に12.7ミリ弾を撃ち込んだ。2機の零戦の内、前の方の零戦の燃料タンクに弾が命中し、その零戦はひとたまりも無く爆散した。


 零戦に後方を占位されたF6Fがその速度性能の差を活かして容易く零戦の追撃を振り切り、別の零戦に向かって12.7ミリ弾をばらまいた。


 零戦の貧弱な防弾装甲では12.7ミリ弾の多数命中には耐えれる道理は無く、大量の黒煙を噴き出して墜落していった。


 全般的な戦況はほぼ互角といったところだ。数で勝っている零戦隊のアドバンテージをF6Fの機体性能が埋めている格好となっている。


 安島機も乱戦に身を置いていた。最初は小隊の列機3機と行動を共にしていた安島機だったが、乱戦が進むにつれて、小隊の2・4番機とははぐれてしまい、現在は2機で戦っている状況だ。


「安島1番より安島3番、艦爆隊を狙う!」


 安島はF6Fとの戦いを早めに切り上げて、艦爆隊を優先的に叩くのが最善と判断したのだろう。小隊の3番機を連れて敵艦爆隊に向かって突進した。


 安島機の行く手を阻むように2機のF6Fが真っ正面から切り込んできた。


「邪魔だ、どけ!」


 安島は機体の中で怒声を放ち、機銃の発射ボタンを強く押した。


 安島機から火箭が噴き伸びF6Fに突き刺さったが、F6Fの防弾装甲が物を言い撃墜には至らなかった。


 安島は不意に右手に強い痛みを感じた。F6Fが放った射弾が安島機の風防に命中し、風防を貫通してそのまま安島の右手を貫いたのだった。


 安島は右手の痛みに寄って零戦の操縦が困難となり、安島機は大きくふらついた。


 F6Fの2番機が射弾を放ち、それが自機に向かってきたとき、安島は目を大きく見開いた。


 無数の射弾が安島機に命中し、機体が穴だらけになった。


 安島にも機銃弾が命中し、安島の意識の意識は急速に薄れていった。


 薄れゆく意識の中で安島の脳裏に浮かんだのは母親の顔であった・・・。










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